第十二幕
この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものです。
「……なぁ、なんでこうなったんだっけ?」
「どこかの怒阿呆が考え無しに敵を挑発し、我らをまき添いにしたと記憶しておるが?」
「クッ……さ、流石に今回のことは、少し…ほんの少しだけやり過ぎちゃったとは思うわよ! でもねぇ――――
――――何が悲しくて同族のウルフ数十体に囲まれなくちゃいけないのよ!?」
やぁ、ただの猫からケットシー。 更にケットシーからワイルドキャットへと進化をしてしまった俺ことギンです。
急だが今現在、俺たちは絶賛ピンチ中だったりする。
何故こんなことになってしまったのか……決して俺のせいではないと言う事は始めに言っておく。
それもこれも、俺がルジーナさんが拠点としている湖に戻った時から始まった――――――
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「俺達でウルフの集落のボスを倒す?」
「そうだ。 ほれ、クリが言っていたであろう『私のパートナーになれ』とな。 それもこれもその頭を倒すためらしいのだ」
その後ルジーナさんは『詳しくはクリに聞け』と言い残して一歩下がった。 あれほど嫌がっていたルジーナさんが了承したんだ。 きっと厄介事に違いないと俺は心の中で盛大にため息を吐いたが、話の流れからして俺はものすごく頼りにされているらしく口に出す事はしなかった。
そして、ルジーナさんから話を振られたクリが自分の縄張りの事情について語りだした。
「まず、私には兄さんが居たのよ。 この兄さんがまたできたウルフでね……少し前まで兄さんがウルフ族を仕切っていたリーダー『だった』のよ」
ウルフの縄張りと言うのと一つの塊を連想してしまうが、数頭~数十頭の群れが幾つも点在している塊で、クリーナの兄はその塊を統括していたウルフだとのことだ。
クリーヌの兄は所謂平和主義者らしく、無駄な血を流さず暮らすをモットーとしていた。 勿論、クリーヌに取って自慢の兄であり誇りに思っていたようだ。 しかし、そんなある日事態は一変した。
その平和的思考に不満を持った軍勢が反乱を起こしたのだ。 クリーヌの兄は懸命に戦ったが……
「よりにも寄って私の父の弟……つまり伯父が裏切ったわけよ。 信じていた叔父に喉笛を食いちぎられてね……その所為で兄は命を落とし、兄を倒した伯父がウルフの縄張りで権力者となったわけ」
当然のごとく、クリーヌの伯父はクリーヌの兄とは違い好戦的で、下手をすればオリジンを手中に治めようとしているとのことだ。
そこで、命からがらウルフの縄張りから逃げ出したクリーヌはこの伯父に復讐するべく自身を鍛えていた。 その中で、出来るだけ自分の事を手助けしてくれそうな仲間を探していたとのことだが……
「そのお眼鏡にかなったのが俺ってことか……」
「そうよ。 さぁ、話したんだから私のパートナーになってよね!」
うん、この時はクリーヌが縄張りを抜け出した理由は分かった。 だけれど、俺にはもう一つ腑に落ちない事があるんだ。
「だったら、何故ルジーナさんはクリーヌの手助けをする気になったの? 確かにオリジンを自分のものにするっていう思考は危ないし、下手すればここにも来るかもしれないけれど……やっぱり、利害の一致から?」
「……それもある。 しかしな、我が危惧しているのは最近この縄張りに踏み入ってくるゴブリンの事なのだ」
ルジーナさんの見解はこうだ。 何らかの方法でゴブリン達はウルフがオリジンを我がものにしようとしている事を知った。 そこで、下準備のために東に住むゴブリンが西のウルフを偵察に行った。 そのため、中央に位置するこの湖周辺でゴブリンを見かけた。
そして、恐らくゴブリン達はウルフ達が事を起こした瞬間もしくは、事を起こす前に何らかの行動に移す筈だ。
そうなっては中央に位置するルジーナさんが治めるこの湖が汚されてしまう。
簡単に言えば、両者が動いた場合自分にも被害が及ぶからその前にウルフを倒そうって訳らしい。
しかし、ルジーナさんも無茶をするな。 ウルフの数は下手をすれば数百頭を超える勢いかもしれないって言うのに、そこに敢えて突っ込んで行くって言っているんだから……
流石に俺はルジーナさんを止めようと思ったのだが、どうにもクリーヌの話を聞いて無用な血を流そうとしているクリーヌの伯父が許せなくなってきたみたいだ。 その顔は明らかに不機嫌を通り越して憎々しげな表情になっている。 ……まぁ、リザードマンの顔だから実際は無表情に近いんだけれどね。
確かに許せないっていうのは同意するんだけれど、本当に時と場合を考えて欲しいと俺は心の中で呟いた。
しかし、俺がどうこう言ってもルジーナさんの心は揺らぎそうにない。 だったら俺が出せる返答は一つしかない。
「……はぁ、わかったよ。 二人だけじゃ心配だから俺も付いて行くよ」
「おぉ、流石ギンであ――――」
「あ、ありがとう!」
俺が決意表明をした瞬間、ルジーナさんの言葉をさえぎり何故かクリーヌが俺にめがけて飛び着いてきた。 俺の体は進化もしてかなり大きくなったため、覆いかぶさるとまではいかないが、器用に俺の前足に抱きつくような格好になってしまった。
