第十七幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
今俺達の目の前にはコボルトが頭を地へと擦り付けながら綺麗なまでのDO☆GE☆ZAを決め込んでいる。
身長1メートル50センチ程の体を折り曲げて正座しながらの土下座はケットシー状態の俺からしてみたら圧巻の一言につきる。
結構酷いように見えた怪我はケットシーのスキルである『ヒール』で回復させたのでもう心配は要らない。
「この度は見ず知らずの拙者を治癒していただき感謝の至りにてございまする!」
「いや……別にいいから頭あげてよ」
そして、ヒールをかけたのが俺とわかるやいなや先程からこのような調子なのだ。
礼を言われているだけだから悪い気はしないけれど、なんだかむず痒くて落ち着かねぇぜ。
しかし、そんな俺の言葉なんかはまるで耳に入っていないかのように目の前のコボルトは姿勢を崩す事なく土下座一辺なのだ。
「そういや、君って南のコボルトなんでしょ? わざわざ中央に……しかも傷だらけってなんで?」
「……おぉ! そうでござった。拙者、中央の頭目の方へ御目通り願いたく参上つかまつったのでゴザル」
ルジーナさんに用があるのか? 何だか深刻そうだけれど……
――――クイクイ
「……どうしたクリーヌ? 俺は今コボルトさんと話をしていてだな――――ッ!?」
コボルトさんと話をしていると、何やら脇腹を軽く突かれた。
何があったのかを確認するためにそちらの方を見てみると、クリーヌが俺の脇を突っついていた。 何の用かと振り返った瞬間、その俺の予想を遥かに超えたクリーヌの恰好に俺の顔が間違いなく引きつった。
「……怪我したから私も治してよ」
「ダッ、バッ、おま――――――一体全体何時の間に脳天から流血ドバーッて状況になってんだよ!?」
……だって、茶色の毛並みをしていた筈のクリーヌが頭部のみ真っ赤なペンキを塗り手繰ったかのように染まっていたんだから。
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その後、慌ててクリーヌに向けてヒールを連呼した俺は二度と危ない事をしないと約束させて再びコボルドさんへと向き合った。
ただ、その際ルジーナさんとクリーヌが小さな声で――――
「……お主、自傷はもうするでないぞ」
「……いいじゃない、何だか気に食わなかったんだもの」
とか言っていたのは敢えて聞き流そうと思う。
さてさて、あまりにも突然な事でコボルトさんは目を真ん丸にしていた。 無理もない、目の前でウルフが流血沙汰になっているんだから。
「……今のは無かった事にしてくださいな。さて、頭目に会いたいんだよな?だったら、このリザードマンがそうだよ」
俺はそう言いながらルジーナさんを指し示した。
コボルトさんは一瞬だけキョトンとした顔になったが、本来の目的を思い出したのか慌ててルジーナさんへと向いた。
「失礼つかまつりもうした。拙者、名をコブロクともうすもの。この度は中央の頭目である貴殿の御助力を懇願いたしたく参上つかまつりました!」
そして再びDO☆GE☆ZAへと綺麗なる転身を果たしたコボルトさん改めてコブロクさん。
……ようは、助けてくれって言いたいんだよな?
ルジーナさんは以前にウルフの群れを救ったっていう前歴があるし、きっと今回も受けるんだろ――――
「……帰れ、貴様等に尽くす義理などないわ」
「ちょ――――ッ! まさかの逆転回答!? それよりも、何も聞いていないのに断るのって酷くない?」
まさか、俺の期待を悪い意味で裏切るなんて……予想外すぎるぜ。
しかし、俺のリアクションが大きいのを余所に話を持ちかけた張本人であるコボルトのコブロクさんは然程表情を変えることなく頭を下げた状態で固まっている。 その様子はまるで、断られることを前提であるかのようにさえ錯覚した。
何だかその姿が少しだけ不憫に思えて俺はルジーナさんへと掛け合ってみることにした。
「ルジーナさん、こんなに頼んでいるんだから話だけでも聞いてあげたら?」
「我に指図をするな。 それに、コボルトを救ったところで価値なぞ無い」
「益々酷い物言い!?」
取り付く島もないなんて……幾ら何でもあの優しかったルジーナさんにしてはおかし過ぎる。 ……ハッ! まさか……いや、それならば合点が行くぜ。 きっとそうに違い無い!
「お前、ルジーナさんじゃな「残念だけど本物よ」――――ってクリーヌ……でもさ、なんだって話も聞かずに断るんだよ?」
俺の言葉を遮ったのは今まで黙って聞いていたクリーヌであった。 そのクリーヌでさえもコブロクさんの事をまるで蔑んだような目で見ている。
「簡単よ、そいつがコボルトだからって理由で終わりだわ。 さぁ、お前もわかったのならさっさと自分の縄張りに帰ることね」
コブロクさんに対して突き放すかのような言い方をするクリーヌに悲しみを覚えたが、俺の知らない事を沢山知っている二人がここまで毛嫌いするんだ、コボルトって種族はあんまり宜しくない種族なのだろう。
――――――だけれど……
「む、無理を承知でお願い申し上げまする! 御館様を……我等が頭目を御助けくださいませ!」
俺にはどうも、毛嫌いする理由が解りかねるんだよな。
話し方こそ古風だけれど、礼儀はしっかりしているみたいだし……
相も変わらずコブロクさんは土下座のまま必死になりルジーナさんへと助けを求め続けている。 だが……
「――――くどい! 帰らぬと言うのであれば、今この場で貴様を八つ裂きにしてくれる!」
そんなコブロクさんに対してルジーナさんは冷たく吐き捨て、腰に収めてあったボロボロなロングソードを手に掛けた。
って、流石に血生臭い事は御免被る!
