第五幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
あの時、犬が俺に向かってケットシーと呼んでいる時から何かがおかしいと思っていたんだ。
それに、唯の猫が腕を薙ぎ払っただけで木を切り倒したり、水中に潜って活動したりして……しかも極めつけは息を吹きかけただけで蟹のハサミが氷結ですよ? こりゃあ、さっき木を燃やしたのも俺がやったとみて間違いないかもしれない。
やぁ、自分が唯の猫ではないと気付き始めた俺だ。
蟹のハサミをカチンコチンに凍らせてしまった俺は、自分自身のことについて考えたところ、俺はただの猫ではないという結論に達した。 あ、蟹のハサミは凍ったままおいしく頂きました。 まぁ、猫舌だから熱くなければ何でも食べられるみたいです。
しかしあれだね、ゴブリンがいる世界だ、猫が火を吹いたり物を凍らせてもおかしくないのかもしれたい。
……なんだかRPGに出てくる魔物を連想させるよね?
つーか、確実に勇者に倒されるルートしか考えられない自分が悲し過ぎる! ……考えるのはやめよう。
そんなこんなで、だいぶ話を戻すけれど蟹のハサミを食べて腹もふくれて、水で体を洗った俺は今後の事について考えてみる事にした。
取りあえずは、寝るのは今朝まで使っていた洞窟で良いと思う。 食べ物だって火を吹いたり物を凍らせる事が出来るのだから、工夫すれば何とかなる筈だ。
……え、特に問題なくね? まぁしいて挙げるのなら、凶悪な肉食獣にあって俺が御飯にならないように注意をするだけでして――――
その時だ、聴力が人間の数十倍になった猫になったからこそ感じられるほど小さくではあるが背後の湖から水が跳ねる様な音が聞こえたのは。 その刹那、今まで感じた事がない様な悪寒が身体全身を駆け巡った。
ソレが何かと考える前にその場からサイドステップの要領で一気に横へと跳んだ。 一瞬、風を切るような音が俺の耳に入ってきた。
地面に着地した瞬間、俺は今まで自分が立っていた場所へと眼をやった。 そこには……
『シューシュー』
俺が立っていた場所にはファンタジーな漫画やアニメでしか見た事がない様な金属製の棒が……水に濡れたソレは金属独特の茶色の錆も目立つが、生き物を殺す位造作もないであろう。
……ぶっちゃけ、剣があります。 両刃剣ってやつですね。 そして、その持ち主は身体全身を緑色の鱗と皮で覆われており、造形は大きなトカゲが二足歩行でもしている様なものである。
そして、何を考えているのか分からない顔が不気味さを醸し出し、瞳も縦に割れ不気味さを助長させている感じがする。 ……はい、どこからどう見てもイメージ上はリザードマンにしか見えません。
ここにもファンタジックな生物を発見してしまったぜ……
リザードマン(仮)は耳障りな空気が抜ける音と共に口から二又に分かれた舌をチロチロと出し入れしており、何となく俺に対して威嚇しているようにも感じられた。
「って、考えたくないけれどもしかして捕食対象認定ですか!?」
その瞬間、リザードマン(仮)が剣を再び振り上げて俺の方を向いた。 この場に居るのは危険だと俺は瞬時に判断し、バックステップの要領でリザードマン(仮)と距離を取った。
相変わらずリザードマン(仮)は何を考えているのか分からない表情で舌をチロチロ出し入れしながら俺の方を見ている。
何が何でもこの場から逃げなくては……つい先ほどゴブリンを一体たおしたとはいえ、あの時は滅茶苦茶奇襲だったし、しかも今回の相手は剣まで持っている。
……本当の事を言うと、俺の内心は恐怖でいっぱいだったりする。 こういう時って誰かが書いた小説とかだと厨二らしく武器にもめげずに突っ込んでいくのがセオリーかもしれないけれど、生憎と俺はそこまでいっちゃっている訳ではない。
武器なんて持った事ないし、ましてや剣を持っている人外に突っ込んでいく勇気も度胸もありはしない。
さっきのゴブリンの時の俺は絶対にどこかおかしかったからノーカンだ。
いい感じでテンパっていると、しびれを切らせたのかリザードマン(仮)が地を蹴り飛びかかりながら俺に向かって剣を縦に振るってきた。
しかし、逃げようにも俺の足は恐怖で地面に縫い付けられたように動かない。 ……え? コレって何て死亡フラグですか?
