なくなる時間に言葉をなくす
ロシアンルーレットのルールって知ってます?
リボルバー(回転式)のピストルに弾を一発込めて自分のこめかみに銃口を当てて、引き金を引く、そしてそれを二人で交互に行い、どちらかの頭に穴が開くまで繰り返す。
普通は(普通はやらないけど)そんな感じですよね?
でも僕が今やってるのそれとはちょっと違う。
僕とテーブル越しに座る女性、まつ毛が長くて、ビー玉みたいに綺麗な瞳に尖った目尻。白いシルクのブラウスから同じく白いシルクのように伸びる細長い腕、細い手首と僕のごつい手首を結ぶ、漆黒の手錠。
手錠の横に置かれた黒い光りを反射するピストル、僕は煙草を吸っている。
ルールを反復しながらこの手錠となぜか内側から鍵がかけられる窓のないこの部屋の鍵を飲み込んだこの女を見ている。
第1のルール、リボルバー(回転式弾倉)に弾一発(彼女曰く弾倉は6発、だから弾が発射される確立は6分の1)を込めて自分に向かって撃つ、その基本的なところは変わらない。
次に第2のルール、僕が撃つまでに彼女を笑わせる事が出来たら、彼女は僕の代わりに彼女自身のこめかみに銃口を向けて引き金を引く。(彼女になんの得があるのか、意味がわからない)
そして第3のルール、引き金は10分毎に引かねばならない。引き金を引いてから次の引き金を引くまできっかり10分、10分経っても僕が引き金を引かなかったら、彼女が僕の代わりに僕に向かって引き金を引いてくれるらしい。(お節介どころではない)
つまり、彼女が引き金を引いて、幸い?(不幸にも?)彼女の頭に穴が開いていなかったら、僕は10分以内に彼女を笑わせるか、10分後に自分で自分に向かって引き金を引かねばならない。(引く義務も理由もない、だからといってパスだと言えば、彼女が僕を撃つ……)
なんだかやる意味も意義もわからないこのゲームだけど、長くても1時間(60分)で終わってしまう、僕の人生の残り時間が1時間以内とも言える。いや、そんなドラマチック過ぎる1時間はいらない、もっと普通の残りの人生のあり方を考えたい、だから僕はこのゲームを終わらせない方法を考えなくてはならない。
「何か浮かんだ?」彼女は言う。
僕は煙草の煙を深く吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
彼女はさっき(0時10分)僕に説明を終えると、ジャイケンもしないであっさり自分に向かって引き金を引いた、ビー玉みたいな瞳はほんとにビー玉で出来てるんじゃないかと思うほど、何の変化も見せなかった。
僕がこのピストルを彼女に向かって撃てば? 弾が出るまで続けてカチャカチャと、そして撃たれた彼女のお腹を裂いて手錠と部屋の鍵を取り出す。
無理だ…。
手羽先の骨なんかの血が見えただけで嘔吐く僕が人の腹を裂くなんて事、出来る訳が無い。(しかも素手でなんて)
じゃあ彼女に銃口を向けて、鍵を出せ!って脅す?
それも無いか、人間ポンプじゃあるまいし怯えていても、出したくても、出ない物は出ない…。
あとは脅しながら彼女が大を催すのを待つ?
ぷっこれも無いな、この部屋にはまず便器が無い、便器が無い部屋で彼女が銃に怯えて大をする? そんなの到底ありえない。
そもそも彼女は弾が出る事を恐れてはいなかったじゃないか。
……ん? そこで僕は一つの仮説を思い浮かべた。彼女は死にたいのか? うん、きっと基本そうだ、ならなぜこんな周りくどい事を?
