1、エフィナ=フォゲルダ、ポチャ化の呪い
ダンジョン深層にて。十五歳になったばかりのエフィナ=フォゲルダ公爵令嬢の悲鳴が轟いた。
「こんなに動いているのに全く痩せない!!」
すでに生き絶えたエンシェントドラゴンの群れを見たドラゴンたちも、エフィナに恐れをなして逃げていく。
顔立ちは綺麗なものの、それ以外の服装や靴は長年使い続けたためボロボロ。
負けず嫌いを象徴するかのような長い赤髪と瞳からは、悔しさのあまり涙が溢れる。
目的の相手がいなくなってしまったからだ。
「アンブレアお姉様の言われたとおりにダンジョンでダイエットをしてきたというのに……!」
エフィナは自分自身の体型にひどく悩んでいた。
五歳になってからというもの、急激に身体が横に成長していった。
ついに百五十センチメートルという小柄な身長に対し、体重は百キロを超えてしまったのである。
その原因は呪いだ。
エフィナは何者かによる呪いを受けてしまった。
何者かの脂肪分や太る要素は全て、呪いを受けたエフィナが全て吸収してしまうというものだ。
そこで姉のアンブレアはエフィナに対して、ダンジョンで身体を動かせば痩せるかもしれないと提案をしたのである。
だが名誉高き公爵家の次女。学園生活の履修以外でダンジョンに潜るなど許されることではない。本来ならば。
エフィナは痩せたい思いで、五歳になったときから毎日コッソリと抜け出してはダンジョンに潜っていたのである。
「もうこのダンジョンでは私のダイエット活動に貢献してくれる相手がいない! 明日から始まる学園で、もっといいダンジョンに入れればいいのだけれど……」
王立学園に入学するまでに痩せるのが目標だったが叶わなかった。
だがまだダイエットが終わったわけではない。
もっと強いモンスターと戦い身体を動かし痩せる。
それがエフィナの日常だ。
倒したエンシェントドラゴンをアイテムボックス=ストレージに収納し、暗い表情のままダンジョンから脱出する。
「はあ……このままでは推しのライト=ファーゼント様に会う顔がない……」
貴族界隈では、しっかりと体型を維持できない者は普段の生活も堕落したものだと認識される傾向がある。
ライト=ファーゼントは第二王子である。エフィナにとって、ライト=ファーゼントは恋愛として好きというよりも、憧れ意識が強い。
そのため、頑張ってダイエットをしていたものの呪いには勝てなかったのだ。
♢
日も落ちて真っ暗闇の中。いつものようにコッソリと自室へと戻ろうとしたのだが、庭で話し声が聞こえてきた。
エフィナは一度足を止め、誰なのかを確認する。
(お母様とアンブレアお姉様がなんでこんな遅い時間に?)
楽しそうに会話をしていたため、好奇心で盗み聞きをしてしまった。
「エフィナはまだ帰ってないの?」
「ええ。きっと今日も痩せるためにダンジョンに潜っていますわよ?」
(え……どういうこと? アンブレアお姉様は私がダンジョンに潜っていることを誰にも言わないって話だったのに)
「あの子って本当にバカね。ま、そのおかげでアンブレアがどんどん美体型になっていくのだけれどね」
「エフィナには頑張ってもらわないと。まさかお母様が雇った術師だなんて知らないから必死なのよ。まさかこの私を綺麗にするために、エフィナに呪いをかけていただなんて思わないでしょうから」
(は? 私の呪いってお母様が雇ったの!?)
