僕のヒーローはやって来ない
少し長いかもしれません。
ヒーローだとかヒロインだとか。
そういうかっこいいものに憧れたことのある人は、少なくないと思う。
僕もその一人だ。
いや、17歳の今でさえ憧れている。
困った人に手を差し伸べ、どんなときでも諦めない。
いつも真正面から全てに向かっていくその姿は、僕の夢だった。
ほら、今でもテレビを━━━━。
「怪人め! 今日という今日は許さないぞ!」
「ごめんなさい許してくだざいもうじまぜんがば~」
「何を言ってるかわからないわ! とりあえず打ち首ね!」
「ほんとがんべんじでぐだざび~。がぞぐが~、がぞぐがびぶんでず~!」
「え、そうしてください? じゃあお望み通りに!」
「まてピンク! そこまでやるのは可哀想だ!」
「でんじざばだ~」
「ここは俺の電気ショックで楽に逝かせてやろう!」
「あぐまさばだ~」
「仕方ないわね! 今日のところは勘弁してやるわ! 私の生首コレクションに入らなくて良かったわね!」
「じゃあいくぜ!」
「お許しをばばばばばばば」
まあ。
今のヒーローって、相手にも守るものがあるのに、平気で殺っちゃったりするんだけど。
それは置いといて。
とにかく、あの勇姿に心引かれる人は多いはずだ。
僕は今でも、心のどこかでヒーローが現れるのを期待していた。
キーン。コーン。カーン。コーン。
キーン。コーン。カーン。コーン。
昼食の時間だ。
高校の昼食の時間ほど嫌なものはない。
誰も食べる人がいないと、ボッチ飯になるからだ。
ところでボッチ飯ってすごい言葉だと思う。
語呂がいい、使いやすい、的確な表現。
この三拍子揃ってる単語ってあまりないと思う。
誰が言ったかは知らないけど、センスあるよ!
ボッチ飯の人はボッチ飯ラーでどうでしょう。キモいですよねごめんなさい。
ん? 友だち? いるわけないじゃん。
一人一人一人の、一人パラダイスですよ。
最初の自己紹介のとき、少しヒーローを語ることに熱が入りすぎちゃったしね。
仕方ない。仕方ない。
ただ、人肌が恋しいな……。
そんな風に、脳内独り言で弁当の時間を盛り上がっちゃいましょうの会をやっていると、トントンと肩を叩かれた。
「小池くん……。せ、先生からぷ、プリントだって……」
横を見ると、星宮さんが立っていた。
星宮綺羅さん。
ほしみやあやらさんと読むらしい。
珍しい漢字を使うなって思ってたから、覚えていた。
とでも言うと思ったか!?
ノンノン。
そんなことしか言えないやつは、普通に友だちがいるやつだ。
僕はボッチだ。
しかもボッチに関しては、中一の頃からやっている。
言わば僕は、ボッチ歴四年のベテランボッチだ。
ベテランボッチが何をやるか?
そんなのは決まっている。
人間観察だ。
最初は喋りかけるタイミングを探すのがきっかけだったけど、そのうち観察力がプロの粋に達するのだ。
星宮綺羅さん? 名前だけ?
ご冗談はやめてくださいよぉ!
彼女は学校で一番じゃないかと言われている美少女だ。
入学してから今の二月に入るまで、告白されたこと27回。
ベテランボッチは全てを見逃さない。
告白された次の日の様子、仕草から、全てわかってしまう! リア充爆発しろ!
しかし彼女は誰とも付き合っていない。
観察してるだけなので、事情はわかりません。
黒髪ロング。垂れ目。左利き。辛い物好き。成績優秀。国語が一番好き。運動オンチ。恥ずかしいときに、頬を右手で掻く癖がある。その他もろもろ。
あとスリーサイ━━━━。
「あ、あの……、こ、小池くん……?」
「ご、ごめんなさい! プリント……あ、ありがとうございます!」
あっぶねえええ!
妄想して鼻血ブシャーーやっちゃうところだった!
あ、ちなみに普通です。普通サイズです。
用事が終わったはずなのに、星宮さんはまだ動かなかった。
「あ、あの……まだなにか……?」
「そ、それ……ベスティンですよね?」
星宮さんが僕の弁当箱を指さして言った。
ふたのところに、ベスティンというヒーローが描かれている弁当箱だ。
「べ、ベスティンを知ってるんですか?」
「は、はい……」
星宮さんが右手で頬を掻く。
だけどそんなこと、どうでもよかった。
ベスティンを、ベスティン知ってる!?
