第八幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
前世でオヤジに口酸っぱく言われ続けたことがある。
オヤジは今の世にしては珍しいチャキチャキの江戸っ子で、普通に『てやんでぃ!』とか口にする男だった。 ……生まれも育ちも都心から遠く離れた山奥の人間の筈なんだが。
さてさて、話を戻そう。 オヤジが言うには…
『いいか…女には絶対に手をあげちゃなんねぇぞ。 あれは、か弱いし何よりも執念深い。 一度殴っちまったら最後、末代まで祟られっぞ』
……昔、女性相手に何をしたのかが果てしなく疑問だったが。 今思えば、ケットシーになったのって祟られた結果なのでは?
まぁ、今はそんなことはどうでもいいや。重要なのは今現在俺の目の前で牙をひん剥かせながら低く唸っているメスのウルフが問題なわけであって……
簡単に言うと――――
「何で俺が戦わないといけないの?」
「グダグダ言ってないでさっさとかかってきなさいよ!」
全く持って解せないぜ。 ルジーナさんは何だか納得のいかない顔をしながら、ジト目でウルフの事を見つめている。
「月並みだけれど、本当にやんの?」
「月並みだが、勝てると思っておるのか?」
「あんた等……トコトン私の事をおちょくっているわね……!」
俺とルジーナさんの見事な連係プレーでより一層、機嫌が悪くなったウルフの少女……
今のであきらめなかった様子を見てルジーナさんは俺に目で『それなりにやってしまえ』と合図を送ってきた。 しかも、その後は無責任にも目を瞑って我関せずの姿勢をとりやがった。 ぶっちゃけ、俺に丸投げしたぜこのリザードマン。
……はぁ、取りあえず怪我をさせない程度にあしらうとしよう。
俺は自分にそう言い聞かせながら、対峙しているウルフへと目を向けた。
そんな俺の様子を見てウルフは少し意外そうな顔をしながら口を開いた。
「はん、まぁそこらのケットシーよりかは度胸があるのは認めてあげるわ」
そういえば、相手が人外だというのに表情を読み取ることが出来るようになるなんて……きっと頭脳は人間だとしても、身体はケットシー(魔物)だからこそ可能となったのだろう。
段々と人間離れしてきている自分の事をまるで他人のように客観視している事実に驚きながらウルフの言葉へと再び耳を傾けた。
「でもねぇ、アンタがケットシーである以上、私には勝てないわ……ぜっt――――へぶりゃふっ!?」
あ、ついつい身体が勝手に動いちゃったぜ。
何だか話が長くなりそうだと判断した俺は無意識のうちに先制をとっていた。
とは言うものの、流石にウルフとはいえ女の子なのだ、反射的に顔面への攻撃はやめてウルフの側面に回り込んだ後、その横腹に向かって少しだけ手を振るっただけだ。
だが、今朝方の木を切り倒してしまったときよりは手加減したのだが、それでもレベル3のウルフには威力が強すぎたみたいだ。
文字通りウルフは俺の一撃で体を折れ曲がらせながら横に吹き飛んで行った。 でも、変な音とかはしなかったし、たぶん骨は折れていないだろう……たぶん。
風を切るような音と共に吹き飛ばされていくウルフの姿……もうそれは酷く滑稽だなぁ~と、自分は関係ないと言いたげなコメントを心の中では残しつつ、軽く自己嫌悪に陥った俺であった。
ウルフは横へと飛ばされたのち、地より生えている木の幹へと『ベシッ』と音を立てて衝突し、その動きを停止させた。 力なく地面へと横たわっている姿は遠目でもプルプルと震えていて無事を確認できる。
俺は何となく後ろへと目を向けると、ルジーナさんも腕を組み、眼を丸くしながらウルフが吹き飛んでいった方向を見ていた。 おそらく、自分が想像していた以上にウルフが吹き飛んでいったから驚いているのだろう。 ぶっちゃけ、俺自身もビックリ仰天玉手箱状態だ。
「ギン、もっと手加減できたのではないか?」
「これが俺の精一杯の努力の結晶ですね。 だって……死んでないし、骨も折れてなさそう!」
俺の言葉を聞いて、ルジーナさんが少しだけ新喜劇バリにズッコケていたのが気になるところだが、そんな事よりも今しがた吹っ飛んで行ったウルフのほうが気になる。
俺はウルフが横たわっている木の幹へと目を向けた。 いまだに地へと伏せているが、しきりに足を動かして何とか立ち上がろうとしている様子だ。
……うんあれだ、生まれたばかりのシカが足をプルプルさせながら立ち上がろうとする様を連想させる光景だね。
でも、このまま放置しておくのも可哀そうだ。 俺はそのままウルフの方へと近づいて行った。
俺が近付いていることに気がついたのだろう、ウルフは先ほどの俺を蔑んだ様な眼では見ることなく弱冠恐怖の色が混じった眼で必死になり牙を剥き、眼を細めて俺を睨んでくる。
流石にたった今吹き飛ばした人物に対して警戒を解けと言いたかったが、こんな状態にした張本人の言葉を信じることはできないと判断した俺はそのままの状態で話し始めた。
