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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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9/15

籠の中の鳥はいつ出やる

 一般客の喧騒から隔絶された一室。窓のない部屋に空調の低い唸りだけが響く。


 そこは、クルーズ客船『セレシアンヌ号』の乗客の中でも特別な者だけが足を踏み入れることを許される楽園(エデン)であり、“異形の双子”に与えられた鳥籠。

 今日は“最高級商品”あるいは“裏名物”を求めてこの部屋の扉が叩かれることのない、貴重な一日だった。


 鷹中(たかなか)柊生(しゅう)にとっての一日の始まりは太陽の光ではなく、隣で眠る双子の姉の寝顔を確認することから始まる。


 柊生は上体を起こし、常夜灯がぼんやりと照らす鷹中(たかなか)茉莉(まつり)を見下ろした。


 寝具に散らばる雪のような白い髪。白磁のような肌。

 普段は他所行きの衣装や露出の多いドレスに包まれている肢体も、今は飾り気のないシルクのパジャマに身を包んでいる。


 その小柄な身体は広いベッドの上では余計に小さく見えた。

 客の前ではその小さな背に純白の翼を広げ、この世のものとは思えないほど美しい姿を見せる彼女だが、その正体はただの無防備な少女に過ぎない。


 それは柊生だけが知っている、姉の顔。


「……呑気なもんだな」


 柊生は低く呟く。


 ずっと、このままでいい。この部屋から一歩も出ず、誰の目にも触れさせず、ただこうして彼女が腐り落ちていくまで眺めていられたら、それはどれほどの幸福だろうか。


「ん……」


 不意に彼女の睫毛が震えた。ゆっくりと瞼が持ち上がり、霧が晴れるように銀色の瞳が露わになる。

 焦点の合わない瞳が宙を彷徨い、やがて目の前の柊生を捉えた。


「……今、何時?」


「十時過ぎ。随分寝てたな。俺、腹減ったんだけど」


「ふぁ……先に食べてもいいのに……」


茉莉は猫のように身体を丸め、再び上掛けに顔を埋める。

 姉のその様子に、柊生はナイトテーブルから照明のリモコンを手に取ると、容赦なく部屋中を照らした。


「う、まぶしっ……!」


「いい加減起きろ。ルームサービス頼むけど、なにがいい」


「んん……なんでもいい……」


 柊生はベッドから降りてソファに移動すると、専用の端末で変わり映えのしないメニューを流し見る。


「じゃあ、パンケーキにするからな」


「うん、いいよ。柊生はホイップいっぱいのでしょ? 私はホットチョコレートがかかってるやつね」


「はいはい。ちゃんとそれにしたから安心しろ」


「ふふ、気が利く弟を持って私は果報者だねー」


 茉莉はのそりとベッドから這い出ると、ふらつく足取りで洗面所へと向かっていく。

 彼女のパジャマのズボンの裾が片方だけ捲れ上がっているが、柊生はなにも言わずにただその愛しい背中を目で追っていた。


 運ばれてきた遅めの朝食はパンケーキに加え、フレッシュジュースにプレーンオムレツ、そして厚く切られたハム。さらにカットされたフルーツと温かい紅茶が全て二人分、テーブルいっぱいに並べられ、それは豪勢な光景だった。


「ねえ、柊生」


フォークでパンケーキを突きながら、茉莉が不意に口を開いた。


「折角の休みなのに、なにも予定ないの? 私のことは気にせず遊びに行ってきていいよ」


「……は? 俺一人で?」


「私は今日一日、部屋でダラダラするって決めてるもん。たまには自由に羽を伸ばしてきたら?」


 その言葉は悪気などなく、むしろ姉として弟を気遣うものだ。


 それが余計に柊生を苛立たせた。

 弟が姉である自分が関わらない事象に興味がないことを、彼女はてんでわかっていない。


「いい。そういう気分じゃねーし」


「そっか。じゃあ今日は一緒にダラダラしよっか」


 茉莉は目を伏せたまま、そう呟くと、再びパンケーキを口に運んだ。


 その様子を眺める柊生は彼女の唇についたクリームを指で拭ってやりたい衝動に駆られるが、目を逸らしてなんとか紛らわす。

 無愛想に紅茶を啜り、喉元まで出かかった欲望を流し込んだ。


「お前こそ、癒華(るか)のとこに行かなくていいのかよ」


「うん……昨日行ったばかりだし、毎日行っても気を遣わせちゃうから……今日は我慢」


「ふーん、あっそ」


 柊生は努めて興味なさそうに返事をしたが、その胸中は茉莉が想い人よりも自分と過ごすことを選んだ事実にすっかり舞い上がっていた。


 食事を終えると、茉莉は「お腹いっぱい」とソファに身を投げ出す。

 柊生はその後ろを追うが、端に寄るなどの遠慮は一切せず、その隣にどっかりと腰を下ろした。


「……ちょっと。狭いんだけど……?」


「別にそんなことねーだろ。俺は今から映画を観るんだよ」


「まったくもう……私も一緒に観るから面白そうなやつにしてね」


 呆れながらも、茉莉はこの状況を受け入れたようだった。

 今この瞬間、茉莉の体温や呼吸を、誰よりも近くで感じているのは自分だという事実が、柊生の渇きを僅かに潤すのだった。

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