第二五幕
この物語はフィクションです。登場する名前・団体は架空のものです。
やぁ、断崖絶壁ナウなギンだよ。ロードの気合い一発の咆哮は凄まじかった……何が凄いって俺が昏睡させたはずの雑魚ゴブリン達が次々と復活してきたのだから。気分はさながら、あとワンターンでKILL出来たはずのラスボスがベ○ミを使ってしまったくらいの絶望感だ。
『まぁいいだろう……それよりも、そこの猫ぉ。テメェただもんじゃねぇな?』
『いやはや、金にするとタダでは買えない自信はあるけれど…』
『タダより高いものは無いってやつよね?』
『いやクリよ、それは用途がちがうのでは?』
そもそも、その用語があるってことに驚いている俺は置いてきぼりなのだろうか?
俺はやや苦笑いを浮かべる。本当にこんな絶望に近い状況だっていうのに俺の仲間はブレないな…コイツらを見ていると不思議となんとかなるって思えてくる。
『猫風情共がこの俺様を侮辱するたぁどういう了見だぁ!』
いや、別に侮辱したつもりはサラサラ無いんだけれど。……うん沸点低すぎ。話を完璧にスルーされた事に対してか、はたまたからかった事に対してなのか痺れを切らせた、ロードは緑の皮膚を若干紅潮させて怒りを露にした。
流石にこのまま放置していたら物理的被害が尋常じゃないか。全く血生臭い事は大嫌いなはずなのに命のやり取りの真っ只中にいるなんて……人間だった頃の俺からしてみたら考えもつかないことだよ。
軽くリアル逃避をしながら俺は四肢に力をこめていつでも飛び掛かれる姿勢をとる。砂利が擦れる音が一時だけ狭い洞窟内へと響き渡り、その後静寂が場を支配した。
――――はじめに動いたのは俺の方だ。低くした身体をバネの様に弾ませる。
ゼロからトップスピードへ爆発させたかのような重力を一身に受けるが強化された身体には苦痛は感じられない。
突然の事に反応仕切れずに惚けているシャーマン達の脇を擦り抜けて――――
同じく俺の事を然程驚異と感じていなかったロードとの距離をつめる。
そのままのスピードで純粋に無骨で面白みにかける体当たりを……いやトップスピードにのっている時点で突進ってレベルか。ロードのがら空きとなっている腹部へと全力で突っ込んだ。
全身を車に跳ねとばされたかのような衝撃が奔り、次いで突っ込んだ元――――ロードの身体がより洞窟内部へと吹き飛ばされていく。
『お、おおオヤビン!!』
『な、なんだよあの猫は!?』
シャーマン達の驚愕ともとれる悲鳴が聞こえたが、今俺が相手にしないといけないのはロード一点である。
ロードも流石はゴブリン達のリーダーだけある。俺に吹き飛ばされながらも地面に手と膝をついて勢いを殺している。
間髪入れずに再び距離をつめるべく俺は地を蹴った。
これが普通のゴブリン達ならば全く反応することができずにナイフを彷彿とさせる俺自慢の爪で切り裂かれていただろう。しかし相手はレベル35の俺と2レベルしか違わないゴブリン達の王だ。
俺のスピードに反応し、直ぐ様体を起こしてその丸太のような腕を振るいクロスカウンターを仕掛けてきた。
確かにスピードにレベルで言えば俺のほうが勝っているかもしれない。だがしかし前にも言ったがこの世界はリアルな世界なのだ。
殴れば痛いしリセットボタンもない。RPG特有のターン制度もないし、コマンド何て言うのは持っての他だ。
簡単に言えば俺には命を懸けたやりとりなんてした事はないし、戦いの経験なんてものは一般人だった俺にあるはずが無かった。
俺は土壇場で失敗してしまったんだ。さっきの奇襲もロードが油断していたから成功したのかもしれない。
それに最もダメだったのはレベルの低いゴブリンやコボルトを倒した程度で【自分は強い】なんてバカな考えを持ってしまった事だろう。
――――――次の瞬間、俺の体から重量物が落ちたような低く鈍い音が発せられ洞窟中へと響き渡った。
次いで身体全体を今迄感じた事がないほどの激痛が支配した。
『――――カハッ!』
慣性の法則に従いロードより明らかに軽い俺の体は木の葉のように空を舞い、洞窟壁へと叩きつけられた。肺のなかの空気を取り込む細胞が全て押し潰されたのではないかと錯覚さえ起こしかねないほどの窒息感に俺は見苦しくも鯉のように口をパクパクさせた。
何とか身体を起こそうと四肢に力をこめるが生まれたばかりの子鹿のように力がうまく入らず震えが止まらない。
