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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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7/15

たわいない昼下がり

 ランチタイムの喧騒が落ち着きを見せ始めた昼過ぎ。

 ゆったりとした空気に包まれたクルーズ客船『セレシアンヌ号』の廊下を、“最高級商品”と称される少女は脇目も振らず歩いていた。


 鷹中(たかなか)茉莉(まつり)は目的地である『Cafe MAD HATTER』に辿り着くと、扉を開ける前に入念に身なりを整える。

 カランコロン、とドアベルが鳴ると、ホールを片付けていた空川(そらかわ)莉華(りか)がぱっと顔を輝かせた。


「茉莉ちゃん、いらっしゃ〜い! 今日は一人? お昼食べに来てくれたのっ?」


 莉華の明るい声に迎えられ、茉莉はふわりと微笑む。


「うん。癒華(るか)くんの紅茶も飲みたかったから」


「そっか〜! でも、ちょっとタイミングが悪かったかも……兄ちゃん、さっき休憩入っちゃったとこなんだ〜。事務所にいると思うんだけど……」


 そう言って事務所のある方へ目を遣ると、申し訳なさそうに眉を下げる莉華。

 自分の我が儘で、親友をこれ以上困らせても仕方がない。茉莉はなにも気にしていない様子を取り繕った。


「じゃあ、癒華くんの紅茶はまた今度にしておこうかな。休憩を邪魔するのは悪いし」


「も〜、なに言ってるのっ。茉莉ちゃんとあたしたちの仲でしょ? そんなの気にしなくていいよ!」


「えっ? でも……」


「兄ちゃんも茉莉ちゃんの顔見たら元気になるからさ!」


 莉華には茉莉の胸中などお見通しかのように、有無を言わせぬ勢いで背中をぐいぐいと押す。


 さっき見遣った扉の前まで茉莉を連れてくると、莉華は「ほら、兄ちゃん叩き起こしてきて!」とウィンクをして、鼻歌交じりにホールの片付けに戻っていってしまった。


 取り残された茉莉は、目の前のドアノブを見つめた。

 休憩を邪魔するのは少し気が引ける。けれど、会いたい気持ちがあるのも事実だった。


「……失礼します」


 意を決して目の前の扉を開けると、そこは棚や冷蔵庫がずらりと並ぶバックヤードだった。その奥にドアが半開きになった事務所が見える。


 茉莉が部屋の中をこっそり覗くと、書類棚とデスクの隙間に置かれた二人掛けの革張りソファに空川(そらかわ)癒華(るか)の姿はあった。

 彼は長い脚を持て余すように少し窮屈そうに伸ばし、背もたれに深く沈み込んで、浅い寝息を立てているように窺えた。


 茉莉は音を立てないようにそっと部屋の中へと入る。

 扉を閉める際に金属音が鳴ってしまったが、癒華がそれに反応した気配はない。


 足音を忍ばせてソファのそばまで歩み寄ると、茉莉はしゃがみ込んで彼の顔を覗き込んだ。


(ほんとに寝てる……珍しい)


 濡羽色の髪が少し乱れて頬にかかり、長い睫毛が落とす影が白い肌に濃く映っている。


 どんな時も完璧な笑顔を絶やさず、隙のない癒華のこんなにも無防備な姿はそうそう見られるものではない。

 彼の寝顔を見つめていると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような愛しさが込み上げた。


「……大好き」


 茉莉は吐息のような声で呟き、彼の頬にかかった黒髪を払おうと腰を上げる。そして手を伸ばした、その時だ。


「……っ!?」


 不意に、眠っていたはずの癒華の手が茉莉の小さな手を掴んだ。


 掴まれた手をそのまま引き寄せられ、バランスを崩した茉莉の身体は、癒華の膝の上に乗り上げる形となり、彼の胸元に鼻をぶつける。


 驚いて顔を上げると、癒華のとろんと微睡んだ真紅の瞳と茉莉の銀色の瞳がかち合った。


「……癒華くん、起きてたの?」


「ん……茉莉ちゃんがドアを閉めたときの音でねぇ……俺も茉莉ちゃんが大好きだよ」


 寝起き特有の、少し掠れた低い声。癒華は身を起こそうとするでもなく、茉莉を抱き寄せたまま、満足そうに目を細める。

 癒華は茉莉の肩口に顔を埋め、すぅ、と深く息を吸い込んだ。首筋にかかる吐息に茉莉は背筋がぞくぞくするのを感じる。


「ちょ、ちょっと癒華くん……!? 寝ぼけてるの……? 莉華が入ってきたら……!」


「……大丈夫。あの子なら君をここへ送り込んだ時点で、気を利かせてしばらくは入ってこない筈だからね」


 確信犯だ。茉莉は「うぅ……」と顔を赤らめながら、それでも彼の腕の中から逃げ出そうとはしなかった。

 それどころか、このままでいたいと思っていることすら、彼には筒抜けだろう。


「こうして茉莉ちゃんを抱きしめていると、疲れが全部吹き飛ぶ気がするよ。もう少しだけ……こうしていてもいいかな?」


 癒華が甘えるように尋ねる。

 茉莉には恥ずかしくてなかなか口にすることが出来ないことを、彼はいつもさらっと言いのけてしまう。


「うん……私も、このままでいてほしい……」


 茉莉は癒華に寄り添い、その胸に頭を預けた。癒華の腕が宝物を守るように茉莉の背中に回される。

 二人は微睡みの中、互いの存在を確かめ合うように静かに時を過ごすのだった。

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