モブ令嬢の私が皇帝妃になった理由
異世界に転生した私の明日は、処刑日だ。
しかも私は主人公でも悪役令嬢でもない。
スマホゲーム『月光の妃』で名前すらまともに出ない、背景のモブ令嬢――そのはずだった。
ゲームの世界では、主人公が五人の王子や高位貴族を攻略して、華やかに運命を塗り替えていく。
私の役目は通り過ぎるだけ。恋も事件も、回ってこない。
……なのに今、私は城の地下牢にいる。
理由は単純で、理不尽だった。
攻略対象の一人、第二王子の求婚を断った。
それだけで私は『不敬罪』になり、明日、広場で断罪が執行される。
中世ファンタジーの論理では、王族の好意を拒むことは許されない重罪――らしい。
泣いて、怒って、訴えても、明日は変わらない。
震えが止まらないまま膝を抱えていると、鉄扉の向こうが静かに開いた。
「申し開きがあるか」
現れたのは皇帝ロイドだった。
ゲーム内では完全なサブキャラ。
攻略対象ではなく、ただ『最高権力者』として背景に存在するだけの人物である。
灰色の瞳は月のように冷たく、黒いローブは夜そのものだった。
私は息を呑み、必死に状況を説明する。
王子への拒否に悪意はなかったこと。
侮辱などしていないこと。
……ゲームのことだけは、言えない。
「……私は、ただ心に従いました」
ロイドは黙ったまま、私の顔を見つめた。
長い沈黙。冷たいはずの眼差しが、なぜか逃がしてくれない。
「……私を、助ける理由があるんですか」
声が震えた。助かりたい。
けれど、助けられるのが怖い。
条件があるなら、きっともっと怖い。
ロイドは私の手元を見た。鎖で擦れて赤くなった手首。
次の瞬間、彼は何も言わず、自分の手袋を外して私の手首に被せた。
隠すみたいに。傷口を見えなくするみたいに。
「痛むか」
「……はい。でも、それより」
「なら、痛む方から片づける」
たったそれだけ。
なのに胸の奥の騒音が、すっと静まった。
私は『罪人』として見られていない。
飾りでも、玩具でも、駒でもない。
そう思った瞬間、怖さの中に、別の熱が混じった。
やがてロイドは、淡々と告げた。
「妃が必要だ。……ずっと」
唐突な言葉に、私は目を疑った。
「皇帝として、帝国を統治するには妃が必要だ。お前をその座に置く」
「それで、王子の訴えは無効になる。皇帝妃は王族の婚約を拒む権利がある」
それは計算された提案だった。政治的な采配である。
――そう、思おうとした。
でも、彼は私の手首から視線を外さない。
まるで、そこにある痛みごと私だと言うように。
「どうして……私なんですか」
「お前は、断られたくらいで人を殺す男に、従わなかった」
ロイドは静かに言う。
「心に従ったと言ったな。その言葉は、帝国の玉座の横に置くべきだ」
胸が、ひどく大きく跳ねた。
褒められたのではない。選ばれたのでもない。
――見抜かれたのだ。私が、私として。
その後の数週間で、私はさらに気付き始めた。
ロイドが牢から私を出した理由は、戦略だけではなかったのかもしれないと。
彼は私の意見を聞いた。
帝国の政策について、改革について。
私は怯えながらも言葉を選び、彼は一つも笑わずに受け止めた。
攻略対象の王子たちは私を飾りとしか見なかったが、ロイドは違った。
月のような冷たい瞳は、私を見つめるとき、微かに温度を持った。
戴冠式の朝、ロイドは私に白いドレスを渡した。
胸元に刻まれたのは、月のモチーフ。
「お前は、ゲームの駒ではない」
彼は静かに言った。
その言葉は、私の知らない場所を正確に撫でた。
怖くて、でも、嬉しくて、息が詰まる。
「どうしてそれが分かったのか、いずれ話すといい。だが今は」
ロイドは一歩だけ距離を詰め、私の髪に指を滑らせた。
飾りの確認――そういう体裁なのに、触れ方が優しすぎる。
「妃として。……そして、一人の人間として、俺と帝国の隣を歩け」
私は、彼が何を知っているのか分からなかった。
けれど、その手が私を役目ではなく私に触れていることだけは分かった。
帝国の妃として目覚めた朝、窓辺の月は眩しいほど白かった。
ロイドが私の肩に手を置く。
指先は熱くないのに、触れられた場所だけ温かい。
「運命を変えることは可能だ。お前はそれを証明した」
私は頷いた。
『主人公』じゃない私が選ぶのは、攻略ルートじゃない。
最高権力者の隣――私を、ただ一人として見てくれる人の隣だ。
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