第二一幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
辺りはすっかり暗くなり、風が草木を揺らす音が不気味に鳴り響いている。
そんな中を俺はたった一人で森中を走っていた。 ルジーナさんとクリーヌの安否は不明だし、どこにいるのかと言う事も予想はたつけれど、確信を得ているわけではない。
あの場で俺が気になった事……確かに、ルジーナさんの剣らしきモノがあった、ソレにゴブリンやコボルト、ウルフの死体も見付けた。
しかし、そこにはルジーナさんとクリーヌの姿が無い。 勿論、殺されたとしても二人の死体すらないのだ。
……今回の一件を俺は、二人を攫う為に誰かが計画したものではないかと踏んでいる。
理由なんてものはない。 それに、何故ゴブリンまでいたのかも不明だ。
しかし、俺のなかの何かが2人はゴブリンの巣にいると告げているのだ。
「――――ったく、マジでくたばってんじゃあねぇぞ!」
この台詞を口にしたら、自然と走るスピードがあがった気がした。
素早さに特化したケットシーな俺だが、それ以上の速度が出たことに驚いた。 しかし、今はそんなことを気にする時ではない、俺はゴブリンの巣へと向かう足を早めたのであった。
「そんでもって着いたんだが……一体どうなっているんだ?」
俺がゴブリンの巣に着いたのは意外とその後直ぐの事だった。
夕闇の中に松明をゴウゴウと複数灯すさまは、まるで自分達の縄張りを主張するかのように並べられている。
コボルトとは違い、ゴブリンの巣はバックを崖とし、その前に縄文時代に人が住んでいたかの様な縦穴住居が点在していたのだ。大体20近くあるだろうか。
大きさはワーキャット状態の俺が1,2人入るくらいの小さいサイズである。
恐らくゴブリンはウルフやリザードマンより非力な分、指先が器用だったりするのだろう。 コボルトは……力や器用さよりも数でカバーしているのだろう。
話が脱線してしまった。確かに、住居がある事には驚いたんだけれど、俺はそれ以上に驚いたことがある。 それは――――――
「……なんだか、ゴブリンの数が多くね?」
明らかに見張りに立っているゴブリンから、身を潜めてゴブリンの巣全体を見渡せないアングルだというのに、有り得ない数のゴブリンが見えるのだ。
その数、ざっと50を超えている。 他を見たらもっと多いだろう。 明らかに縦穴住居に入るゴブリンの数をオーバーしてしまっている。
……嫌な予感がバンバンしてくるな。
俺はケットシー状態で覚えている隠密スキルをフルに利用し、ゴブリンの巣へとより近づくことにした。
森の茂みを有効活用し、足音一つにも細心の注意を払い、一歩また一歩とゴブリンの巣へと近づく俺。
気分はさながら、敵地に乗り込む伝説の男であろうか。
ある程度ゴブリン達の巣へと近付いた時、見張りのゴブリン達に動きが見られた。 突如として、バラバラに配置されていたゴブリンが巣の中心へと集まってきたのだ。
しかも、よく見ると見張りだけではなく、縦穴住居の中からもゴブリン達が出て来ている。 極め付けは、崖があるほうからもゴブリン達が出て来たのだ。 どうやらあの崖はただの崖ではなく、コボルトの巣と同様に横穴が掘られているようだ。
俺はゴブリンが集まっている巣の中心へと視線を移した。 その中に、小柄なゴブリンと一線を引いた影を俺は確かに目にした。
小柄なゴブリンに混じり、頭二つ分ほど飛び抜けているであろうか。 更には茶色のゴブリンとは違い、体色が限りなく緑に近い。 遠目だから詳しくは解らないが、筋骨も隆々しているようにも見える。
「なる……あれが元凶か」
そいつの姿を見て俺はピンと来た。 最近巷で話題のゴブリン増殖説はあの大きな魔物が原因なんだと……
きっとあいつは、何らかの方法でゴブリン達を増やしてオリジンを手中に治めようとしているに違い無い!
