煤の者
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ハルピュイアの獰猛な瞳に射抜かれ、体がすくむ。
手元にあるのは戦場に送られる時に渡された粗悪な剣。それも半ばで折れたものだ。
ハルピュイアが警戒するように羽を膨らませる。口角を上げ、牙を見せている。
ハルピュイアを討伐しても得られるものは魔石だけ。
しかしこのハルピュイアなら羽をいい値段で売れるかもしれない。
討伐する。そしてその羽と魔石を別の国で売る。
それがいい。
まずは油断させるのがいい。
手元の本と剣を床に落とす。
手をあげ降伏のポーズを取る。
剣を落としたことでハルピュイアは油断したのだろう。
膨らんだ羽を落ち着かせてこちらに歩み寄ってくる。
離れたところから見た時もそうだが、やはりかなり大きい。
そして美しい。
ハルピュイアは顔を近づけ、足元の匂いを嗅いでいる。スンスン、と鼻を鳴らす音が嫌に響く。
そして顔を上げた。
ハルピュイアとは思えない美しい顔が僕を射抜く。
不意打ちを狙うつもりが、その気が失せるほどの圧を感じさせる。
脚の力が抜けて地べたに座り込む。
座り込んだ自分の顔を上から見下ろすようにハルピュイアは見つめる。
いつ食われるのか。
顔を近づけた瞬間、反射的に目を瞑る。
牙の感触が当たると思っていたら、柔い感触が頭を撫でる。
目を開けるとハルピュイアは頭を擦り付けていた。
鳴き声も金属を擦り合わせたような甲高いものではなく、ハミングをするような声色だ。
しばらく頬を擦り付けられていれば、討伐をする気も失せる。
当然、そこには圧倒的な体格差を間近で見たのもあるが。
顔を離してもハルピュイアは離れようとせず、自分のそばにいる。
上手く手懐ければ、使い魔として使えるかもしれない。
使い魔として手懐けれることができなければ、殺して死体を売ればいい。この美しさであれば高値がつくはずだ。
「…一緒に、来ますか」
ハルピュイアには言葉が通じない。それが常識だ。それでも、ハルピュイアにはない理性を持った瞳なら、この言葉の理解ができそうだと思った。
ハルピュイアは、それに返事をするように、「ギャッ」と鳴いた。
・・・・・
ハルピュイアを連れて王宮を出れば、日が沈みかけていた。夕焼けが一帯を赤色に染め上げる。
自分が拠点としている崩壊した空き家に入り、暖炉の火を魔法でつける。
乾ききっていない木を薪にしたせいか、火の勢いは弱い。
ハルピュイアは空き家を興味深そうに見回している。
藁の山に布を被せただけの日が昇っている間は城に入り込み、魔術の本を漁るか、食料を探す。
夜は魔物が来るかもしれないと、息を潜め、浅く眠る。
気の休まらない生活を続けていればそのうち体が壊れるだろう。その前に安全な場所に行きたい。
火を前に深く息を吐けば、腹の虫が大きく鳴いた。今日の食料を調達していないことに気づく。今日は飯抜きだ。仕方がない。
もう寝よう、そうして寝床に向かった時、背後から、ドサリ、と何かが落ちる音がした。
後を見ると、ホーン・ラビが横たわっていた。あのハルピュイア、どこから持ってきたのか。
ハルピュイアは、ホーン・ラビを咥えこちらに押し付けてくる。これを食え、ということだろう。
・・・・・
ホーン・ラビは一般的に食されやすい魔物、と聞いたことがある。奴隷の時は肉を食べるなんて夢のまた夢であるし、食事が出ること自体も稀だった。
その癖、魔物の解体を奴隷に押し付ける主人が多く、中型の魔物であれば解体ができるようになった。
拠点の外に出て、壊れたパイプから湧き出る水のそばでホーン・ラビを解体する。
皮を剥ぎ、水にさらし血抜きをする。内臓を土に捨て、肉を部位ごとに細かく切り分ける。
解体をしている間に、焚べた火は大きくなっていた。
ハルピュイアは側で大人しくしていた。
一口大の大きさにきった肉を串に刺し、火のそばに置いて焼く。
少し待てば、ホーン・ラビの串焼きができた。塩があれば美味しいと聞くがそんなものはない。
串に刺したまま食らいつく。
無我夢中で一本目を口に放り込み、三本目の串焼きで落ち着いて食べれた。
これ以上ない美味だ。
ハルピュイアは串焼きの肉に釘付けになっているようだ。冷まして与えればかぎ爪と脚を使って器用に食べ始めた。
ハルピュイアがくれた肉を全て食べ切る頃、夜の帳がすっかり降りていた。
翌朝。
ハルピュイアは寝床の近くで無防備に寝こけていた。
外に出る音で目が覚めたらしい。体を起こしてこちらを見ている。
それに構わず、顔を洗うために外に水場へ向かった。
身支度を終えて戻るとハルピュイアはすぐに擦り寄ってきた。
こうして見るとかなり愛らしい。
頭を撫でれば満足したように離れた。
今日も魔法の練習と、旅たちのための準備をする。そのためにも、ハルピュイアの力が必要だ。
ハルピュイアに行こうか、そう声をかけて城へ向かった。
・・・・・
このハルピュイアと過ごすてわかったことはいくつかある。
その中でも特筆しているのが「知能の高さ」だ。
自分が話す言葉を完全に理解している。
会話ができるわけではないが、こちらの意図を完全に把握して適切な行動を取る。
頼めば目的のものを正確に持ってくる。
腹が減った、と言えば獲物をどこからか持ってくる。
道に邪魔なものがあれば、脚力で破壊する。
ハルピュイアひいては魔物と過ごしている、というよりかは人間と生活しているような感覚になる。
数日も過ごせば、ハルピュイアを討伐する気は完全に無くなった。
むしろ一緒に過ごしてほしいとさえ思う。
頼めばきっと付いてきてくれるはずだ。
そのためにも、この廃墟の街で長旅の準備を整え別の国へ向かう。
それに名前もつけなければ。
誰にも盗られぬように。
いい名前がいい。
己のような「ルネア」という名前ではない、祝福を感じさせる名前を。
用語解説
・ハルピュイア(その2)
通常のハルピュイアの大きは100cmほど。オウギワシをイメージすると分かりやすい。ハナの大きさは140cmほど。鳴き声は金属を擦り合わせたような鳴き声や、ダミ声のような悲鳴じみたものがある。いずれも体色は黒い。
・ルネア(煤の者)
エルフの古い言葉で「煤の者」を意味する。これはダークエルフを指し軽蔑する言葉でもある。転じて、「価値のない物」「意思のない軽い者」を意味することもある。




