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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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器用に不器用な二人

 夜の帳が下りたクルーズ客船『セレシアンヌ号』。

 昼間はカフェとして甘い香りを漂わせるその場所は、夜の訪れと共に大人の社交場たるダイニングバー『Bar Duchess』へと顔を変える。


 カラン、と静かにドアベルが鳴り、照明の絞られた店内へ二つの人影が足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。あら、珍しいお連れ様ね。茉莉(まつり)さん」


 カウンターの奥でグラスを磨いていた女主人、館那谷(たてなた)桜花(さくら)が妖艶なオッドアイを細めて微笑む。


 彼女の視線の先には金髪を揺らす長身の青年と、その背後に隠れるようにしている小柄な白い髪の少女、鷹中(たかなか)茉莉(まつり)の姿があった。


「こんばんは、桜花(さくら)さん。えっと、色々あってこの人……峠野(とうげや)(じん)さんと食事をすることになりまして……」


「茉莉が世話になっているようだな。互いの身内が懇意にしているので、それならば俺たちもといった次第だ。奥の席に掛けてもいいだろうか」


「ええ、お好きな席へどうぞ」


 桜花の返事を聞くや否や、迅は連れの歩幅を顧みることなく、迷いのない足取りで目的の席へ向かう。


 茉莉は早足で後ろをついて行き、彼と向かい合うかたちでテーブル席に腰を下ろした。


「ご注文は如何なさいます?」


「俺も彼女もアルコールは飲めないのでな。適当なモクテルを二つ。それと、シーフードサラダとマルゲリータのピザを頼む」


 メニューを一人で一読するなり、淀みなく注文を告げる迅。

 その様子に桜花は微かに眉間を寄せたが、野暮な追及はせず「かしこまりました」とだけ告げ、優雅に一礼して踵を返した。


 やがて、彩り豊かなモクテルと色鮮やかな料理がテーブルに運ばれてくる。


 茉莉が「私がやりますね」と用意していた言葉を口にする間も無く、迅の大きな手が取り分け用のトングを掴んでいた。


 そしてそのまま、彼は極めて自然な手付きでサラダを二つの取り皿に取り分け、ピザをカッターで綺麗に切り分けていった。


 一切の無駄がない、流れるような一連の所作。

 その独善的とも取れる奉仕は、恐らく日頃からそうしているために染み付いてしまった習慣なのだろう。


「具は均等に分けたつもりだが、文句があれば言ってくれ」


「そんな、文句なんて……! ありがとうございます……」


 差し出された皿を受け取りながら、茉莉の表情は徐々に曇っていく。


「どうかしたか? 苦手な食材があるなら俺の皿に移してくれて構わないぞ」


「あ、いや、そうじゃなくて……! ただ、前回も迅さんに取り分けてもらっちゃったから、ちょっと悪いなと思って……」


 茉莉はその小柄な外見ゆえに、侮られることが間々ある。

 だが、それに甘んじて手持ち無沙汰に施しを受けるだけの状況というのもなんだか居心地が悪いのだ。


 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、長いまつ毛を伏せて肩を竦める茉莉を見て、迅は小さく喉の奥で笑った。


「……ふむ。ならば、次はお前に任せるとするか。お手並み拝見といこう」


「が、頑張りますけど、あんまり期待はしないでもらえると嬉しいかな……」


 しかし、見栄を張って息巻いたは良いものの、目の前に置かれたプロ顔負けの美しい盛り付けに視線を落とし、茉莉はみるみると自信を消失させていくのだった。


「ふっ。今はそれよりも折角の料理が冷めてしまっては勿体無いな。早速いただくとしよう」


「そうですね、いただきます……!」


 気を取り直し、茉莉は切り分けられたピザを両手で持つとぱくりと頬張る。


 熱々のチーズが伸び、濃厚なトマトソースとバジルの香りが口いっぱいに広がった。


「ふふ、美味しい……桜花さんのところのピザ、好きなんですよね」


 美味しい食事は、容易く人の心を解きほぐす。

 肩肘を張る必要のない時間に、茉莉の表情がふわりと綻んだ。


 しかし、夢中でピザを頬張ったせいで彼女の小さな口の端には赤いソースがべっとりと付いてしまっていた。


「……お前は見た目通り、子供みたいな食べ方をするな」


 ふと、迅が呆れたような声を漏らした。


 茉莉が「えっ?」と銀色の瞳を丸くして顔を上げた瞬間。

 迅が身を乗り出し、テーブル越しにスッと大きな手が伸びてきた。


「じっとしていろ」


 有無を言わさぬ低い声と共に、迅の手にしたペーパーナプキンが茉莉の口元を優しく拭う。

 まるで幼子を扱うような、ひどく自然で躊躇いのない動作だった。


「あ……」


「ソースが付いていては、折角の愛らしい顔も形無しだろう」


 あまりに堂々とした振る舞いに茉莉はぱちくりと瞬きを繰り返す。


 一拍置いて自身の醜態を理解すると、ボンッと音を立てるように頬を真っ赤に染め上げた。


 だが、当の彼にとってはなんの他意も無い行動なのだろう。

 何事も無かったかのように食事を続ける様子がそれを如実に物語っていた。


「……あ、ありがとう……以後気をつけます……」


 熱くなった顔を俯かせ、口元を気にしながら食事を再開する茉莉。


 カウンターの奥からそんな二人を眺めていた桜花は、思わず「ふふっ」と小さく笑い声を漏らした。


 お忍びの王と鳥籠の最高級商品。

 しがらみも身分も関係無い。今宵だけは双方の正体から目を逸らして、ささやかな夜のひと時を楽しむのだった。

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