epilogue-akira 大切な思い出は幸福の鳥が寄り添う場所で。
epilogue-akira 大切な思い出は幸福の鳥が寄り添う場所で。
塩せんせは予告通り、抜き打ちの英語のテストを敢行した。保健室のメンバーのうち、俺だけがテストの存在を知っていたので楽勝だった。それに備えてゴミ拾いの後、砂塾でみっちり、勉強をしたからだ。夕張なんか、真剣みに溢れる若者を前にして溺れて人格が変わったと驚いていた。
人が変わるのは困難であるって誰もが知っている。だけど、俺はこの日、また一歩歩きだそうと思った。
「親父。キャッチボールしないか?」
書斎で仕事をしている父親に恐る恐る話しかけた。仕事を終わるのを待った方が良いと考え、母親にいつ? 終わるのかなと訪ねてみても四六時中、仕事よと驚いた表情を隠さずに声は裏返っていた。
「忙しい、後にしろ」
「父さん、たまには章の事を見てあげてくれよ。ほんの五分でも良いからさ」
砂塾から父親と和解したいと電話で相談を持ちかけると、兄貴は二つ返事でそれなら、俺も手伝ってやると。そんな兄貴は秘密兵器を用意してきたと道すがら、話してくれた。おもむろに兄貴が紙袋から皮がズタズタになってかなり使い込まれているグローブを取りだした。それをデスクの上にそっと、置いた。俺が推測したとおり、そのグローブにはあきらと太い字で豪快に書かれていた。玄関先で父親が無くしたら、困るからなと言って書いてくれたのを覚えている。
しばらく、父親は感慨深げにじっと、そのグローブを眺めていた。手にも取らずにただ、眺めていた。
突然、押し入れを開いて、ダンボール箱からボールを取りだした。そのボールにも見覚えがある。グローブと一緒に買って貰ったゴムボールだ。ゴムボールは今思えば、当たっても怪我しないようにとの配慮だったのかもしれない。それでも当時の俺は普通の野球ボールが欲しくて父親に強請った。そんな俺に成長したら買ってあげるよと言ったのを思い出した。
「ほら、行くぞ、章」
その言葉と共にゴムボールが空を舞った。慌てて、そのボールをキャッチした。
「気が早いよ」
「キャッチボールは既に始まっているんだぞ、章」