第二七幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
結論から言おう。ゴブリン・ロードが言っていた【死にぞこない】って奴の事を俺はよく知っている。
特別濃い付き合いをしていたとかでは全く無く、寧ろこの世界でお近付きになりたくないやつベスト3に入るほど嫌いな奴だ。
そもそもの出会いも奴の性格も引っ括めて大嫌いの部類だ。
俺は洞窟ないに出来た影に隠れながら心のなかで大きく悪態を吐いた。見事といって良い程に俺の予想は大当たりだったからだ。ゴブリン・ロードに【死にぞこない】と言われ、俺の仲間のクリーヌからは最低な奴との烙印を捺されているそいつは毛に覆われた顔を歪めて小刻みに震えている。その姿は前に会った時の自信を微塵にも感じさせる事はなく、情けない姿しか見えてこない。
ロードを眼前に腰が抜けてしまっているのだろう。無理もないか、俺が知っている【死にぞこない】はレベルが5で、両前脚を骨折していて眼と耳が潰されている――――
――――クリーヌの叔父なんだから。見間違いようがない。普通のウルフよりも一回り大きいその体。魔物になったこの身体でのみ感じる事が出来る独特の気配。でも、どういう事なんだろう?潰されたはずの眼球と耳、両前脚が治っているように見える。自然に回復……は、前脚ならまだしも眼と耳は無理だろう。だとしたら、この世界にある回復スキルってやつ位しか思いつかないんだが。
『オィコラァ……テメェ等、俺様を陥れる気なのかぁ?クソの役にも立たねぇ【死にぞこない】を助けてやったのは誰だと思っている!!』
『ヒ、ヒィィィーー!め、めめめ滅相もございません!私が貴方様を陥れようなどと……あの日、貴方様の配下であるゴブリン・シャーマン様に助けていただかなけれだ私の命などとうの昔に潰えてございますです、はい』
なるほど、あのゴブリン・シャーマンは強力な回復スキルも使えたのか……惜しい人材を無くしたものだ。
『それによぉ【雑魚アマ】、テメェの配下があの猫を足止めするんじゃあ無かったのか!』
『わ、わらわは間違いなく足止めをするようコブロク達に申し付けたのじゃ!だから妾の所為ではなくて足止め出来なかったコブロク達の所為なのじゃ!』
やっべ、リアルに【妾】とか言っている奴を見るとマジでウケル……じゃなくて! ロードが言っていた【雑魚アマ】ってのは裏切りのウルフの横に居るコボルトでいいんだよな?
クリーヌの叔父の側には少し前に見たコボルトよりもやや小柄なメスのコボルトがいた。だけれど何故だろう小柄だというのに普通のコボルトよりも纏っている空気が違う気がする。
耳にはピアスみたいなものをはめているし、体毛も灰色のコボルトと違って若干茶色が混じっている。
『所詮、知性の欠片もないコボルトか……ホントに使えねぇな!!』
『ヒゥ……あ、あんまり声を荒げるでない。妾の高貴な耳が潰れるではないか。それに勘違いしてもらっては困る、妾はそこいらのコボルトではない。【コボルト・チーフ】なるぞ!』
『俺からしてみたら違いなんてねぇもんだ!』
なるほど、あのコボルトは【コボルト・チーフ】って魔物なのか。名前からしてコボルト達の親玉みたいな奴なんだろう。しかし、何故だろう?果てしなく小物臭しかしないんだけれど。
薄暗い部屋で相対している三体の魔物……この図式から考えると――――
【ゴブリン・ロード】→【ウルフ】命を助けてやったのだから恩を返せ
【ゴブリン・ロード】→【コボルト・チーフ】命が惜しかったら俺に従え
みたいな図式になっているのだろう。成る程、ウルフ側は俺達の事が憎くて協力がてらゴブリン・ロードに情報提供。
コボルト側は……大方、最近急速に活躍してきた中央の縄張り連中が目障りだから協力するから俺達のことを倒してくれってところか。それで始めは俺だけを遠ざけてルジーナさんとクリーヌから潰そうと考えるも俺が現れて失敗――――そんでもって、ソレが原因で配下のゴブリン・シャーマン達がペチャンコになったからキレていると……
『ってかこの期に及んで仲間割れとかどうよ?』
現状をみると、間違いなくウルフとコボルト・チーフはあのゴブリン・ロードに倒されるだろう。俺自身もアイツ等が倒される事に関しては全面的に賛成だ。クリーヌみたいに情けをかけて後からしっぺ返しが来るなんて目もあてられない。だけれど……