俺は慌ててルジーナさんを止めるべくコブロクさんとルジーナさんの間へと体を滑り込ませた。
「――――なっ!? ……ギン、どういうつもりだ。 よもや、我に逆らおうというのか?」
「逆らう逆らわないじゃなくて、話し合おうぜって言っているだけ――――「いいのですケットシー殿」いやいや、全然良くないっしょ……」
「拙者等コボルトがこのように扱われるのは当然のこと……其れだけの事を仕出かしてきたのござる」
全く……コボルト達はマジでどんな事をしたんだよ? 普段、温厚っぽいルジーナさんがこれだけ憤慨するって事は相当だぞ。 クリーヌは……温厚って言葉は程遠いけれど、こんな一方的に敵気心を向けるなんて事はなかったはずだ。
……おとと、今はそんな事について話している場合じゃないかな。 コブロクさんの話から察するに緊迫具合が伝わってくる。 それにルジーナさん達には悪いけれど、こんなに頼み込まれて尚且つ、礼儀がちゃんとしている人をほおって置くのも目覚めが悪い。
……うん、一つしか選択肢が思いつかないや。
「過去云々は知らないけれど、俺で良かったら話くらい聞くよ?」
「――――な!? ぎ、ギンよ、それは幾ら何でも認知しかねる! お主は我の仲間なのだ。勝手な真似をさせる訳にはいかぬ!」
俺が話を聞く宣言を聞き、当然の如くルジーナさんが反対の意を出してきた。 クリーヌは何だか驚きの表情を浮かべながら俺達のやりとりを見守っている。
一方のコブロクさんは駄目元な頼みだったのにも拘らず、俺が話を聞くと言いだしたからなのか、コチラもクリーヌと同様に驚きの眼差しを向けている。
「だってさ、コボルトの群れが大変な事になっている……ソレに加えて今のオリジン内に漂っている嫌な空気はルジーナさんだって周知の通り……」
今のオリジンは非常に不安定な状況だ。 それこそ新参者である俺にだって感じられるほどなんだから。
数日前起きたクリーヌの叔父の裏切りから始まって、中央でも活発に動き始めたゴブリン達……
その中でのコボルトの群れで起きた異変だ……早めに沈めておかないと後々面倒臭い事になると俺の人間だった時の勘と野生の勘がフルスロットル状態だったりする。
聡明なルジーナさんの事だ、それ位の結論には容易に達している筈。
「理由はわからないけれど、ルジーナさんはその異変以上にコボルトが苦手なんだろ? だったら、俺が行ってくるよ」
「お主は……お主は分かっておらぬだけだ、コボルトの卑劣さが――――――フン、どうせ我が何を言っても聞かぬのだろう?……ならば勝手にしろ!」
ルジーナさんは吐き捨てるように叫んだ後、小脇に何故かクリーヌを挟みながら俺に背を向けて歩きだした。
「ちょ、え? 何で私まで!? ギンが行くなら仕方な…ア、アーーーーーーッ!」
ルジーナさん、湖に入るのはいいんだけれど、クリーヌを掴んだ状態で入るのは……
そんなツッコミを気にすることも無くルジーナさんは湖へと消えていった……クリーヌを連れて。 まぁ、何だかんだ言って死ぬことは無いだろう。
「さて、俺達はコボルトの縄張りにいこうかコブロクさん。 その途中で良いから何が起きたか教えてよ」
「御意でござる。ささ、拙者に着いて参られよ」
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「そんなこんなで気が付いたらコボルトの縄張りに向かう道中の俺」
「如何なされたケットシー殿?」
「うんにゃ、何でもないよ」
歩きがてらコブロクさんには縄張りで起きた事を話してもらった。 コブロクさんによると、つい先日ウルフ族が襲撃してきたらしいのだ。
何でも、徒党を組んで攻め入ってきたウルフ達はあっという間にコボルトのリーダーを無力化し、コボルト達を支配下にしたとかどうとか……
しかしながら、現在ウルフのリーダーはクリーヌの妹であるアイリーンちゃんが就いている。 あの子に限って他の縄張りに攻め入るなんて事は考えにくい。
つまり、縄張りには全く関係ないウルフが行った可能性が強いんだ。
それに、コブロクさんから重要な証言を得ることも出来た。 何でも、攻めてきたウルフのうち一体の身体が他のウルフと比べて一回り大きく、加えて両目共に潰れていたとの事だ。
……やっべ、心当たりが有り過ぎて逆に引くんですけれど。
って言うか、俺達に思いっきり関係している事じゃん。 寧ろトドメを刺さなかった点だけ考えれば諸悪の根源じゃんか。
……コブロクさんには伏せておこう。
「そう言えば、今現在コボルトってどれくらいの数が居るの? ウルフが攻めて来て制圧されたから数が少ないのは分かるけれど……?」
「う…む……以前は100を越えておったのでござるが、色々とあり申して現在では子供を含めて50にも満たないのでござるよ……対してウルフは10と少し。 コボルトで実際に戦うことができるものは30にも満たない。 そして迎撃するにしても非力なコボルトでは30体揃っていようが話にならぬのでござる」
成る程、コボルトっていうのはトコトン非力な種族だって言うことが分かったな。 でも、こんだけ図体はでかいって言うのに弱いだなんて……確か前にルジーナさんに聞いた話によると小人みたいなゴブリンにすら負けるんだよな?