しかし、身体は動かないが何故だか考える事に関しては何時もよりも冷静に出来た。 多分、色々と非常識的な事を目の当たりにしたせいでおかしな耐性が付いたのだろう。
兎に角、今は俺が生き抜く事を考えなければ……逃げる事が出来そうにない以上、このリザードマン(仮)を如何にか説得して俺に攻撃させないように誘導を……
そして、正に剣が振り下ろされる瞬間、俺は賭けに出た。
「――――ス、ストップだっての!!」
一瞬、この世界の生き物に英語が通じるのか不安だったが俺の発した言葉によってなのかリザードマン(仮)はその剣先を俺の鼻元でピタリと止めた。
やはり、顔には表情が現われておらず本当に怖い。 しかし、折角出来たかもしれないチャンスなんだから棒にふるわけにもいかない。
「か、勝手に湖に入ったのは謝る。 お、俺も腹が減っていてどうにも我慢が出来なくてな。 で、でも生き物を殺したとかはしていないし……まぁ、蟹のハサミは頂いたんだけれど……い、いや、こちとら腹が減っていて見逃して貰えると嬉しかったりするなぁ~……なんて」
言い切ってから考えたらかなり自分勝手な物言いだったかもしれない。 それに、この世界に来て犬とゴブリンには話が通じたけれど果たしてリザードマン(仮)に俺の話している言葉が通じているのだろうか?
俺が言いきっても尚、何も話さないリザードマン(仮)の様子に段々と俺は不安に駆られてきた。
そんな沈黙が数秒続いた後、リザードマン(仮)はゆっくりと口を開いた。
「……お前は我を討伐しに来たのではないのか?」
「……はい? なんで俺が見ず知らずのアンタを倒さないといけなんだよ? さっきも言ったけれど俺は腹が減ったからここに来ただけで……ソレに、もう腹が膨れたから自分の寝床に戻る所だよ」
予想外にもこのリザードマン(仮)は俺が自分を狩りに来た者だと思い、襲ってきたようだ。
それならば、幾分か俺が生き残る術が出来るかもしれない。
そしてリザードマン(仮)は俺の目の前に構えていた剣を治めると無表情ばりに申し訳なさそうな声で俺に話しかけてきた。
「すまなんだ、最近どうにも血の気の多い輩ばかり相手にしていたものでな……お主も同じ気質の奴かと……」
少し驚いた。背は大体150㎝くらいのリザードマン(仮)が自分よりも小さい俺に向かって頭を下げるなんて……
でも、どうやら俺が殺されるという最悪の事態は待逃れたらしい。 それに、このリザードマン(仮)って何だか話してみると結構いい奴っぽいな。
「いや、気にしなくて良いよ、イキナリ来た俺も悪かったしな」
「うむ、感謝するぞ。 おぉ、そうだ迷惑をかけた礼がしたい。 何か我に出来る事があったら言ってはくれぬか?」
おぉ!? 渡りに船とは正にこの事だぜ! まさかここに来てお助けキャラが登場するなんて……それに、やっぱりこのリザードマン(仮)は良い奴っぽいな。 いや、見た目は結構あれだけれど見た目と中身は比例しないもんだな、ウン。
「それならさ、これからも腹がへったらこの湖に来て蟹とかもらいたいんだけれど……いいかな?」
「おぉ、それならば問題は無いぞ。 なんなら我が魚などを獲って届けるが?」
おぉぉ!? 更に良い事ずくし! ってかマジでこのリザードマン(仮)さん良い奴じゃんか!!
「悪ぃ、頼んでも良いかな?」
「ハハハ、ソレ位の事は気にするでないぞ。 どうせこの湖には我くらいしか知能を持つ魔物は居らぬのでな。 お主はケット・シーであろう? 一人で暮らして居るのか?」
「まあね。 ……ところで一つ聞きたいんだけれど、俺ってケット・シーなの? ってか魔物って何? そもそも、ここどこ?」
何だかリザードマン(仮)さんが良い奴っぽいので俺は取りあえず、今必要な情報を聞きまくった。
何で人間だったのに猫になっているのかも聞きたかったけれど、ソレについてはリザードマン(仮)さんは間違いなく答えるのが難しいと思ったので、伏せておいた。
「ぬ? どうしたのだ、お主はケット・シーであろう? 親御殿からは習わなかったのか?」
「う~ん……それがさ、昨日までは話す事も出来ない猫でさ、って言うか昨日以前の記憶云々も無くてさ……ソレが今日になったら体はでかくなっているわ、話せるようになっているわ、力が半端無く強くなっているわでさ」
まぁ嘘は言っていないよね嘘は……
そして、俺の言葉にリザードマン(仮)さんは少し考え込むように眼を閉じた。
「……恐らく、身体が巨大化し、力が強くなった云々に関しては昨晩の内に進化したのであろう」
……はい? 進化ってあの、
「昨日まで話せなかったのであろう? まぁ、記憶云々は分からぬが何らかのショックで消し飛んだか……まぁ、ソレは重要なことではない。 昨日、何か変わったことをせんかったか?」