『出来るならウルフはクリーヌ、コボルト・チーフはルジーナさんに倒してもらいたいな』
ウルフに関してはクリーヌにきっちりとケリをつけさせるため。コボルト・チーフに関してはルジーナさん自身がコボルトに対して私怨があるように感じたからだ。
つまり、気は進まないけれど今から俺はあの嫌な奴ら二体をロードから助けだす必要があるわけだ。……いや無理に助けだす必要はないけれどね。完璧なる自己満足だし。
それに別段無傷で助けだす必要はないわけだ。命さえあれば四肢が無かろうが関係ない。それならいくらでもやりようはある。後は俺があのゴブリン・ロードに勝てば良いんだけれど……
詰まる所、そこが一番の難関だったりする。ワイルドキャットの状態で挑んで分かった。圧倒的すぎるレベル差ならまだしも、レベル差があまり無い場合は主に経験がものを言う。
戦い方に関していうとワーキャットになっても俺はアイツに勝つことは出来ない。――――うん、今回の件が終わったらルジーナさんに戦い方を基礎から教えてもらうとしよう。
……一人で無駄な誓いを立てたとしても状況はかわらずですか。だったら少なくともアイツに勝っている事を挙げてみよう。もしかしたらアイツに勝てる秘策が思いつくかもしれない。
・レベルが上
・夜目がきく
・少なくとも元人間なんだから頭は良い筈
・進化自由
・火と氷なら自由自在
――――挙げてみたら意外と少ない。そもそも、レベルは関係ないって結論だから一つ目は論外だ。それに元々人間って……頭がいいって誰基準だよ?俺基準かよ?大学の知識をどうやって戦いに活かすんだよ?確かに考えようによっては大学の講義で人体について学んでいたという事は人の弱点を知っているともとれるかもしれないけれど……
『弱点つく前に俺の身体がミンチだっての』
あくまでも真正面からって言葉が着く。この世界に生まれ変わり数日間暮らしてみてわかった事がある。確かに作戦を練って相手を陥れるっていう事はあるし身を持って体験した。……あ、何だか思い出しただけで腸が煮えくり返ってきたかも。
……と、とにかく正攻法でなければ俺にも勝機は見えてくるはずだ。そう、たとえば――――――
『やりようによっては密室で火炎放射とか落とし穴に逆氷柱とか如何様にでもなる……のかな?』
……自分で言っておきながら結構エグイ結末しか見えてこない。とりあえずは、自分の足りない頭をフル回転させる必要があるな。
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――――ホントにどうしたもんかしらね? ゴブリン・ロードが居なくなったから即死はまのがれるけど、雑魚ゴブリンの大群とかマジで洒落になんないわよ。
しかも、私らはボロボロで普通に動くのも億劫な状態だし。
いくら考えても妙案は思いつかず、出て来るのは絶望のみ。あの雑魚共に犯され蹂躙されるという最悪な結末しか考えられない。
『ルジーナ、本格的にマズいわマズ過ぎる、寧ろ既に手遅れに近いわ!』
『泣くな喚くな。我らに出来る事はギンの無事を信じて最後まで足掻く事だけだ』
そういうとルジーナはおぼつか無い足取りでヨロヨロと立ち上がった。ってか、アンタ今武器も何も持ってないじゃないの。
ただでさえボロボロだっていうのに徒手空拳でどうするつもりなのよ?
――――でもまぁ、ここで死ぬくらいなら仕方ないかも。アタシはどうにか出来ないものかと一緒に逃げてきた人間達を一見する。
しかしそこにいるのはギンに昏睡させられた人間が二人、その傍でオロオロしている人間が一人。ぶっちゃけクソの役にも立ちそうにない。
『アタシ等が如何にかするしかないってことね……後でギンにはキッチリと償ってもらわないと割に合わなさすぎるわ。それでルジーナ、アンタがやる気を出すって事は何か妙案があるんでしょ?』
『……?』
『いやいや、【……?】じゃないわよ。アタシも手伝ってやるって言ってんのよ』
『……気合い・根性・負けん気!これらに勝る策は無し!!』
『精神論!?アンタ時々キャラにそぐわない発言しまくりよ!』
ア、呆れてものも言えないわ……って言うか、完璧にTOKKOUしかないじゃないの! い、イヤよKAMIKAZEなんて名前だけ微妙に格好良いくせに内容は血味泥に溢れ還っている事を実際に試すなんて!