「やめよ、俺だって自分が痛いのは嫌だし、必要以上に誰かを痛ぶろうなんて思ってもないからさ」
俺の言葉に対して未だに警戒心の色は解けていない様子だが、それでも俺は話すのを続けた。
「まぁ、ルジーナさんはああ言っていたけれど……あ、ルジーナさんってのはさっきのリザードマンね。 それでさ、俺も君がゴブリンと戦っているところに出しゃばっちゃったのって悪いと思っているんだ」
俺の言っている内容が少し理解できていないようで、俺を警戒しながらもウルフはようやく口を開いた。
「っつ……な、ならどうして出てきたのよ?」
「いやね、あのゴブリンが影で奇襲を企んでいたようだから、君の邪魔にならない程度に仕留めようと思ったんだけれど……いやはや、邪魔しちゃったみたいなんだよね~」
俺が悪びれた様子もなく、ハハハ~と笑っている様子に面食らったのか、ウルフは警戒を少し解いてジト目で俺の事を見てきた。
「何よそれ……ケットシーのくせに馬鹿じゃないの?」
ようやく痛みが引いてきたのか、ウルフはその4本の足をしっかりと地面につけて立ち上がった。 しかし、右の後ろ脚をヒョコヒョコさせているのを見ると、捻ったのだろう。 その姿を見て罪悪感がヒシヒシと湧いてきた。
「まぁ、馬鹿でもいいよ。 でもさ、ルジーナさんには謝ってくれないかな? あの人だって同じ種族の仲間がいなくなったから俺を仲間にしたんだし……」
「……ま、まぁ考えてあげなくもないわよ」
おぉ、話してみるとさっきまでの威張りようが嘘のように素直になったなこの子!?
まぁでも、話しやすいに越したことはないけれどね。 だけれど、なんで俺の顔を見ないで明後日の方向を見ながら話すのだろうこのウルフは?
「そっか、ありがとね。 お、そういえば、君ってこのあたりの縄張りの子なの?」
「……はぁ? 私はウルフよ、このあたりが縄張りのわけないじゃない」
「じゃあ、なんでここに居るの?」
「なんでって……なんでも良いじゃない」
とたんに、声のトーンを下げて話し始めたウルフの少女。 ……ふむ、なんだか触れて欲しくないところみたいっぽいから、態々(わざわざ)掘り下げて話す必要もないか。
俺はそれ以上話を聞かないことに決めた。
「まぁ良いけれど……あ、そうだ一応言っておくけれど俺のレベルは30だから覚えておいてね」
俺は『ほら』と言いながら額がウルフに見えるように身をかがめた。 これで多分、俺の額にある模様みたいなのが見えるはずだけれど。 一瞬にして、彼女は眼を引ん剥き驚きの表情を見せた。
たぶん、俺の額のレベルに気が付いていなかったのだろう。 すぐさま俺の額へと目をやった。
さてさて、どういった反応を見せる事やら……
「アンタ、ケットシー……よね?」
「まぁ、ルジーナさんにも言われたからね」
「でもレベル30なのよね?」
「まぁ、昨日まで話すこともできなかった子猫だったけれどね」
「どうやったら一晩で魔物でもなかった子猫がレベルが30まで上がんのよ!?」
「まぁ、進化の実って言うのを食べたからね」
「……何よそれ?」
「まぁ、ありていに言えば強くなる実? 貴重なものらしいよ」
「……なんだか疲れた」
「まぁ、俺もそれ以上に疲れていると思うけれど?」
「お主らそこまでにしたらどうだ? 見ている方がイライラしてくるぞその会話」
おっと、調子こいていたら少しいらついたご様子のルジーナさんが登場した。 愛も変わらず腕を組んでいるが、どうにも俺とウルフの不毛なやり取りに疲れたご様子だ。
「それで、解決したのか?」
「まぁね……ほら、ルジーナさんに謝って」
「ウッ……はぁ、悪かったわね…酷く言って」
俺は早速先ほどの言葉を実行してもらうべく、ウルフにルジーナさんへの謝罪を要求した。 ウルフはというと、一瞬だけ躊躇った様子だが観念したのか直ぐに頭を垂れてルジーナさんに謝罪をした。
ルジーナさんはというと、イライラのご様子から一瞬だけキョトンとした表情を浮かべたが、すぐさま口から二股に分かれた深紅の舌をチョロチョロと出して『気にするな』と返した。
流石は元服を済ませた大人の女だなルジーナさん……どこか余裕ってもんを感じ取ったぜ。
「それで、お主はなぜこの地へ? ウルフの縄張りはこの地よりも西へと向かった先にあると記憶して居るが?」
とたん、さっきまでの和やかムードは一瞬にして霧散して、ルジーナさんは再び眼を細くしてウルフの事を睨みつけている。
……なんだか、ついさっきの大人の女って言葉を撤回したくなってきたな。
「うっ……そ、それはぁ……」
「聞けばゴブリンとやりあったのもこの付近と聞くが?」
やっぱり、彼女はルジーナさんの縄張りに住むウルフではなかったみたいだ。 空気がどんどんと重くなっていくのがわかる。
ルジーナさんの言うとおり、この付近はウルフである彼女の縄張りではない。 それだというのに、彼女はこの付近に出現したという問題がある。
