呪いに苦しむ聖女を救えるのは、役立たずと町から追われた俺だけなのでは?②
恐る恐る館の戸を叩くと、中から現れたのはこれまた見覚えのある顔。
「おや、こんにちは。こんな辺鄙なところまでやって来て一体どんなご用かな?」
深紅の瞳を細めたその柔らかな微笑みは燕もよく見慣れたものだった。
彼の背後から、ひょっこりと華やかな見た目の少女が顔を出す。
「わぁ、珍しいお客さんだね〜っ。なにか困ったことでもあった? 遠慮なくあたしたちを頼ってくれていいよ!」
元の世界ではカフェを営んでいる兄妹と瓜二つの二人だが、この世界での彼らは違った。
兄のルカは手を触れるだけであらゆる傷を癒やす力を持つ反面、触れた者の思考を読み取り、目を合わせただけで相手の自由を奪う瞳を持つ“死神”。
妹のリカは触れた菓子や果実を、人心を惑わす“くすり”に変える力を持つ“魔女”。
二人は人知の及ばない異能を恐れられ、人里離れたこの森でひっそりと暮らしていた。
「王妃から、あんたを頼れって言われて来たんだけど……」
「へぇ、そう。メイヤくんの紹介なら邪険にする訳にもいかないねぇ」
ルカは目を細め、燕を品定めするように見つめる。
その視線に射抜かれた瞬間、燕は皮膚の裏まで覗かれたような悪寒を覚えた。
「いいよ、おいで。部屋は余っているからね」
こうして燕は、死神と魔女の住む館で雑用係として暮らすことになった。
館には王都の医者に見放された患者や脛に傷を持つ裏社会の人間たちがひっきりなしに訪れた。
ルカは法外な治療費あるいは情報の提供と引き換えに彼らを治し、リカは怪しげな“くすり”を売る。
燕の仕事は、そんな彼らの手伝いと屋敷の掃除や炊事だった。
「燕くん、お茶淹れて〜っ! あ、でも、このクッキーは食べちゃダメだよ? 食べると丸一日、好きな人の名前を叫び続けちゃうからっ☆」
「そんなもの、食卓に置かないでよ」
「ふふ。燕くんの君の淹れるコーヒーもだいぶ飲める味になったねぇ」
奇妙な共同生活だったが、兄妹との生活は意外にも燕にとって居心地が悪くなかった。
召喚された直後の孤独もここには無い。
ただ、今日を生きるための労働とささやかな食事があるだけ。
自分はこのまま、この世界の片隅で誰にも知られずに生きていくのだろうか。
でも、それも悪くないのかもしれない――燕がそう思い始めていた、ある嵐の夜のことだった。
雷鳴と共に、中庭になにかが墜落する。
地響きに驚いて飛び出した燕たちの目に映ったのは、血に塗れた巨大な白竜だった。
美しい鱗は所々が剥がれ落ち、純白の翼は無惨に折れ曲がっている。
驚く燕たちに気付いた竜の姿が光に包まれ人の姿へと変わると、現れたのは傷だらけの白い髪の少年。
そして、彼の腕の中には一人の少女が抱えられていた。
「……頼む、助けてくれ……姉貴を……っ!」
少年が血を吐きながら叫ぶ。
雷光の閃きが少女の顔を照らし出した瞬間、燕の心臓が早鐘を打った。
「……鷹中、さん?」
白い肌は泥と血で汚れ、透き通るような銀色の瞳も今は瞼の奥に隠されている。
しかし、彼女の姿かたちがかつて穴が開くほど見ていた同級生と全く同じであることは、燕にとって疑いようが無かった。
今も想いを寄せる、鷹中茉莉その人と異なる点があるとすれば、背中に生えた純白の翼の存在である。
「……なんで、俺が見知ってる顔ばっかりなわけ? この世界は……!」
運命というにはあまりに皮肉な再会に燕は立ち尽くすしかなかった。
その後、ルカの迅速な処置により、竜の少年――シュウの命は取り留められた。
だが、翼の少女――マツリの意識は戻らない。
それどころか、彼女の全身に蔦のような黒い紋様のような痣が浮かび上がり、苦しげな呼吸を繰り返している。
「……これは酷いな」
診察を終えたルカが珍しく表情を曇らせた。
「肉体的な損傷なら俺の力で治せる。けど、これは……」
ベッドの脇で姉の手を握りしめるシュウが、ポツリポツリと語り始めた。
彼らはかつて、人里離れた辺境の地で暮らしていたという。
翼を持つ姉と、竜に変わる弟。
そして、二人のことを誰よりも愛し、守ってくれていた兄のレン。
三人の兄弟は異形の身を隠し、慎ましくも幸せな日々を送っていた。
しかし、その平穏はある狂気によって踏みにじられることになる。
通りがかりの魔術師がマツリの翼に魅入られたのだ。
『こんなに美しい聖女サマがこんなところで暮らしてるなんて、世の為、人の為……なにより俺の為にならねェよなァ』
魔術師は立ちはだかるレンを惨殺し、マツリを連れ去ると、高い塔の最上階に幽閉した。
そして、彼女を聖女として崇め、その美しさを独占したのだ。
「俺は……あの男が許せなかった。兄貴を殺して、姉貴を奪ったあいつを……!」
シュウの声が憎悪に震える。
彼は暴走する竜の力に身を任せ、怒りのままに塔を襲撃し、魔術師を引き裂き、マツリの奪還に成功したのだという。
「宿願を果たしたような気分だったぜ。でも……あのクソ野郎が……死ぬ間際に笑って言いやがったんだ」
『飼われた小鳥は、籠の外じゃ生きられねェんだよ』
魔術師はマツリに呪いとも呼べる術式を施していた。
彼の加護の下にある塔から出れば、命を削る猛毒が聖女の身体を蝕む。
執着と狂愛の果てにかけられた、死の楔。
「あいつは死んだ……だから、マツリの呪いを解く方法は永遠に闇の中ってわけだ」
絶望に顔を歪めたシュウはベッドのふちに拳を叩きつける。
兄の仇を討ち、姉を取り戻したはずが、その手で姉を救うすべを断ってしまった。
「俺の力は肉体の損傷を治すものだ。残念なことに呪いに対しては為す術が無い。こんなにも苦しんでいる子を前にして、なにも出来ないのは歯痒いね……」
ルカは苦虫を噛みつぶしたような顔で、マツリの頬に浮かぶ痣に触れる。
リカもまた、自分にも出来ることは無いと悲痛な面持ちで首を横に振った。
マツリの命は風前の灯火だった。