何故だろう? 凄く……和む。
よほど心細かったのか、クリーヌは少し嗚咽する声が漏れていた。 その様子に流石にルジーナさんは何も言ってくる事は無く、眼を閉じて『シューシュー』と舌をチロチロと出し入れをしている。
俺はと言うと突然の事で少し驚いたが、これから頑張ろうっていう意味を込めてクリーヌが抱きついている足とは反対の前足を使って優しく抱きしめた。
……心の奥底で『小型犬』って(ペット的な意味で)かわいいよなぁ〜なんて思ったのは決して俺だけではないと信じたい。
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その後俺たちはクリーヌに誘われるままウルフの縄張りへと向かっていった。
3体で歩いているさなか、俺たちは今から縄張りを侵しに行くとは感じさせないほど自然体であった。
クリーヌは俺に飛び付いた後、何故だか俺から離れようとしなかったので、その小さな身体を俺の背中に預けた状態で、色々と話してくれた。
兄が大好きであった事……
その兄はレベルが6であった事……
今はいない父はレベルが9で先代の統率者である事……
小さい頃から兄に鍛えられ、レベルが3である事……
普通に暮らしているウルフは基本的に1~2レベルが多い事……
兄を殺した伯父は5レベルである事……
俺はその話に相槌をうちながら歩き続け、その後ろをルジーナさんが一言も発する事なく着いてきた。
ウルフの縄張りへ向かう最中、何度か休憩を挟みながら俺たちは確実に近づいていった。
……そう言えば、歩いている途中で昨日からの空腹を思い出した。
話題になるかと思い、それを口にしたところ何でか知らないが、突然クリーヌが背中から飛び降りて一人で森の中を走り抜けて行ってしまった。
俺とルジーナさんはあまりにも突然の事でが呆気にとられてしまったが、クリーヌの意図が読めず途方に暮れていると、程なくしてクリーヌは口に何かを咥えた状態で戻ってきた。
クリーヌの姿が見えたので内心で安堵してクリーヌを見つめた。 そして、口に咥えているものをよく見ると、近くで捕まえたのか、血が滴り落ちている角の生えたクリーヌと同じくらいの大きさのウサギではないか。
見たことが無い動物な上に血が滴り落ちているという状態で内心では若干引き気味でいると、クリーヌはその角の生えたウサギを俺の目の前に無造作に置き――――
「べ、別にギンの為に捕ってきたわけじゃないからね! これは……そう、私がホーンラビットの尻尾が食べたくなっただけで! あ、余った部分が無駄になるからアンタにあげるだけなんだからね!」
……ナイス、ツンデレでいいのでしょうか?
そして、このウサギはホーンラビットって言うんだ?
そんでもって尻尾が食べたくなったって……尻尾には肉が殆ど無さそうに見えるんだけれど?
それを言おうとした瞬間、クリーヌは有無を言わずに尻尾だけを食い千切り、早々と咀嚼を繰り返し、飲み込んだ。
そして間髪いれずに俺の顔をじっと凝視し始めた。 どんだけ控えめに見ても、俺がこのウサギモドキを食べる姿を見ようとしているのだろう。 もう一つ付け加えると、何だかクリーヌの尻尾が半端ないくらいに振られていて、眼からキラキラした何かがエフェクトのように出ている気がして居心地が悪いったらありゃしない。
それに、確かに俺は腹が減ったが流石にたったいま仕留めたといわんばかりに血が滴り落ちている動物を食べるのに元人間である俺にとっては若干どころか半端ない抵抗がある。
だが、クリーヌが明らかに善意でこのホーンラビットを狩ってきたのもまた事実だ。
まぁ、何だかんだ言って心は人間のつもりだけれど、身体は間違いなくワイルドキャットと言う魔物なんだ。 生肉を食べたくらいで命を落とす事もないのかもしれない。
そんな押し問答な状態で数秒間固まっていると、全く行動を起こさない俺を見て不安になったのか、クリーヌの眼がどことなく不安げに変わり、尻尾も先ほどまではブンブン振っていたのにペタンと地面に付いている。
流石にこれ以上放置をしてはクリーヌに申し訳がない。 俺は覚悟を決めて、地面へと無造作に置かれたホーンラビットへとゆっくりと顔を近づけて若干のためらいもあったが、一気に齧り付いた。
「……意外と美味いかもしれない」
そんな俺の呟きにクリーヌがまるで自分の事のように嬉しそうな笑顔を浮かべていたのは見なかった事にしてあげようと思う。
さて、そんな事をしていると俺達はウルフの縄張りへと到着した。 大体湖から5時間弱歩いたであろうか。 辺りはルジーナさんの縄張りとは様変わりし、森林どころか草木の一本も見当たらず、ゴツゴツとした岩が剥き出しの状態で並んでいる。
「これはまた……すごく整頓されている縄張りな事で」
「率直に『何もなく殺風景』と言えばいいではないか」
「何げに酷い事を言うわね……でもまぁ何もないって言うのは間違いないけれど」
クリーヌがいるから折角オブラートに包んだ表現を出したというのに、ルジーナさんが見事なまでに揚げ足をとった。
更にルジーナさんの歯に衣を言わぬ表現にすかさずクリーヌのツッコミが炸裂した。
……あれ? 俺達ってここに戦いに来たのに和やかな空気が漂っていないかな?