ベスティンとは。
僕が生まれる少し前に流行ったヒーローもので、とてもかっこいいヒーローだった。なんと36話で(以下略)
とにかくとんでもないヒーローだった。
だけどベスティンを知ってるなんて……。
この弁当箱も、ショッピングセンターに廃棄処分として売られてたやつなのに……!
僕は立ち上がった。
「ベスティンを知ってるなんて! あの24話見ました!?」
「は、はい見ました!」
「すごかったですよねかっこよかったですよねまずなにがすごいって怪人がベスティンと合体して電車に乗るシーンが━━━━」
「おーい星宮、そろそろ体育始まるよー」
はっと僕たちは時計を見る。
昼休みも終わりかけていた。
「まってよー! 小池くん、その話は後でしようね!」
「え、は、はい」
星宮さんは行ってしまった。
廊下から声が聞こえてくる。
「小池はやめときなってー。オタク移るよ」
「そ、そんなことないよー」
「小池はあれで満足してるだろうしさー。なにもあんたからはなしかけなくてもいいじゃん、あはははは」
ま、ボッチなんてそんな印象だよ。
こんなもん。
さ、体育行こ。
「ひー。ひー。ひー」
学校が終わった帰り道、お婆さんが長い階段を、ひーひー言いながら上っているのを、僕は階段の下から眺めていた。
荷物を持っている。
でも、僕には関係ない。
しかし階段を上ると、違う方向に行くことになってしまう。
多分僕がやらなくても、誰かがやってくれる。
ここを通る人が助けてくれるはずだ。
だから僕には関係ない。
僕の行く方向とは違うんだから。
立ち止まって見ていると、階段の横から誰かがやって来た。
階段は長いので、色んな道に繋がってるらしい。
ほら、やって来た。
僕がやらなくて良かったじゃないか。
え?
あれ?
星宮さん?
やって来た人は星宮さんだった。
星宮さんはお婆さんの荷物をもって、一緒に階段を上がる。
はは、凄いな、星宮さんって。
僕と大違いじゃん。
胸の辺りがちくりとする。
僕はその場から立ち去った。
パァン!
僕はビンタされた。
誰に?
星宮さんに。
どうして?
わからない。
全っ然わからない。
唐突にビンタされたのだ。
朝の教室に入るなり、唐突に。
星宮さんは泣いていた。
勘弁してほしい。
泣きたいのはこっちだ。
教室のみんなから、避難の視線を浴びせられる。
「わたし、わたし! 小池くんがそんな人だったなんて知りませんでした! 信じてたのに、ずっと信じてたのに!」
そう叫ぶと星宮さんは出ていってしまった。
え?
なにこれ。
意味わからない。
もしかして昨日のこととか?
だとしても、別に星宮さんが怒る理由なくない?
乙女心はわからぬものよ。
そんな呑気なことを考えてる間にも、避難の視線は止まらない。
なんだか教室に居たくなくなって、僕は逃げ出した。
学校に行かずに、ゲーセンやショッピングセンターをぶらついた帰り道、僕はとぼとぼと歩いていた。
はーあ。
意味わからんよ。
どうしてビンタされたんだろ。
どうして泣いたんだろ。
多分お婆さん助けなかったからだよなー。
胸がズキズキと痛んだ。
それに、星宮さん。足痛めてたよね。
歩きかた少し変だったもん。
あーもう!
なんで僕がここまで考えなきゃいけないのさ!
そりゃヒーローにだって憧れてるよ!
でもね!
それでも人にはできないことの一つや二つあるの!
はぁ……今日は『五人揃ってウチクビジャー』がやる日だし早く帰って見よ。
「きゃーー!」
びくっとした。
誰かの悲鳴だ。
後ろからの悲鳴だった。
僕は今、堤防の上を歩いていた。
後ろを見ると、堤防の下の川側にいる。つまり河川敷にいる人からの悲鳴だった。
男三人に、女の子一人が囲まれていた。
女の子は僕と同じ制服を着ている。
「や、やめてください! 離してください!」
どこかで聞いたことのある声だ。
見た目もよく見たことがある………………って星宮さん!?
なんで、なんであんなことになってるんだ!?
とにかく助けなきゃ!
僕は走ろうとした。
助ける?
どうやって?
なんで僕が助けなきゃいけないんだ?
僕の足が止まる。
だって……、星宮さんが困ってるから……。
困ってる?
あいつは僕をビンタしたのにか?
もっと困ればいいんだ。
いきなりビンタしやがって。
それでも……、星宮さんが……。
怖いんだろ? 逃げたいんだろ? 足がすくんでんだろ? 誰かがやってくれるんだろ? お前の通り道じゃないんだろ? お前に関係ないんだろ?
