第二幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
人と言う生き物は何か未知なものが眼前にあると2パターンの行動に移るものである。 一つは未知なるものに対して恐怖し、深く関わろうとしないタイプ。 そして、もう一つが……
「……ににに…にに?(……なんだ…これ?)」
ただひたすらに己の欲望のままに動いてしまうタイプである。 こういうタイプ分けは後々にその人の生活に大きな影響を残す。 前者のタイプは企業に就職した後、出世もある程度して普通に暮らしていくタイプ。 後者のタイプは自分から会社を興して大成功を収めるか、身の破滅を呼ぶタイプ。
大まか過ぎるわけ方ではあるし、そもそもこれ通りに当てはまらない人間だっている。 そして、この人間から猫(?)になってしまった男は限りなく後者のタイプであった。
これ以上何にも失うことのない恐怖感諸々が無いこの男にとってその先になにかがあるかもしれないその扉は自身の好奇心を刺激する分にはちょうどいいものであった。
足元を少しふら付かせながらもその扉に近づいて行く見た目子猫の男。 その視線はまるで魅了されたかのように扉を一身に見つめている。 内なる思いはただ一つ。
「に……にににに?(飯……あるかな?)」
とにもかくにも自身の空腹を満たす事のみである。 恐らく今の彼の目の前に何かしら自立で動くものがあれば、それがたとえ見た目がグロい芋虫であろうと強靭な皮膚を持つ巨大な草食獣であろうと、明らかに食物連鎖が逆転しているであろう凶悪な肉食獣であろうと分別なく噛り付いている事であろう。
―――― そして、彼は扉の前に到着した。 いざ目の前に来ると、遠目で見た時よりも重厚で凶悪さが伝わるような程、頑丈に出来ている扉である。 岩で出来ているが、恐らく核でも打ちこまれない限りはこの扉が破壊される事は無いという考えが一瞬だけ頭をよぎったが、その考えは直ぐに捨て去り、扉の向こう側へ向かう為に更に近づく。 幸いなことに扉は閉まっておらず、子猫の身体を持つ彼ならばなんとか通る事が可能な位、凡そ10㎝弱の隙間が開いていた。 ある意味で幸運とも取れる事ではあるが、そんな状況は今の彼にはどうでもいい事であり、通る事が出来るのなら通る。 と言う考えしか浮かばない状態であった。
少し狭くはあるが、隙間を難なく通りぬけた彼は小さな部屋へと入った。 先程の部屋とは違い、光る鉱物もなく外への亀裂などもないその部屋は人間の目から見たら暗闇であっただろう。 しかし、猫へと変化した彼の眼は僅かばかりの光により少しずつではあるがこの部屋の全貌を確認できるようになっていた。
凡そ十畳の狭い空間であるそれは、先程のドームよりも明らかに異質であった。 まず、今の岩の扉自体も自然に作り出されたものではないという事は分かる。 幾ら彼が空腹で混乱しているとはいえソレは分かる。 しかし、それ以上にこの部屋は何かがおかしいのだ。
「にに…ににに…にににに?(剣…鎧…人間がいたのか?)」
そう、其処には何処の誰が装備していたか分からない剣と鎧が飾られていた。 白銀に輝く鎧、更には金の装飾がなされたおとぎ話に出てくる魔王を打ち滅ぼすとされている『聖剣』を彷彿させるかのような剣……そう言った剣などの武器に関しては全くの素人である彼ではあるが、そのあまりの神聖さに暫し心を奪われ、呆けた表情でそれらを見つめていた。
時間にして10分程であろうか、彼はふとした拍子に我に返った。 確かに空腹ではあるが、それを思い出したためではない。 ……いや、確かにそれには関係している事ではあるが、ある意味でも自身の五感が鋭くなった為に感じたものだと思う。
「ににに……にに?(甘い……香り?)」
鼻腔から入った匂いは確実に空腹である彼の胃と脳を刺激した。 しかし、こんな洞窟の奥深くで何故甘い香りがするのかが疑問ではあるみたいだが、そんな事は最重要事項(空腹)に比べたらどうだっていい情報である。
