草原街道
ルッタ王国の街の残骸を漁り続けてようやく出立の準備が整った。
自分の装備も服も綺麗なものを拝借した。
ハルピュイアは自分の仲間といえるほどに欠かせない存在になった。
人間のように裏切ることも、己を酷使することもしない。
ハルピュイアにはおとぎ話に出てくる幸福の女神「ノレイア」の名前をつけた。
ノレイアはアイテムボックスを持っているようで、本当のユニーク個体のようだ。
ユニーク個体は国に報告しなくてはならない。だが、そんなことをするつもりはない。
心を許せる仲間を取り上げられてたまるものか。仮にばれたとしても、ユニーク個体自体は魔物の中では珍しすぎる存在ではない。
ルッタ王国の市街地から草原街道に向けて出立する。
ノレイアが空飛んで正確な方角を教えてくれる。迷うことはないだろう。
・
ルッタ王国の周囲にある森林を抜けて草原街道へと出た。
すがすがしい空と穏やかな風が体をくすぐる。
見晴らしのいい草原をノレイアが先導すれば、迷うことなく道に出た。
街道には誰もいない。
西に向かって街道を歩み始めた。
ノレイアはのびのびと空を飛び自分を先導する。時折そばに降りてきては僕にすり寄る。
腹が減ったら、ノレイアがアイテムボックスから出した魔物を解体して、火魔法で焼いて食べる。
水が必要になったら魔法で水を出す。飲み水はノレイアにバケツを持たせれば、きれいな水をいっぱいに持ってきた。
三日ほど歩いても、草原街道の終わりは見えない。草原の地平線が続くばかりだ。
のんびり、とまではいわずとも穏やかな時間が過ぎる。奴隷だったころでは考えられない時間だ。
当然ずっと歩けば疲労がたまってくる。
ちょうどよく大きな木が街道のそばに生え、休憩スポットのようになっている。
そばに腰かければ、ノレイアが地面に降り立った。
ノレイアにバケツを持たせて水を頼んだ。
バケツを持って空を飛ぶノレイアの姿を見届けたとき、行商の一行が自分の歩いてきた道から現れた。
二頭立ての荷馬車とその護衛らしき男たちだ。
獣人やエルフが混じっているが人間がほとんどだ。反射的に木の陰に隠れる。
行商たちはこの周囲で休憩をすることにしたらしい。
「すまない。ここで休憩させてもらってもいいだろうか」
護衛のリーダーらしき屈強な男が自分に声をかけた。
「僕に害をなさなければ、どうぞ」
木の陰から姿を現しながら答えた。
この言葉は本心だ。ダークエルフゆえに色々とやっかみやら迫害やら、挙句の果てに暴力をふるうことをしなければなんでもいい。
ダークエルフであることに少し驚いた様子だったが、何もしてこなければこちらとしてはありがたい。
「坊主、名前は?俺は「竜の翼」団長、アンドロだ」
護衛をしていた男たちの一人が話しかけてきた。
それに合わせるように護衛の男たち五人が次々と自己紹介をする。
「おれはペドロ。よろしくな」
「シセリア。弓使い兼斥候をしている」
「俺はグモゴリー!」
「ジェイルだ」
「トマスだ。よろしく頼む」
「…どうも。ルネア、と、言います…」
その勢いに圧倒されながらも何とか名前を伝えた。エルフがいるせいで自身の名前の意味が知られて今うのではないかと思ったが、偽名を名乗っても別に利益も不利益もないし隠さず伝えた。
それに乗っかるようにして行商の男も話しかけてきた。
「私はビトリック王国に焦点を構えるマルセイユと申します。ルネアさん、あなたはどちらに向かうおつもりで?」
「南、ひいては西側の国に行くつもりです」
「なるほど。そちらでしたら迫害はありませんな」
失礼な男だ。事実ではあるが。南側より西のほうには差別がない上に人種やその出自の懐も大きいち聞いた。だからこそそっちへ向かっているのだ。
「私達も南へ行く予定なのです。よろしければご一緒しても?」
「あなたがいいのなら遠慮なく」
誰でもいい、というわけではないが、せっかくだからそうしよう。
自分に害をなすのなら殺せばいい。護衛の男たちに勝てる、というわけでもないが死体の始末は慣れている。
・・・・・
自分の思いとは裏腹に、行商の一行はダークエルフに対する偏見や差別意識は無いようだった。
護衛の男たちの中にエルフがいた。何かやっかみをつけられるのでは、と身構えていたが、意外にも友好的な態度だった。
「ダークエルフに対する偏見はないのですか」
そう聞いたら、
「偏見? いや別に。むしろ俺はダークエルフが本当に存在するなんて思ってなかった。初めてお目にかかる。それぐらい珍しいんだ」
と返した。よくよく考えてみれば、獣人もエルフもいる護衛の一団に偏見も差別もあるわけがない。
帝国で築かれた自分の価値観が崩れていくようだった。
面白くなって話を続けていれば、夕暮れになってきた。
ノレイアが一向に戻ってこない。