更に深いところを突けば、彼女に絡んだゴブリンもこの付近の魔物ではないらしい。
この地オリジンはこの大きな湖を中心として東西南北に他の種族の縄張りが存在している。 ルジーナさんが先ほど言った西に位置するウルフの縄張り。 今朝方現れたゴブリンの縄張りは東を位置し、南は会ったことはないがコボルドの縄張り。 そして北には人間の村が存在するという。
普段はこの5つの縄張り間の移動は制限されており、ある意味で不可侵条約的なものが存在しているという。
因みに俺事、ケットシーは様々な地に分布しており、中には人間の家でお手伝いさん的な存在として扱われている奴もいるらしい。 まぁ、今はどうでもいいことだな。
「さて、聞かせてもらおうか? 何故東西の縄張りのお主たちがこの地へと無断で足を踏み入れたのかを?」
話を戻そう。 ルジーナさんはまるで『返答次第では命は無い』と言わんばかりに低い声でウルフへと詰め寄っている。
一方のウルフは、俺にやられたことにより体の自由があまり聞かずに逃げ出すことさえできない状態だ。
なんだか傍から見ていると虐められている子犬って感じがするなこのシチュエーションは。 流石に可哀想だから助け舟を出そうかな。
「まぁまぁ、ルジーナさんも落ち着いてって」
「ムゥ……だがなギン「ここは俺が聞くからさ」……了解した」
しぶしぶといった感じで引き下がったルジーナさんはどこか納得していない表情だったが、敢えて俺に任せてくれたのは会ったばかりでもそれなりに俺の事を信頼してくれているということなのだろう。
さて、俺はその信頼にこたえるために頑張ろうかな。
「さぁ、それではバトンを交代して俺が色々と聞こうかな。 それじゃあまず一つね、君は西のウルフの子で間違いないか?」
「……えぇ」
おぉ、答えてくれた。 なんでかわからないけれど、俺はルジーナさんほど警戒されていないみたいだ。
「それじゃあ、あのゴブリンってのは東のであっている?」
「……さぁ、知らないわ。 私だって予想していなかったもの」
ふ~ん……それじゃあ、あそこでゴブリンと遭遇してしまったのは本当に偶然ということだな。
「それじゃあ、君は何のためにここに来たの? この地のリーダーを倒して領土を奪うため?」
「――――そ、そんなことしないわよ!」
……ふん、何となくわかったかな。 といっても推理もろもろは雑だけれど、一応確認程度にしておこう。
「一つ、君はゴブリンの事を知らなかった。 二つ、君は領土を奪うという言葉に対して完全に否定した。 三つ、俺に初めて会ってから俺の事を探し回った。 さらに言えば、君はルジーナさんの事を知らなかった……うん、君が領土を奪いに来たということは無いと信じよう」
「……は?」
まぁ、雑な推理だしこのウルフが嘘を言っている可能性もあるけれど、別の事情があって、やもなくこの地へと足を踏み入れたというのがわかるね。
ゴブリンの事を知らなかったと言っているし、ゴブリンの息の根を確実に止めていたことからゴブリンと結託してこの地を落とすということは無いと判断してもいい。 そして、仮にこのルジーナさんの縄張りを奪うために来たとしたらルジーナさんのレベルや名前、種族を知っていなければおかしい。
さらに言うのであれば、領土を奪い取りにきた奴が初めて会った俺の事を追いかけまわす理由がわからんっていうことだ。
俺はそのことを簡単にルジーナさんへと伝えた。 なんだか驚いた様子で『考え方が人間みたいだな』と笑って返されたもんだから元人間の俺としては複雑な感じがした。
「と言うわけで、君が俺達に危害を加えないのなら見逃してあげる。 だから、さっさと自分の縄張りに戻った方がいいよ?」
なるべく優しい口調になるように心掛けたのだが、どうにも相手に正しく伝わったのかが怪しい。 だって、ウルフの少女は俺の言葉を受けてもその場から一歩たりとも動こうとするそぶりは見せない。
言ったことが理解できないのか、それとも理解したうえで動こうとしないのか……どちらにしろこの状態は少し困る。
具体的に言うのであれば、今までの態度から明らかにルジーナさんはこのウルフに対していい印象を持っていない。 今のウルフの態度はルジーナさんの神経を逆なでしているようなものだ。
どうにかしなければいけないと手をこまねいていると、ウルフが口を開いた。
「あ、アンタ! 私のパートナーになってよ!!」
――――どこで選択肢を間違えたのだろうか?
ありがとうございました。
どうしましょうか、タグに魔物ハーレムとでもつけておきましょうか(笑)
一応、この後も色々とキャラを出していく予定です。
ってか、今気づいたのですが8話まで書いてまともな登場キャラ3体って……
早く色々と出さねば……
ではでは、感想&ご意見は随時お待ちしております。
次回をお楽しみに~