死にたくて、銃がある。普通なら(こんな普通はないけど)俺に撃ってくださいと懇願すればいい、でも普通はそんな頼み、誰も聞いてくれない、だから撃たなきゃならないように『撃たないとお前が死ぬぞ!』というこんな理不尽なシナリオを考えた。(とりあえずなぜ、素直に自分で自分を撃たないか(出来るのに)という疑問は無視して考える)
そう考えると僕がとるべき行動は単純だ、僕は僕にではなく彼女に向かって銃口を向けて、引き金を引けばいい……。
笑いは? 笑いに何の意味が? ここで俺は銃をすくっと掴み、彼女に向かって「わかったよ」と言って引き金を引きまくる、弾が出るまでカチャカチャと。
パンッ!乾いた音が狭い部屋に響いて彼女は冷たい床に倒れる、そして消え行く意識の中で僕に言う。
「違うわよ、何がわかったの?!」
そう、これは答えじゃない、笑いのプロセスが解明されていない。そこを飛ばしたらこのルールに意味はない。それにこの展開の場合、僕は彼女の腹を裂く、手羽先よりも確実にグロテスクで気持ちの悪い彼女の腹を、それは絶対に出来ない。
「ねぇもうあと1分よ?」
「え!」思わず声が出る。
「この状況で何も言わずにただ煙草を吸ってるって、貴方、すごいわね」
器が大きいと思われているのか、悪い気はしないが実際の僕はパニック寸前だ。思考が停止しそうなのでとにかく煙草をもう一本、根元まで火種が及んだ先の煙草に押し当てて貰い火をする。
煙草と煙草がものすごく震えて火の粉が落ちる、彼女はそれを見ている。
「貴方尋常じゃなく震えてるわよ」彼女の口元から薄らと苦笑が漏れる。
煙草は器の小ささの象徴となったようだ、僕は言う。
「ききみ、今笑ったんじゃないか?! 笑ったよねぇ!?」
しばらく彼女は冷ややか視線で僕を見る。
「そんなので満足なの?」彼女はそう言いながらピストルを手に取り、自分の顎の下に押し当てて引き金を引いた。
カチンッ!
「うわっ」今度は小さな悲鳴をあげてしまった、…情けない。僕は泣きそうなくらい自分自身が情けない、そう思った。
彼女はどちらかと言えば死にたいのだ、そして、自分で引き金を引く事にも躊躇などはしない、それなのに相手が必要だったのだ、それも笑わせてくれるなら相手の死の確立も引き受けてでも。
ここで僕は閃いた、彼女は死にたい、これは変わらない事実のようだ。でもただ死ぬのではなく、この死の時間を誰かと共に過ごし、あわよくば笑って死にたい。 そう、そうだ、彼女は笑いのなかで死にたいのだ。
よし、じゃあその方向で打開策を考えてみよう、ここから10分いや彼女の持分10分も足して20分
カチン! 「え?」僕はまた思わず声を発した。彼女がそのまま引き金を引いたのだ。
「なんで?まだ9分以上はあるでしょう?」
「私の時間よ、好きに使うわ」何事もなかったように彼女はピストルをテーブルに置いた。
「そんなのルール違反じゃないか!」
「じゃあ罰に私を撃つ? 親はどう見ても私よ」……駄目だ、死を恐れないこの女に罰も何もあったもんじゃない。彼女の言うとおり、このルールは僕の為だけにあるのだ。
くそ、10分…10分の間に彼女を笑わせる!?
待てよ、仮に彼女を笑わせたとしてどうなるっていうんだ、彼女が撃つ、頭に穴が開く、僕は鍵がいる。 グロテスク、グロテスクが待っている。
笑わなかったら? 笑わせようとして滑ってしまったら?
そうだそうかわかった、彼女に穴が開こうが俺に穴が開こうがそんなのどっちにしてもろくでもない、彼女の求めている答えはわかった、だけどそれが俺とイコールじゃないんだ。
よし、じゃあ何をするか! 僕はもう一度辺りを見回した。そして唯一の出入口であるドアを見た。
ドアのノブ、よく映画やなんかで
「このピストルは22口径なんですって、人の頭に穴は開けれても、鉄は少し凹む程度よ、残念ね」
彼女はドアを見もしないで僕に言う。
しかし僕も負けてはいない、続けてもう一つ思いつく、弾が無くなったらどうするんだい?
そう、撃つも何も弾は一発なのだよ! お嬢さん!
僕はニヤリと彼女を睨み、彼女の後ろの壁をチラッと見た。
僕はピストルに手を伸ばす、彼女はそんな僕を見つめたままピクリとも動かない。
僕はそんな彼女の右斜め後ろの壁に向かって、ピストルを構えた。
そしてひと言『こんなもの無くったって、いつだって君を笑わせてやるさ』と言ってやろうと思った。
のだが、その前に彼女の口が開いた
「ワタシナイフモモッテルワ」
…僕はピストルを握ったまま凍りつき、言葉を失った。