普段はバケツを持たせればすぐに戻ってくるはず。
心配になって空を見続ける。
「誰かを待っておられるので?」
「まあ、そんなところです」
「使い魔…従魔とかですか」
「はい」
「それは心配ですね」
心にもないことを。商人はさも本心のように嘘をつくから面倒だ。
行商は野営の準備を始めた。火をつけてテントを張り始めた。
荷馬車を牽引する馬に草を食わせる様子を見ながら空を見ても、ノレイアの姿は見えない。
まさかどこかで死んでしまったのでは。心配でならない。
「おいっ! なんかこっちに来るぞっ!!」
ペドロが空を見て声を上げた。
夕暮れを背に大きな鳥の影が自分たちを覆い隠す。
その影はこちらに迷うことなく向かってくる。
ペドロを含む仲間達はいっせいに剣や弓を構え警戒の体制をとる。
影は僕の前に降り立った。その足には水が入ったバケツと、シカの魔物が握られていた。
「ノレイア!」
「ハッ、ハルピュイアッ?!?!」
自分以外はノレイアに驚いているが気にせずノレイアに近寄る。
魔物とバケツを持って飛んだせいがかなり疲れている。
それ以上に無事であることに安心した。
「ノレイア、一体何が?」
「ギィッ」
無事だと言わんばかりの返答だ。
後ろでアンドレ達がノレイアの持ってきた鹿の魔物を見てヒソヒソと話している。
「あの魔物、もしかして」
「違いねぇ」
「初めて見たぞ俺…」
「この魔物、知っているんですか」
「知ってるも何も、あの鹿、草原街道で目撃された魔物だぞ…」
「はぁ」
「冒険者ギルドで討伐依頼が出てたんだ」
「ライトディアなんで魔法をバンバン使ってくるから俺たちと相性が悪いんだよ」
「ハルピュイアがそんなやつを捕まえるなんてなぁ」
「ノレイアはいい子ですよ」
ノレイアの頭を撫でながらそう言えば、それに答えるようにして「ギャア」と鳴いた。
鹿の魔物_ライトディア_を解体してその日の食事にした。行商の者たちにも振る舞った。
・・・・・
翌日。
厚意に甘えてマルセイユの荷馬車に乗せてもらう。荷台は物が多かったため、正確には荷馬車後方のステップ、だが。
歩いて南の国に行くつもりだったが嬉しい誤算だ。
ノレイアと共に荷馬車のステップに座り揺られる。歩くよりも早く草原街道を抜け、山道へと入っていった。
ノレイアに生肉を与えながら景色を眺める。
「そういえばルネアは南側に行くっつてたな。なんか目的でもあんのか?」
「はい。始めにビトリック王国を目指そうかと。その後はさらに西へ行って魔法を学びたいと考えています」
獣人であるグモゴリーの問いに荷馬車に揺られながら答える。
「差別がなく魔法が発達した国、っつーとスレイア公国か。ずいぶん遠いな」
「そんなにですか」
「まあな。ここから二か月以上はかかると思ったほうがいい。どこから旅立ったかは知らんが、一度町で準備を整えて、資金の調達をしたほうがいいぞ」
「なるほど」
地図で見た時でもかなり距離があると思ったが、相当な距離だ。
「あといくつか国を跨ぐから、冒険者ギルドか商人ギルドに入るのも手だ」
「冒険者ギルドですか」
「ああ、ルネア、ダークエルフだろ。道中人さらいや厄介な奴に絡まれることが多いかもしれん。ギルドカードを持っているだけでも身分の保証になるからあった方がいい」
「それにハルピュイアもつれてんなら、使い魔だ従魔で登録したほうが魔物と勘違いされている討伐、なんてことはなくなるはずだ。まあ、ハルピュイア連れるってんなら冒険者ギルドに登録してたほうがいいぜ」
「そうなんですね。ノレイアが討伐されるのは嫌だな」
ノレイアの頭をなでながら呟く。ノレイアは目を細めてその手を受け入れている。さっきまで生肉を食べていたとは思えない、人懐っこい表情だ。
「しっかし、ハルピュイアとは思えん美しさだな」
「ユニーク個体か?」
「たぶんそうだと思います」
他愛もない会話を続けながら道を進んでいく。
山道に差し掛かれば、その山に住む魔物が時折襲ってきたが、「竜の翼」の手にかかればあっけなく倒されていく。ノレイアも冒険者の援護をするように魔物を追い立てたり、攻撃をする。
魔物の解体は「荷馬車に乗せてくれる礼」として自分が請け負い、その肉を食事にする。
道中は極めて順調だ。
・水魔法
水魔法で出した水は安全ではあるもの、魔法を使うものの技量が高くなければ飲み水として適さないほどまずい。
・草原街道(その2)
非常に広大なため、草原街道の端から端まで通るのに馬車を使っても一週間以上かかる。ルネアとノレイアは街道の半ばから歩き始めた。草原街道を抜けると山道になる。
・ライトディア
鹿の姿をした黄色い魔物。素早さと魔法に優れる。大森林にいた個体はライトディアの上位個体。肉の味は鹿肉。毛皮と角は高値で取引される。




