第二二幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
突然現われた猫っぽいなにかにアンは混乱の一途を辿る。しかし次の瞬間には彼女はゴブリンに襲われている最中である事を思い出し、慌てて自分の身体を抱きかかえて辺りを見回した。
「……あれ?ゴブリン達は?」
「あ、アンちゃん……一体何が……?」
しかし、辺りを見回せど彼女を襲おうとしたゴブリンの姿は見当たらない。 寧ろ、自分に飛び掛かったゴブリンだけではなく親友や犬っぽい魔物に襲い掛かったゴブリンの姿も見当たらないではないか。
何が起きたのか混乱が続く。 自分達は助かったのだろうか? もしかして、不覚にも意識を無くして致してしまった後なのか?
混乱の絶頂期に差し掛かった時、親友の一人であるカレンの弱々しい声が聞こえた。
カレンもまたアンと同様に混乱していた。 アンに声をかけたのだって偶々はじめに目についた人物ってだけだ。
だが、カレンはアンを見て別の意味で恐怖した。 何故なら……
「あ、アンちゃん……な、なな何で血塗れなの!?」
「は?血って何を……って何よこれはーー!!」
自身の身体がおかれている状況に悲鳴にも似た声を発したアン……無理もないだろう。 アンの身体はどす黒い血液に汚されているのだから……
余りにも突然起きた出来事に他のゴブリンだけではなく人間であるレン達も茫然とするなか、たった2体の魔物だけは別のリアクションをとった。
『おっっっそいのよアンタは!』
『ふん、コレだけ早く着いたということは案の定、コボルト達にいっぱい食わされたようであるな』
少し怒り口調の彼女達ではあるが、その言葉には確実な信頼が込められていたのであった……
『いやはや、色々とあ……ってかルジーナさんが達磨さんが転んでしまっている状た――――――フゴッ!? こ、こらクリーヌ! お兄さんは真面目な話をしているんだから飛び付かな……かといってベロベロ舐め回るなぁーー!!』
「――――何だか凄い状況になっているわね……って、あれはケットシーよね? 何だってこんな危険地帯にいるのよ? それに急にゴブリン達がスプラッタな状態になったのって……?」
正気に戻ったアンは今現在の状態を冷静に分析しようとした。 突如として血肉に変異してしまった数体のゴブリン達……ゴブリンが死ぬと同時にあらわれた銀色の毛色をもつケットシー……そのケットシーに対して明らかに懐きまくっている犬っぽい魔物……よく見ると、先程までは鋭い眼差しをしていた緑色の蛇みたいな魔物の目も柔らかなものへと変わっている。
「――――うん、よく考えてもわっかんないわね〜」
よく考えた末、彼女には納得の行く回答まで辿り着くことは出来なかった。
しかし、そんな彼女の疑問を解決するかのように一人の人物が声を発した。
「あれ……もしかしてギン?」
発したのはアンの冒険仲間にして親友の一人であるレンであった。
『ん?……おぉ〜レンじゃねぇか。 またゴブリンに捕まっちまったのか? ……実はゴブリンに捕まるのが日課とかなのか?』
「どんな日課なのさ!? そんなのが日課だったらボクは生まれてこの方通算で何度ゴブリンに殺される計算になるの!?」
『えっと……』
「真面目に考えこまないでよ! ボクは生まれてこの方20年の間に2回しか捕まった事がないよ!」
『いや2回捕まっていたら……ってレンってば20歳なのか!? いやはや俺はてっきり……』
「言ってよ!そこまで引っ張るのなら何歳って思っていたのかくらい言ってよ!」
……息も尽かせない程のボケ殺しだと自分達のおかれている状況云々の前に素直に感じたことだった。
――――ギン
いや〜危なかったな。 俺は洞窟に向かって歩きだしたゴブリン達を尾行してすぐに異変を感じ取ったんだ。
何て言うか、洞窟に入った瞬間に哽返るような異臭に鼻を摘んだ。
異臭の正体はすぐに理解できた。 洞窟内には幾つもの牢屋みたいなものが見えるんだが、その牢屋一つ一つに動物が横たわっていたんだ。 動物以外にも人間みたいな生き物も確認できた。
それらの共通点として一様にコボルトの巣で横たわっていたメスコボルトと同様に白い液体に塗れている。
言うまでもなく、ゴブリン達の性の塊だろう。 相当な数のゴブリンに長時間犯されたのだろう、動物達の目には生気が無くまるで廃人のように見える。