コボルトと裏切りのウルフも今回の騒動に一枚絡んでいるとするなら、本筋が見えてくる。
そうすると邪魔になるのは中央に縄張りを持つリザードマンのルジーナさんと東に縄張りを構えるクリーヌの妹のアイリーンちゃんだ。
今回、ルジーナさんとクリーヌが失踪した事もそう解釈すれば納得がいく。
……しかし各地のリーダーを狙ったにせよ、何だってルジーナさんとクリーヌの姿が見当たらないのだろう? 遺体で見つかってもおかしくない状況だっていうのに。
「……考えても仕方がないか、取り敢えず今は2人の無事を信じて潜入しよう」
――――一方その頃……
『ルジーナ、あんたマジで大丈夫なわけ?』
『問題はない、リザードマンは手足がもがれた位では死なぬ。 体力が戻れば直に生え変わるであろう』
ところ変わり、ゴブリンの巣内に存在する牢屋……
クリーヌが死の淵から生還し、程なくして両上下肢をもがれたリザードマンのルジーナが目を覚ました。 始めは手足をもがれた激痛により地をのたうち回っていたが、新米冒険者のアンが詠唱したヒールにより軽減されたようだ。 今では普通に会話が出来る程まで回復した。
「ねぇねぇ、緑色の君は何て魔物なの?」
『……クリ、この人間は何なのだ?』
『知らないわよ、魔物である私達と話せるって時点で人間か疑わしいけれどね……あと、クリってゆーな』
何故、目の前の人間の言葉を理解できるのかがルジーナには疑問でならなかった。
しかし、彼女はそんな悠長な事を考えている余裕など微塵もなかったのだ。 それこそ、もがれてしまった自分の四肢の心配をするよりも……
『――――――ッ!! そうだ!人間談義は後にする。 そこな人間、今は昼か? それとも夜か!?』
ルジーナは何かに気が付いたかのように慌てて今現在の状況を確認するべく手短にきいた。
「ん? 人間ってボクの事かな? まったく、こう見えてもボクにはレンって立派な名前が……『そんな事はどうでもいい! どちらか答えよ!』ったく……名前は大事だよ? それで今ね……朝の早いうちにボク達が捕まって、結構時間が過ぎたからね……多分、日は沈んだんじゃないかな? ココは暗くて正確にはわかんないけれど」
レンの言葉を聞き、ルジーナは人間では気付かない程度顔をしかめた。
レンはルジーナの微細な変化には気付かなかったようであるが、種族は違えど同じ魔物であるクリーヌは騙せなかったようで……
『ルジーナ、本当にどうしたのよ? なんか、らしく無い……』
『うむ……我の記憶違いでなければ、微睡む意識のなかで異色のゴブリンを見たのだ。 あれは……ゴブリンの上位種である【ゴブリン・ロード】、傍らには【ゴブリン・シャーマン】の存在も確認できた』
ルジーナはクリーヌの言葉を待つ前に『恐らく』と続けた。
『恐らく、ゴブリン達は大繁殖期を迎えている。 ……奴らよりにもよって他の地から仲間を引きつれてオリジン内で繁殖する気だ!』
『……マジで?』
『……あぁ、でなければゴブリンが多すぎるのと、ロードとシャーマンがいた事の説明がつかん』
「それって、ボク達が捕まったことに関係……するんだよね?」
「レン……本当に大丈夫なの?その……魔物に話し掛けるなんて」
案の定、ルジーナとクリーヌの言葉はレンだけに聞こえており、レンの同郷であるアンとカレンにはまったく届いていなかった。 始め、アンとカレンはゴブリンに捕まってしまい正気を失った末に幻聴が聞こえてきたのだとも思った。
しかしレンの様子を見ていると、どうにも違うと思えてならないのだ。 何故なら、レンが魔物たちに向けて話し掛けるたびに『ガウッガウッ』や『シューシュー』と魔物達が相槌を打っているように見えてならなかった。
「……」
「ちょっとレン!!」
「へ、あ……うん、大丈夫だよ。 この子の話が凄すぎてちょっとビックリしただけだから」
アンの言葉に反応したレンは、まるで何かに怯えているようであった。
当然の如く、付き合いの長いアンとカレンはレンの表情の変化に気が付かないわけが無い。 二人は直ぐ様レンへと問い詰めた。
「アンタ、魔物に何を吹き込まれたの? アンタが怯えるなんてよっぽどの事よ」
「あー……うん、何ていうか……私達、母胎になるみたいだよ?……あはは――――――」
――――――あまりにもヘビーな内容をレンは空笑いを交えながら言ったため、空気が一瞬の間に凍り付いたかのような音が響いた。
「……は? アンタ何言ってんのよ。 そもそも母胎って何の事よ!?」
いち早く我に返ったアンはレンが言ったことを冗談と判断し、こんな状況下で冗談を言い放ったレンへと詰め寄った。
一方のレンは、まるで自分が何をいったのかを覚えていないかのように顔を引きつらせている。