何も策がないアタシ達に気が付いたのだろう、洞窟入り口にたむろしていたゴブリンが気味の悪い顔をより一層歪めた。恐らくアイツにとっては笑みを浮かべているのだろうが醜悪さが増した顔を見ると嫌悪感しか湧いてこない。そしてジリジリと一歩ずつゆっくりとだが確実にアタシたちとの距離を狭めて来ている。
コイツは……本格的に不味いわ。さっきまではルジーナと馬鹿言い合うくらい余裕はあったのにそれすらも無くしそう。全く……ギン、本当に恨むわよ?事が済んでゴブリン孕まされて産み終わった後は確実に永久就職させてもらうから覚悟しておきなさい!』
『……お主、意外と余裕あるではないか』
『……テヘッ★声にでちゃったみたい』
――――――――ギャーギャーギャー!!
当然のごとくゴブリン達はこっちの都合事情言い訳なんか聞いてくれるわけがない。やつらは何の合図もなしにアタシ達に向って突っ込んできた。
流石にこの瞬間アタシとルジーナは明確な死を幻視した。だってほら……ゴブリン達の後ろに明らかにゴブリンではない真っ黒の影がゴブリン達以上の速度でアタシ達のほうに向かって――――――
『天知る・地知る・旦那知る!今、三千世界のパシリに応え旦那の舎弟ケットシー改めヴァンブーゾルキャットのヤス!けえぇぇぇぇん…………ざんっす!!』
……いや、黒い影はアタシ達を迎えにきた死神ではないようだ。その正体は無駄に暑苦しそうでオリジン内では見たことがない黒い猫科の魔物。しかも器用に後脚で直立し、前脚をそろえながら斜め上に挙げるというヘンテコな格好を決めている。そんな怪しさ爆発の見たことのない黒い魔物はアタシ達とゴブリンの間に入り込んできた。余りにも突然な事だった為突撃していたゴブリン達もその足を止めて一様に口をあんぐりと開けながら突然の乱入者へと視線が釘付けとなっている。
もうヘンテコ過ぎて訳が分からない。手足だって本当にアンタ四足歩行できるのっていうくらい細長い。
『だんなあぁぁぁ!!お約束通り遣いに行ってきたっすよ!ほめてほしいっすほめてほしいっす……って旦那がいねぇ!?』
一体何なのよ!?敵なの味方なの?ワケわかんないわよ!
『――――およ?そちらにおわすはリザードマンにウルフの二人組……おぉ!アンタ等が旦那の言っていたルジーナの姐御とクリーヌの姐御っすね!オイラは旦那の舎弟でヴァン・ブーゾルキャットのヤスっす。よろしく頼むっす!』
しかも、アタシらの事を知っているとか二重の驚きなんだけれど。 そんな事より、ヴァン・ブーゾルキャット? 聞いたことの無い魔物ね。
『ヴァン・ブーゾルキャットと言えば、ギンの【ワイルドキャット】、【ワーキャット】と同じくこの辺りでは見ない魔物だな』
いち早く復活したルジーナはこの謎の魔物について心当たりがある様子だ。それにしてもオリジンに居ない魔物が何だってこんなところにいるのよ?
『いやはや、オイラも詳しくは知らないんっすが……ついさっきまでレベル6の流れのケットシーだったんすよ。ソレが急にレベルが9まで上がって、ここに来る間ゴブリン共をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していたら――――』
『成る程、進化しておったというわけか』
ムッ……ケットシーだったくせしてアタシよりもレベルが上だなんて、なんかムカつく。
『進化の過程なんてどうでも良いわ、アンタがさっきから言っている【旦那】って誰の事よ?』
『おや、聞いていないっすか?旦那って言ったらギンの旦那に決まっているじゃないっすか〜』
『えっ……ギン?』
『そうっすよ、まさか聞いてないなんて――――』
『『全く聞いてない』』
『――――はぁ、何となくそんな気はしていたっす。まぁ例え忘れ去られていようとも、それでも言われた事を守るのが舎弟の務めっす。と言う訳で――――――皆様方!お出番っすよ』
――――――次の瞬間、アタシは驚きのあまり声が出なくなった。
いや、正確には『アタシは』ではなくて『アタシとルジーナは』が正しいか。いつも澄まし顔のルジーナですら状況理解が出来ていない。だってそこには……
『お待たせ致しました、クリーヌが妹アイリーンただ今参上です!』
『恥を忍んでコボルトのコブロク参上つかまつる!』
……いや、思っていた以上にビックリ仰天な出来事だわ。っていうか後の奴は出て来ちゃだめでしょ?
恐らくアタシとルジーナは同じ事を考えている事だろう。
うむむ…気がつけば半月近くが経過している…本当にすみません!
半端ない亀更新具合に自己嫌悪中。
安定した投稿は少し難しいですのでこれからも気が向いたらのぞいていただけると幸いです。
ではでは、かみかみんでした~