『――――ギンッ!』
遠くからクリーヌの悲痛に満ちた声で呼ばれた。しかし上手く呼吸ができていない現状では【大丈夫だ】という簡単な言葉を紡ぐことすらままならない。
そんな俺の姿を見てロードは頬まで避けている口を大きく開け、耳障りなほどの甲高い声で嘲笑い始めた。
『貴様ッ我の仲間を!』
ルジーナさんの激昂が聞こえるがロードの耳障りな声が止むことはない。クソッ――――俺にもっと力があれば……
幾ら悔やんでもこの場の打開策は考え付かない。レベルではこっちが有利だってのに戦闘経験に合わせて強いはずのこの身体を上手く使えないなんて宝の持ち腐れにも程があるぜ。
かなりのピンチからか様々な事が頭を駆け巡り続ける。
『始めの威勢はどこに行ったんだぁ?クソ弱い猫だなぁ……まぁいい。シャーマン共、その猫を始末しとけ。俺はこの雌共と――――』
しかし、時は俺のことを待ってくれることなんかは更々無いみたいだ。
ここは一つ良いほうに考えてみよう。少なくとも、レベルでは俺が勝っているんだ一方的に負けるなんて事はないだろう。
……負けること前提に話はするもんじゃないね。まぁ勝つにしても負けるにしても仲間達を守ることができるのは今現在俺しかいない。力が入らない四肢を無理矢理にでも起こして俺はゆっくりとだが立ち上がる。
勝算なんてないし、策なんてものは全く考えていない。
だけれど……最後まで意地は張らせてもらう!
『意地があんだよ――――――オトコノコにはな!!』
……決してネタに走ったワケではない。
【――――祝福『名も無き女神の祝福』が発動しました】
【――――祝福によりスキル『クライシス』が発動します】
一瞬、頭のなかにアナウンス的なものが流れたのは覚えている。
そして洞窟全体が揺れるかのような地響きと共に俺の意識は急速に遠退いていったのだった。
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突然の出来事にあたしとルジーナは言葉を失った。絶体絶命の大ピンチ、ギンがたった一凪ぎされただけで木の葉のように吹き飛ばされていく。
ギンの今の姿はワイルドキャット。ケットシーとは違い重量はそれなりに備わっている姿だ。 しかも、ギンのレベルならばそこら辺にいる魔物に吹き飛ばされるなんて事はない。
しかも、ゴブリン・ロードのレベルは33、苦戦する筈が無い。それがいとも簡単に……
ギンは震える足へと必死になり力をこめている。あたしはそんなギンの傍に一刻でも早く近づきたいのに血を流し過ぎたらしく立ち上がる事すらままならない。
あたしは知っている。ギンはの本質は優しさが中心である事を、時には甘さもあるし罠に落ちる事だってある。ソレなのに優しさは色褪せることなくより輝きを増し、打算的に群れをつくる魔物とは違い心から仲間を想っていることを。
だからこそギンは無理をしてでもあたしやルジーナの為に立ち上がってしまう。
たとえ自分が傷ついてもギンは止まらない。
だからこそ……ギンを心から仲間だと想うからこそあたしはギン(仲間バカ)を止めないといけない。だって、アタシも気が付いたらギンと同じ仲間バカになってしまったのだから……
最後の力を振り絞ってあたしは大きく息を吸い込んだ。
『ギン!! これ以上はやめ―――』
『意地があんだよ――――――オトコノコにはな!!』
しかし、そんなアタシの言葉はそのギンの言葉で掻き消されてしまう。
【――――ワイルドキャットのギンが祝福『名も無き女神の祝福』を発動させました。パーティメンバーは以後ワイルドキャットのギンの性質を一部引き継ぎます】
【種族――――他種族のため承認降りません】
【レベル――――レベル差10以上なので承認降りません】
【可能性――――ワイルドキャットのギンの可能性を引き継ぎます】
【進化可能時間まで――――1時間。タイムリミットまでに進化可能条件に満たない場合は強制的にキャンセルされます】
ギンがロードに向かって突撃した次の瞬間、アタシの頭のなかに聞いたことの無い女の声が鳴り響いた。
そして次の瞬間、洞窟全体が揺れるかのような轟音と共にシャーマン達を押しつぶすかのように……アタシ達とギンを分断するように洞窟の一部が崩壊した。
そろそろ一章の終わりが見えてきた……待たせ過ぎな自分自身に反省です。