もしかしたらクリーヌ達も既にゴブリンの毒牙に掛かり、正気を失っているのかもしれないと俺の中に半ば諦めにも近い思いが生まれた。
しかし俺は一抹の望みを胸に抱き、数体のゴブリンの尾行を続けたんだ。
ゴブリンが使っているこの洞窟は案外深くまで掘り進められており、幾つもの牢屋のような小部屋が点在している造りである。
通路と呼ぶのに狭すぎる構造をした道は武骨に掘られており、人が一人ようやく通れる程の幅で凸凹とした壁面である。
その狭い通路の天井には等間隔で光る石のようなものが吊されており辺りをうっすらと照らしている。
『流石リアルファンタジーな世界だな。 不思議アイテムもあるってわけか』
一人淋しく呟いていると、ふと違和感を覚えたんだ。
さっきまで鼻を摘みたくなるほどにイカ臭かった筈の通路だったというのに、少し歩いた今はまったくイカ臭くないのだ。
ふと、ゴブリン達がとある牢屋の前でとまった。 中からは内容までは聞き取れなかったが、誰かがいるという気配は感じ取れた。 俺はゴブリン達に気付かれるか気付かれないかくらいギリギリの所まで一気に間合いを詰めた。 幸いな事にゴブリン達は中にいる奴らに注目しているため、俺の存在には全くといっていい程、気付く素振りはみせなかったんだ。
って言うか、自分達の巣の中腹に侵入者がいるなんて事は気付くはずが無いかな。
俺は内心で呟きながら牢屋のなかにいる奴らを覗き見た。
『――――――ッッ!!?』
そして、眼球から視神経をへて脳へと伝わった光景を見て俺は一気に血の気が引いた。
だって薄暗くてよく見えないが俺の仲間の一人のクリーヌのグッタリした様子が見えたのだ。 見たところ、傍にもいくつか影が見える。 きっとルジーナさんも影の中にいる事だろう。
そう考えたら、さっきまで冷静だったはずの俺の頭が沸騰したかのように熱くなったのを感じた。
そして、一匹のゴブリンが飛び掛かったのを合図に俺はトップスピードでゴブリン達に喧嘩を吹っかけたという訳なのだ。
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『と言うわけで、俺は無事仲間の下へと辿り着けたのでしためでたしめでたし』
「ビミョーにめでたくないような……でもでも、世間は狭いね〜偶々一緒の牢屋になった魔物がギンの仲間なんて」
つい先程まで漂っていた絶望に満ちた空気は既になくなっている。 ルジーナさんとクリーヌには俺が有りったけの力を籠めてヒールを連呼したのでだいぶ回復したようだ。 ルジーナさんに至っては『ズボッ』と擬音を付けたくなる勢いで手足が一瞬の内に再生したもんだから驚きだ。 ……少しだけ、俺がガキの頃に見た漫画の登場人物を思い出しちまった。 超有名なバトル漫画でたしか同じ緑色だったしね。
『しかしギンよ、如何にして脱出するのだ? お主の話だとこの洞穴は長い一本道なのであろう? この数で出るとなるとリスクも高かろう』
おとと、余計なことを考えていたかもしれないね。
急にシリアスな空気を醸し出したルジーナさんの言いたい事もよくわかる。 この牢屋を出たとしても出た先はゴブリンの巣の真っ只中なわけだし、尚且つ人間3人を連れては目立ち過ぎるのも道理だ。 いや、人間を除いても『隠密』を覚えていないルジーナさんとクリーヌも危ないだろう。
『確かに……どうにかして気付かれないでゴブリンの巣から出る方法は無いものかね……』
『確かに出るのも大事だけれど、ゴブリン大量増殖大元のゴブリンロードとゴブリンシャーマンをどうにかしないと同じ事の繰り返しにならない?』
ルジーナさんとの話にクリーヌも加わった。
……なるほど、おもてにいたゴブリンの数がヤケに多いと思ったんだが、大元なるヤツらがいたのか。 それがゴブリンロードとゴブリンシャーマンっすか……なんだか、強そうな名前じゃないですか。
――――――あり? 何か忘れているような……
『おぉ、そう言えば今回の事にコボルトとクリーヌのおじさんが絡んでいるって情報を掴んでいたんだった。 そのロードとかシャーマンってのを倒すのならそいつらもどうにかしないといけないよな』
『――――――ゲッ! あのクソジジイ、懲りもしないでこんな事に首を突っ込んでいるの? ……やっぱりあの時にバラしとくべきだったわね』
クリーヌさんや、表現が限りなく怖いですぜ?