なら迷うことないじゃないか。
助けなければいい。
誰かがいずれ助ける。
それで終わりだ。
明日から普通の日常。
あれは異常だ。
今、目の前で起きている日常は異常であって、お前のこれからの日常じゃない。
ほっとけばいい。
無視すればいい。
いつも通りに反対側に足を向ければいい。
僕はいつしか涙を流していた。
ヒーローがいれば……。
「誰か……、誰か……、助けてくれよ……、助けてくれよ……ベスティン……」
そのとき、僕はベスティンの言葉を思い出した。
なんで忘れてたのかわからない。
だけど大切な、大好きな言葉だった。
『もし、どうしてもできないものがあったとき、それを諦めずに乗り越えろ。苦しみを諦めずに歩いたとき、お前はみんなに勇気を与えるヒーローになれる』
「あはっ! あはははははっ!」
そうだ。
忘れてた。
どんなときも諦めない。
僕のところにヒーローなんかやって来ない。
誰も助けてなんかくれない。
だけどそれを乗り越えたら、僕は誰かのヒーローになれる!
「うおおおおおおおっ!」
僕は叫びながら突進していった。
「くそ、こいつ何度も立ち上がりやがる!」
「気持ち悪いんだよ!」
「ヒーロー気取りのつもりかよ!」
何度目かわからないパンチを、僕は腹に受ける。
「小池くん! 小池くんもういいから! だから! もう……やめて……!」
星宮さんが泣いていた。
何時間たったんだろう。
間に割り込んで。
それで、殴られ蹴られ続けて。
顔面を殴られて、僕は地面に倒れた。
それでも僕は、機械的に立ち上がる。
「くそ気持ちわりぃ! みんな行こうぜ!」
「だな!」
「帰ろ帰ろ!」
男たちは離れていった。
僕はドサッと倒れる。
「小池くん! 小池くん!」
「あは……は……、やって……やった……ぜ……こんちく……しょう……」
「小池くん!」
星宮さんの涙が僕の頬に落ちた。
「一つ……聞いて……いい……?」
「なんですか!」
「なんで……さ……、僕……のこと……叩いた……の……?」
「ごめんなさい! わたし、あのときどうかしてました!」
「謝ら……なく……て……いい……よ……。それ……より……なんで……さ……」
「それは……」
星宮さんは狼狽える。
「小池くん、覚えていますか? バスのこと」
「…………?」
「覚えてないんですね」
星宮さんは溜め息をつくと、話し出した。
「入学したての頃、わたし告白されて困ってたことがあるんです。断ったのですがしつこくて、どうしようか迷ってました。そんなときに帰りのバスに乗ってたら、その人がついてきたんです。その人はバスでわたしに言い寄ってきました。その時でした。小池くんが偶然を装って転んで、その人を巻き込んだのは。そのまま二人でバスを降りちゃったので、お礼を言いそびれちゃったんですけど……」
星宮さんは一息つくと言った。
「あのとき、わたしは小池くんにあこがれたんですよ。もちろん特撮が好きだったから、気になってはいたんですけど」
星宮さんは自嘲気味に笑った。
「だから、あれはわたしの勝手な押し付けです。ビンタしたりして、すみたせんでした」
星宮さんは頭を下げた。
そんなこと……あったなぁ。
「あの……時期……にさ……、僕……三回目の……ベスティン……を……見てたんだ……」
「…………」
「ベスティンがさ……さんじゅう……ろくわで……いったこと……が大好きでさ……」
「はい、わたしもあれは大好きです。聞いたときは感動しました」
「僕も……ヒーローに……なれる……かなって……」
そこで今度は僕の目から涙が溢れ出した。
「でも……でもさ……結局……全然……全然無理で……。いつしかさ……ヒーローを……求める……ように……なっててさ……。でも……結局……ヒーロー……なんか……来なくて……」
僕がそう言うと、星宮さんはにっこりと笑いながら言った。
「でも、わたしのヒーローは来ましたよ」
「ありがとう……」
それから僕たちは、長い時間泣き続けた。
「星宮さんどうしたんだろ……」
「さぁ……」
翌日。
「昨日のウチクビジャー見た!?」
「見ました見ました! まさかあそこで生首コレクションが出てくるとは!」
「首切りジャックの首が一番面白かったよね!」
「しかもあと10話にして名言が出ましたよ!」
「お前の生首と私の心どっちが大事なのよ! でしょ?」
「違いますよ! 死んだら生首だけは洗ってくれですよ!」
「そっち!?」
かくして、僕のベテランボッチは廃業となった。
終わり
連載にした方がよかったかもしれないと少し思います。
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