「……うん、ゴメン。 ボクも絶賛混乱期真っ只中だから少し待って」
『ゴブリンは胎生の生物ならば種族関係なく孕ませる。 我は卵生だから違うが……クリ、お主とそこな人間は間違いなく母胎にさせられるであろう』
『ちょ、イヤよ絶対! あんな気味悪いゴブリンの子を産むなんて絶ッッッッ対にイヤなんだから!!』
「アン、カレン……ボク達はゴブリンの子供を産まさせられる為に捕まったみたいだ――――(――――ザッザッザッ……)って、言っているそばから誰かが近付いてくるみたいだ」
そんな時だ、皆が捕らえられている牢屋へと近付く複数の足音が聞こえたのは……
レンの言葉にアンとカレンは身を堅くした。 一方のルジーナとクリーヌは傷だらけの身体に鞭を打ち、牢屋入り口を鋭い眼差しで睨み付けている。
『キキッ! 大人しくしていやがったかメス共。 気持ち良くなる時間だぜ〜』
カレンの「――――ヒッ!」という小さな悲鳴と共に、牢屋の前には醜悪な造形をしたゴブリンが複数体現れた。
そして、すべてのゴブリンの目には意地の悪い不気味な光が灯されている。
『不味い……クリ、そこな人間の縄を食い千切れ。 お主の力ならばゴブリン達を倒さずとも突破くらいは出来よう!』
『――――バッ……アンタを見捨てろって言うの!? い、イヤよアンタに借りなんか作ってやるもんですか!』
『愚か者! 奴を探して首に縄を括り付けて連れてこいと言っているのだ!』
「2人とも、こんな時に喧嘩はメッだよ!」
「だから、何でレンちゃんは魔物さんがたの言葉が理解できるんですか!?」
一気に騒がしくなった牢屋の様子にゴブリン達は一瞬だけ面食らった顔をしたが、すぐに自分達のことを眼中におかず好きかって話しまくっている彼女達が鬱陶しく思えてきた。
『ムシ……するなああ!』
その中で血の気が多そうな若いゴブリンが、たまたま牢屋の出入口の近くにいたアンへと飛び掛かった。
余りにも突然な事に身を固くして、顔が恐怖へと歪むアン。 そして、一体のゴブリンが飛び掛かるのが合図かのように他のゴブリン達も傍にいる少女達へと飛び掛かった。
まるでコマ送りのように一瞬の出来事だというのに時間が長く感じられる。 彼女達の目にはゆっくりだが確実に近付いてきているゴブリンの姿が投影されている。
始めに飛び掛かったゴブリンがアンへと近付く……
――――あと50……
――――30……
――――10……
――――5……
――――1……
既に目と鼻の先よりも近い位置……アンはこの瞬間、確実に生きるのを諦めた。 この先、親友達と共に行く遥かな冒険を確実に諦めた。
次の瞬間には生理的に受け付けないような造形をしたゴブリンに純潔を奪われ、ゴブリンをただ生んでいくだけの生活が待っているのだと思った……
ゆっくりと瞳を閉じ自分自身を殻へと籠もらせようとする……
……しかし、そんな絶望しか見えない彼女達の未来を心優しい女神様は決して許す事はなかったのだ……
――――――次の瞬間……
――――――クチャア……
彼女の耳に届いたのはゴブリンが自分を押し倒す音ではなく、まるでトマトを握り潰したかのような水っぽい音であった。
そしていくら待てど、ゴブリンが自分の肌に触れた感触はない。 寧ろ、生暖かく水っぽい何かが身体にかかったかのような感じがした。
アンは身体に降り掛かった液体を話に聞いていた男が放つ性だと思い身をより一層固くした。
しかし、よくよくその液体の匂いを嗅ぐと液体は鉄っぽく鼻をつき、聞いていたものとはだいぶ違っている。
おそるおそる彼女は固く閉ざした瞳を開いた。 そこには……
『うわぁ……スゲー事になってんな』
「……ごめん、アタシ猫語は理解できないわ」
取り敢えず、突如として眼の前に現れた銀色の毛並みを持つ猫の鳴き声に人間である彼女には「ニャーニャー」としか聞こえてこなかったので思ったままのことを口に出してみたのだった。
ただ、その猫が被っているものにどこか見慣れた感じがある事にはだいぶ後になって気づくことになるのだが、現時点ではその事実に気がつく事は無かった……
一か月ぶりの更新です!……仕事ツンデレ木の私にはこれが限界さ。
さてさて、皆さまからの心温まるメッセージを糧に頑張ってまいりましたが……まさかこれほどまでに遅れるとは申し訳ございません。きっと次回も遅れます。これは確定事項ですので悪しからず…
感想につきましてはゆっくりと返信させていただこうと思います。取りあえずは職場に慣れるまでは亀更新で…
ではでは、感想&ご意見&誤字脱字報告は随時受け付けておりますのでお気軽にお願いします。
それでは、かみかみんでした~