「変わった事って……まぁ、洞窟に入った位で……」
そんな俺の言葉を聞いて、リザードマン(仮)さんは無表情ながらも少し驚いたような顔をした。
「ほぉ、お主『試練の洞窟』に入ったのか?」
試練の洞窟? 何だろう、凄く興味を注がれてしまうような名前が出たんだけれど。
「『試練の洞窟』とはな、そのモノが心より求めるモノを具現化すると言われている洞窟だ。 しかし、邪な想いを持っている者が入ると、直ぐ様入口に逆戻りと言う奇妙な洞窟でな」
邪な想いって……俺はただ単に腹が減ったもんで、何か食べる物は無いかと入っただけであって……それに、俺が思い描いていた食べ物は無かったんだぜ? あったのは見たことも無い飴玉があっただけで……
「でも、最深部にあったのって変な飴玉が数十粒だけだぜ? まぁ、全部食べたらそれなりに腹が膨れたけれど……」
「飴玉……なんだそれは?」
え、飴玉が通じないの? 英語が通じたのに何で飴玉が通じないんだよ。
俺は少し苦笑いをして、どういう風に説明すればいいのかを考えた。
「えっとな……まんまるで、口に入れると甘い食べ物だよ」
「丸くて甘い物……それは、透明であったか?」
何か思い当たるものがある様で、リザードマン(仮)さんは俺にそう聞いてきた。
「おう、でもな甘い匂いだったのに実際に食べてみると全く甘くねぇんだぜ? 全く、詐欺だよなぁ~」
「ふむ……詐欺が何かは分からぬが――――」
いつの間にか剣を腰に巻かれていたベルトに差し込んだリザードマン(仮)さんは手を顎に当て何かを考えるようなそぶりを見せながら話し始めた。
「――――お主が食べたソレは……おそらく『進化の実』だな」
「……何だか、また新しい単語を聞いた。 その進化のなんちゃらって何?」
「うぬ、進化の実とは読んで字の如く進化を促進させるための実だな。 その実は甘い匂いを漂わせるが無味だとかなんとか……まぁ、他にも『成長の実』等と呼ばれる事もあるがな。 しかし、お主はついておるな。 今の時世に大量の進化の実に巡り合うとはな」
……まぁ、ようはその『進化の実』って奴のお陰で話せるようになったし、力もついたって言う事か?
それって、どんなRPGだよ。
「しかし、ソレを数十個食べたと言っておったな? どうりでだ、お主のレベルがおかしなことになっておる訳だ」
レベルねぇ~……それなら大体分かる。 多分、俺の強さを数値化したもんだろ? あ、でも何で俺を見ただけで分かるんだろう?
「お主の顔を見るとレベルと言う言葉は分かるが、何故見ただけで分かるのか? と言う事でも考えて居るのであろう」
うへぇ、何故分かったし!?
「魔物にはレベルが存在しておる。 表示される部位は違うがお主の場合は額にソレが現われて居るようだ。 因みに、我の場合は……ホレ、この通り右肩に刻印されておるわ」
そう言ってリザードマン(仮)さんは右肩が俺に見えるように腰をかがめた。
……おぉ、本当だ、緑色の鱗に何だか入れ墨みたいなものが彫ってある。 ……えっと、縦線が5本か。
あれ? でもさっき自分の顔を見たけれど、俺の額って訳の分かんない入れ墨が模様のように乱雑していた気がするんだけれど?
リザードマン(仮)さんの言う分にはソレが俺のレベルらしいんだが……
「我は見てのとおりのレベル5だ。 しかし、お主はケットシーであるにもかかわらず少なくともレベルが30は超えておるな」
……え、ソレってなんてチート?
リザードマン(仮)さんに冷静に返され少し現実放棄したくなったりした今日この頃である。
「……ふむ、まぁ難しいことは考えなくともよい。 様は、お主は望まぬままに強くなってしまっただけだ。 さて、ココはどこかという問いだが――――」
そこまで言ってリザードマン(仮)さんは開いていた口を閉ざした。
一体どうしたというのだろう?
そして、リザードマン(仮)さんはゆっくりと空を仰ぎ見て、ゆっくりと口を開いた。
「――――この地は『オリジン』、別名『始まりの地』とも言われている地だ」
「オリジン……ねぇ、えらくファンタジックな名称だこと」
「『ふぁんたじっく』というのは何かは知らぬが、お主が何も知らぬならちょうど良い。 お主、我の仲間になれ」
――――そして、これが人間から遠くはなれた種族に生まれ変わった俺の人生の始まりになるのだった……
ありがとうございました。
かなり無理矢理な話になっているのですが、ご了承ください。
試練の洞窟に関する謎は後々……そして、レベルの概念も後々……
何だか後々ばかりになってしまいました。
感想&ご意見&アドバイスはいつでも受け付けております。ではでは、次回もよろしくお願いします