衝撃的な会話を聞き、エフィナは珍しく動揺していた。
必死に気持ちを落ち着かせ、二人の会話に注視する。
「アンブレアは可哀想なことに、ずっと太ったまま育ってしまったわ。でもエフィナというちょうどいい逸材がいたから。長女のアンブレアのためにも妹が尽くすのは当然のことでしょう?」
「お母様って、エフィナにはずっと冷たいですものね」
「あの子は望んでないのに苦しんで産む羽目になった子。男の子じゃなかったし、泣きたいのは私だった。しかも夫も同時期に他界。エフィナなんて捨てたかったくらいよ。でもね、役に立っているじゃないの。アンブレアが綺麗になってくれたのだから」
エフィナはこのまま姿を現すか隠れているか悩んだ。
「しかも明日からは今までの苦労もなくなる。王立学園に通ってしまえば、二年間は事実上の追放のようなものだから」
エフィナは悲しい気持ちよりも、どうすれば復讐できるかだけを考えていた。
十年もの間ダンジョン内のモンスターと戦ってきたため、闘争心は人一倍強い。
モンスターを倒してきた標的が、人間相手になっただけだ。
躊躇と遠慮という言葉をエフィナは知らない。
もう少しボロが出ないかと、むしろ興味深く聞き耳を立て続けた。
「ダンジョンで死んじゃったら意味ないのに、どうしてお母様はエフィナをダンジョンに潜るように促したのです?」
「呪いって基本的には永遠なんだって。だから永久にアンブレアは綺麗な体型を維持できるの。エフィナが死んだとしてもね」
「なんだ……だったらもっと言い方考えるべきでしたわ。モンスターを眠らせる睡魔激増薬でも振りかけておいてそのままダンジョンに放置とかでもよかったですわね……」
「ここだけの話よ。本当のところは、ダンジョンで死んでもらいたかったのよね。思いのほかしぶといから……」
エフィナは両手をギュッと握り、歯を噛み締めた。
死んでも問題がないということを知った。
フォゲルダ公爵家には必要のない存在だと知った。
情報としてはこれで十分である。
(こんな家、お望み通りとっとと出て、公爵家の恥さらしとして好き勝手生きてあげますからね!)
エフィナの復讐計画はこうだった。
公爵家としての由緒正しき秩序など糞食らえ。
むしろ今まで以上に好き勝手に生きて、公爵家の恥さらしになろうと決めた。
そのうえでダイエットは欠かせない!
呪いなどに負けずいつか痩せられる日を願い、学園生活と並行して日々ダンジョンへ潜る。
エフィナの決断は結局のところ、今までと変わらないのだった。
真実を知ったエフィナは、今日のところは再びダンジョンへと戻る。
今はダイエットのためではない。
どうしようもないほどの怒りをそこらじゅうに、ウヨウヨしているモンスターたちにぶつけたのである。
この日エフィナはさらに奥深くまで潜り込み、人類最高記録まで進んでしまったことを本人は気がついていない。
一方で、母親とアンブレアの会話は続いていた。
「エフィナが毎日生きて帰ってくるのも、最浅層で入り浸っているのですよ。あそこならほとんどがスライムだそうですし」
「アンブレアにはもっと早く教えておくべきだったわ。そうすればあの子、もっと深層目指していたかもしれないのよね」
「でもよろしいのですか? このまま王立学園へ通えば公爵家としても大恥をかきますわ……。そのせいでフォゲルダ公爵の名前に傷がついてしまいますわよ」
母親としては抜け目がなかったため、落ち着いていた。
「大丈夫。あらかじめ手を打っておいたから。傲慢でワガママで言うことを聞かない。教育も拒否されていたから学業は最低レベルだと予め学園長に伝えてあるの」
「それで教育をつけていなかったのですね。自由気ままに育てるって言っていた意図がわかりましたわ」
「エフィナっておバカちゃんだから。ダンジョンに入っていることも気がつかれていないと思っていたようだし」
「頭お花畑ですからね。仮に教育をしていたとしても、無駄だったかと思いますわよ」
「王立学園では貴族なら誰もが無償かつ強制全寮制。そのかわり著しく成績が悪いと国として相応しくない理由で貴族界から追放される。それに賭けるわ」
エフィナを合法的に貴族界隈から追放させる。
それが母親の望みであった。