最も、殺伐とした雰囲気よりは良いけれどね。
「まぁいいわ。 それでは早速……スゥ――――
――――オラァ!! 糞ジジイがぁ! テメェのタマァ取りに来てやったぜ!」
「ちょ、おまっ! キャラ変わりすぎだろ!?」
「そんな事よりも貴様は大馬鹿者か!? ワザワザ気付かれないように侵入したというに、自分から喧嘩を売ってどうするのだ!?」
何でか知らないが、突如としてクリーヌが敵陣真っ只中で挑発的な言動を大声で叫ぶもんだから結果的に――――
「……なぁ、なんでこうなったんだっけ?」
「どこかの怒阿呆が考え無しに敵を挑発し、我らをまき添いにしたと記憶しておるが?」
「クッ……さ、流石に今回のことは、少し…ほんの少しだけやり過ぎちゃったとは思うわよ! でもねぇ何が悲しくて同族のウルフ数十体に囲まれなくちゃいけないのよ!?」
――――冒頭のような状況になってしまったのであった。
もう、ぶっちゃけ完璧にクリーヌが悪いよね? っていうか何で敵を挑発するような事をしたんだかマジで疑問だ。
クリーヌによく似た数十頭のウルフ達が俺達を取り囲むかのように出現した。 見たところ、明らかにこちらに敵意を持っており、牙を剥き出し、その凶悪な口から低いウネリ声が四方八方から聞こえてくる。
しかし、それでも一斉に飛びかかってこないのは中心に現統率者の姪であり前統率者の妹であるクリーヌが居るのと、曲がりなりにもワイルドキャットと言う凶悪種の俺が居るためだとは思う。
そんな折、俺達を囲んでいたウルフの一角が開かれ、そこから他のウルフよりも大きな身体をしたウルフが一頭出現した。
言うまでもなく、恐らくあれがクリーヌ兄を殺して現在の統率者となった伯父なのだろう。 見たところ、その眼にはこちらに対しての敵意等は全く見えず、ただ其処にある石ころを見ているかのような感じに俺は陥った。
「ジジイ……アンタを殺しに来たわ!」
「ハンッ! 小娘がほざきよるわ。 折角お前の兄が命を賭して逃がしたというのに……ノコノコと殺されるために舞い戻ってきたのだからな!」
そんなウルフの言葉に周りのウルフ達は下賤な笑い声を立て、クリーヌへと野次を飛ばしている。 俺は唯、その様子を見ていただけなのだが、クリーヌの肩はプルプルと震えている。
それが怒りからくるものなのか、大勢の敵に囲まれたことによる恐怖からくるものなのかはわからない。 しかし、クリーヌはこの場では俺達を頼ろうとはいっさいする様子は見えなかった。
俺とルジーナさんは互いに顔を見合わせ、クリーヌを見守った。
「――――別にアンタなんか怖くないわ! それと、他の皆はどこ!? 下手な事をしたんならタダじゃおかないから!!」
「ククッ……どうやら身体は正直なようだ。 ほら、死ぬ寸前の虫のようではないか! ……あぁそうそう、他の奴らだったか? 知りたいんだったら――――――自分の眼で確かめな!!」
途端に、頭の声を合図に俺達を囲っていたウルフ共が一斉に飛びかかってきた。
俺は次の瞬間、すぐさまクリーヌの前に出て大きく息を吸い込んだ。 後方に関してはルジーナさんに任せるけれど、問題は無いだろう。
そして俺は、一日ぶりに口から勢いよく炎を吐きだしたのだった……
一日遅れで申し訳ありません……
最近グダグダした感じになっている気がするかみかみんです。
少し補足説明を挟みます。
リザードマンであるルジーナが住んでいるのは巨大な湖設定ですが、そこに住んでいるリザードマンはルジーナだけです。
更に他の縄張りの魔物はリザードマンがルジーナ一体という事は知りません。
……以上、補足説明でした!
ではでは、感想&ご意見は随時お待ちしております~