王様と側近は友人同士
煌びやかなショーウィンドウが立ち並ぶクルーズ客船『セレシアンヌ号』内のショッピングアーケードは、乗客たちの目を楽しませる。
その一角にある高級宝飾店の前で、二人の青年が足を止めていた。
「蓮絆、これはどうだ? このネクタイピン、アクセントのレッドダイヤモンドが明弥の瞳によく似合うと思うんだが。表面に彫り込まれた意匠も洒落ている」
ショーケースを食い入るように見つめ、真剣な眼差しで問いかけるのは、伴侶と共にお忍びで世界一周のバカンスを満喫中の一国の王、峠野迅だ。
その隣で欠伸を噛み殺しながら付き合っているのは、彼の護衛であり気が置けない友人でもある鷹中蓮絆である。
「ねぇ、迅くん。それ……ゼロの数がいくつあるか見たー?」
「価格は問題ではない。明弥に相応しいかどうかが重要だ」
「やれやれ、愛が重たすぎるよ。でもさ、明弥くんってそういう派手なの、あんまり好まないんじゃない?」
蓮絆の指摘に、迅は「む」と唸って動きを止めた。
「……確かに、明弥は簡素なデザインを好む傾向にあるが……しかし、俺は最高のものをあいつに贈りたい」
「気持ちはわかるけどさー。そもそも明弥くんって、そんな高級なものを気兼ねなく使えるタイプじゃないと思うんだよね。普段使いしづらいものを貰っても困っちゃうでしょ」
「ふむ、そうか……」
迅は眉間に深い皺を刻み、ショーケースを睨みつける。
国を動かす決断は即座に下せる彼も、愛する伴侶への贈り物となると、途端にポンコツになるのが常だった。
「それならば、蓮絆。お前ならなにを選ぶ?」
「そうだなー、俺だったらもっとこう……形には残らないけど記憶に残るものとか、日常でふと思い出せるようなものを選ぶかなー」
「抽象的すぎて参考にならん」
「もー。頭が固いよ、王様。ほら、こっち来て」
蓮絆は無邪気な子供のように迅の腕を引くと、宝飾店からは少し距離を置いた場所にある、各国の有名デザイナーの雑貨を集めた店へと彼を誘導した。
そこには、手作りのガラス細工や、可愛らしい小物が所狭しと並んでいる。
「ここのものなら、明弥くんも気負わずに受け取れるんじゃない?」
「……こんな安価なものでいいのか?」
「高ければなんでもいいってわけじゃないでしょー。大事なのは心だよ心。ほら、見て迅くん。これとかどう?」
蓮絆が指差したのはマグカップだった。猫のシルエットが描かれたシンプルだが愛らしいデザインだ。
「猫か」
「あ、それともこっちがいい? ていうか、こっちほうが迅くんにぴったりだねー」
「そのシルエットは、ライオンだな」
「ほら、二人で一緒のマグカップを使ったら、朝のコーヒータイムも楽しくなりそうじゃない?」
迅は猫とライオンが描かれたマグカップを手に取り、まじまじと見つめた。
「俺と明弥が、これを揃いで使うのか」
「明弥くんは毎朝、このライオンを見る度にきみのことを思い出すってわけ。どう? 支配欲満たされるでしょー」
「……そうだな、悪くない。いや、むしろいいな。何気ないものを利用して俺の存在を刷り込む……実に合理的だ」
迅の言動に思うところがあったのか、蓮絆はなにか言いた気な顔を一瞬だけ浮かべたが、結局、肩をすくめるだけに留まった。
その後、即座に店員を呼び、迅は二つのマグカップを購入する。
その顔は先ほどのネクタイピンを見ていた時よりもずっと満足げな様子だった。
「助かったぞ、蓮絆。お前の意見もたまには役に立つな」
「“たまには”は余計だよー。でも、そう言うなら俺もなにか報酬が欲しいなー、なんて」
「報酬だと?」
「そうそう。今日のいい買い物は俺の助言の賜物なんだから。ほら、あそこのカフェの“和のアフターヌーンティーセット”で手を打ってあげてもいいよ!」
「……ちゃっかりしているな、お前は。まあ、いいだろう」
迅は呆れたように息を吐いたが、その瞳には笑みがあった。
手元にある可愛らしい紙袋の中身を思えば、この程度、取るに足らない。
「蓮絆。ついでに明弥への土産に、ケーキも選んでくれないか」
「りょーかい、大船に乗ったつもりで任せてよー。あ、俺の分のテイクアウトも追加でいい?」
「ふっ、好きにしろ」
遠慮のない友人に呆れつつも財布の紐を緩める王と、その恩恵をちゃっかり享受する側近。
船上のショッピングモールに、二人の穏やかな笑い声が溶けていった。