『話を戻すけれど、俺がゴブリン達を翻弄している間に脱出するのは?』
『『――――――却下ぁぁ!』』
『アンタバカなの?アホなの?幾らアンタが強くてもたった一体でどうにかなると思ってんの!?』
『自殺志願者は受け付けぬ。 それに、ロードは少なくともレベル30を超えているはずだ。 ギン一人で対処できる輩ではない!』
……何か御免なさい。
「え、あの大きなゴブリンってレベル30を超えているの!? それって上級の冒険者でも倒せるか倒せないかだよ……」
今まで傍聴に撤していたレンが口を開いた。
ってか、レベル30を超えていたら人間の中ではかなり強い方に属しているんだ。 だったら、少なくとも俺が人間に倒される可能性は低くなったな。
「ねぇレン……アンタ、そのケットシーと知り合いなの? さっきゴブリンを倒していたように見えたけれど……」
「それに、その帽子ってレンちゃんの帽子だよ……ね?」
「えっとねギンは―――――」
レンが仲間二人にたいして何かを言い掛けた瞬間、俺の第六感が壮大な迄に警告音を発した。
肌を刺すかのような嫌な気配……本能的に命の危険を俺は感じ取ったんだ。 俺は半ば反射的に牢屋の格子へと誰よりも近づきアイスブレスを放った。
俺のブレスにより、牢屋内が一時的に密室状態となる。 急な俺の強行に俺以外の全員が騒然とした。
「ちょ!――――――えぇ!? ケットシーが氷を吐いた!?」
『ギン!私達を閉じ込めてどういうつもり!?』
「それよりもアンちゃん密閉されちゃったよ!?」
皆が一様に俺の行為に混乱している。 だが、ルジーナさんだけは俺の行為に何らかの意味があると感じ取った。
『ギンよ、一体どうしたのだ?』
『わかんねぇ……何だか嫌な感じが――――――【ピシッ……】来たよ!』
ルジーナさんの問いに答えようとした矢先にソレは起きた。 突如として俺が張った分厚い氷の壁に亀裂が生じ、一本の太い丸太のような腕が生えるかのように貫通してきたのだ。
行き場を失った小さな氷の粒が空中に散布され幻想のような光景となったが、この瞬間俺は理解した……
――――――――あぁ、こんかい喧嘩を吹っかけた相手に勝のはクリーヌの叔父やコボルトのように簡単ではなく、かなり難しいだろうなと……
ありがとうございます、かみかみんです。
中々の就職ツンデレ期で更新がかなり遅れて申し訳ございません。さらに折角頂いた感想の返信も滞ってしまっています。次話迄には返信を終えていると思いますのでご了承ください。
更に、『Re:俺!?』の執筆は少しの間お休みさせて頂きます。
楽しみにして頂いている方々には申し訳ございません。仕事の方が安定してきたら執筆を再開したいと考えております。
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