それがウルフ10体前後に攻め込まれて壊滅か……よくもまぁ、今まで存続できたもんだよ。
俺がコボルトについての認識を改めていると、コブロクさんが突然止まり、獣道の先を指差した。
「――――――お、見てくだされコボルトの溜まり場が見えてきたでござるよ」
指の先には崖があった。 そして、よく目を凝らしてみるとその崖に疎らではあるが、横穴らしきものが掘られているではないか。 きっとあれがコボルトの住まいなのだろう。 それにしても漸く着いたか……湖を出て2時間近く歩いたんじゃないかな?
……そう言えば、これだけコボルトの住処に近づいたというのにウルフの姿が見えないのは如何に? それどころか、50体くらいいる筈のコボルトですら1体も確認できないではないか。
……それに、よくよく考えてみたら10体ほどのウルフが攻めてきているにも関わらず何だって俺一人が着いていくだけでコブロクさんは了承したんだろう?
俺のレベルはパイロット帽で隠れて見えないし、俺自身レベルを伝えていなかったはずだ。
それに今の俺の姿はワーキャットやワイルドキャットみたいな見た目ではなくて非力っぽいケットシー、どんな贔屓目に見てもウルフに打ち勝つような種族ではない。
そんな俺を連れて来る位なら、攻めて来た奴らと同種族のクリーヌやウルフよりも個体値が高いリザードマンであるルジーナさんを連れてきたほうが確実じゃないか? 一度断わられたからといって簡単に引き下がれるような状態ってわけでもないんだし。
一度覚えた小さな疑問だが、まるで湖面に発生した波紋のようにその疑問は徐々にだが確実に大きなモノへと姿を変えていった。
……もしかして俺は、とんでもない事に巻き込まれているのではないのか?
そもそも、コブロクさんが中央の縄張りに現われたのだってよくよく考えたらおかしな話だ。
ここから中央の湖までは大体2時間ほど……そんな結構長い距離をコブロクさんは重傷とも言える状態で歩いてきた。
それに、相手は鼻がよく利くウルフ達だ。 脱走して他の縄張りへと逃げ込んだという事に果たして気が付かないものなのだろうか?
……生じた疑問をそのままに出来るほど今の俺は適当でいられないか。
「……そういえば、コブロクさんは何で俺一人がついて行くって言っただけで引いたんだ? ぶっちゃけ、俺なんてケットシーだし足手纏いにしかならないんじゃないか?」
――――――ピクッ
「何を仰っているのですかケットシー殿。 拙者は貴殿の腕を見込んで――――」
「悪いけれど、俺のレベルは帽子で隠されているんだ。 確認するときなんか無かったと思うけれど?」
俺の言葉の後、一瞬の静寂があたりを包み込んだ。 そして、コブロクさんの目は明らかに泳いでおり嘘をついているのは明白であった。
そんな時、俺の全身に悪寒が走った。 まるで背筋に氷を当てて体全体がゾクッとした感じだ。 俺は反射的にその場からバックステップの要領で後ろへと下がった。 すると次の瞬間……
――――――――ズシャ!
――――――――ズシャ!
まるで俺が立っていた場所を狙うかのようにして2頭のウルフが左右の茂みから飛び出してきたのだ。
「――――――クッ! バレてしまっては仕方がない。ケットシー殿、貴殿の命頂戴いたす!」
「……成る程、ルジーナさんやクリーヌが毛嫌いするわけだ。 こりゃあ性質が悪すぎる」
気がつくと俺の周りには5頭のウルフと10体ほどのコボルト達がが取り囲んでいた……え? 俺ってば罠の中に潜り込んじまったわけですか?
ありがとうございましたかみかみんです。
主人公罠にはまるの巻きでした。
そう言えば、先日の更新から気がつくとお気に入りが1000件増えていてビックリしちゃいました。
いったい何が起きたのでしょうか…『Re:俺!?』をあっという間に追い越してしまったのに驚いております。
因みに『Re:俺!?』の更新はまた次回となりますのでご了承ください。
ではでは、次回もお楽しみに~かみかみんでした!
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