彼は慌てて狭い室内を見回した。 十畳という狭い空間の中央には剣と鎧が飾られている。一見するとそれ以外には何もないように見えるが、それは違うと彼は直ぐに判断した。 鎧に隠れて死角になってはいるが、その先……鎧の後ろ側にはまるで祭壇の様なものがあった。 何を祭っているのか、はたまた何かを封じているなど様々な憶測が脳内に手飛び交うが、其処に彼の目当てのものはあった。 お供え物だろうか? 祭壇の中央の高さが20㎝程の壺の様なものから甘い香りは漂ってくる。
「にににに!(食いもんか!)」
彼は先程までのヨロヨロの足から打って変わり力強く地を蹴り、丸でとび跳ねるような勢いで祭壇へと飛び乗った。祭壇の高さは1m以上ある場所にある。 しかし、彼は子猫がその高さを一気に登るという異常さには運がいいのか悪いのか、この時は気付かなかった。
そんな事は露知らず、彼は躊躇無くその壺の蓋を肉球のある両手で器用に開けた。
「……にに?(……飴?)」
開いたその中には何故かビー玉を思わせるような透きとおった丸い物がゴロゴロと2,30個はあるだろう。 ……まぁ、確かに食べ物には違いない。 しかし空腹の彼にとってはある意味で絶望に近いだろう。空腹でやっとの思いで見つけた甘い香りが全て飴玉だとわかったら。 そんな中彼はと言うと……
「にににに(取りあえず食うか)」
……まぁ、中には例外もいるという事で。 彼は壺に頭を勢いよく突っ込むと、勢いよく飴玉をかじり出した。 飴玉は意外と脆いみたいで、子猫である彼の顎の力だけで難なく噛み砕かれていく。 ただ、飴玉だというのに……甘い香りを発していたというのに……いざ食べてみると全く甘くないのは何故だろう? と呟いた彼の声は真っ暗な部屋の中で『にー』と可愛らしい鳴き声と共に響いていった。
■□■□■□■□■□■□■□■□
「味……殆ど無かったじゃねぇか」
まぁ、ある程度空腹が満たされたから良かったけどよぉ。 そういや、食べてから気が付いたんだが猫って飴玉食べても大丈夫な動物だったか? ……やめよう、食べて体調を崩したらそこまでだし。 そんなことよりも今は空腹がある程度まで満たされた事を喜ばないと。
「さて、今からどうするか……ん?」
……あれ? 何かが変だ。 だけれど何が変なんだろう? 視線の高さは変わっていないし。
自分の前足を見てみると先ほど見た銀色の小さな猫っぽい前足がある。 つまり、身体的なものは変化している訳ではない。
「だったら何が……うん? 何だろう…話したら途轍もない違和感が… ――――って俺、言葉話してねぇか!?」
違和感の正体には以外と直ぐ気がつく事が出来た。 だって、つい数分前まで『にー』しか話せていなかった筈の俺が気が付いたら言葉を話しているんだぜ? まぁ、どちらかと言うと『にー』って話していた時の方が一番違和感があったもんだから元に戻った為、気がつかなかったのだろう。
しかし、これはこれで弱った。 そもそもの要因が全くもって不明だが、話す猫だなんて明らかに人に見つかったら珍獣扱いされてしまう。 ……いや、今の時代話す猫とか犬とかはテレビに出ている時代だ。もしかしたら、俺もそんな中の一員に。
・
・
・
・
・
・
「無理だな」
今軽く想像してみたけれど、間違いなく俺みたいに流暢に話す動物がいる筈がない。
しかし、これからの事を考えると頭が痛くなってくるが、こうなってしまった以上、前向きに考えなければいけない。 どんな因果か分からないけれど、話す事が出来るようになった以上、これを頑張ってプラスに働かせるようにしなくては……それに、ここで泣きわめいた所で元の生活に戻れるかと聞かれたら限りなく皆無だ。 そして、このまま絶望したまま死ぬという最悪な選択肢をチョイスしてしまったらそれこそ命に対する冒涜である。
だったら、この猫(?)ライフを目一杯楽しまなければ損だと思う。 俺は無理やりにでも自分にそう言い聞かせて洞窟の出口を目指して歩き出した。
ありがとうございました。 物語を書くにあたり、初めて三人称を行ってみましたが、難しいものですね。 どなたか、コツなどを教えて頂けると幸いです。
では、感想&ご意見はいつでも受け付けております。