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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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店長アイドル化計画

 クルーズ客船『セレシアンヌ号』の片隅に店を構える『Cafe MAD HATTER』。

 海の上とは思えないほど優雅な内装と、薫り高い紅茶、そして絶品のスイーツが自慢の店である。


 しかし本日の客入りはと言えば、まさに閑古鳥が鳴くという表現が相応しく、玄関のドアベルが沈黙を守ってから既に二時間が経過していた。


 広々とした店内には、店長の空川(そらかわ)癒華(るか)と従業員である妹の空川(そらかわ)莉華(りか)の二人しかいない。


「はぁ〜……暇すぎるっ!」


 莉華がカウンターに上半身を預け、本日何度目かの大きな溜息をついた。


「こうも暇だと眠たくなってきちゃうよ。ねえ兄ちゃん、なにか刺激的なこと起きないかな〜?」


 癒華は手元の伝票整理を続けながら、困ったように眉尻を下げる。


「刺激的って言われてもねぇ。平和なのが一番だろ」


「平和ボケしちゃうよ! あ〜あ、泪くんとか『Alice』のメンバーがウチに来てくれたりしたらな〜。そしたら全力でおもてなししちゃうのに」


 莉華は通信端末を取り出し、彼女が愛してやまないアイドルグループ『Alice』の動画を再生し始めた。


 画面の中で歌い踊るメンバーたちを見て、ようやく彼女の表情に生気が戻る。


「やっぱ『Alice』は最高だなぁ〜っ……あ、そうだ」


 突然、なにか閃いたように莉華が顔を上げた。


 嫌な予感がして癒華は咄嗟に視線を逸らすが、逃げ場は無い。


「ねえ、兄ちゃん。アイドルになろうよ」


「…………は?」


 癒華の手が止まる。

 今、この妹はなんと言ったのだろうか。


 莉華は兄の困惑などお構いなしに、目をキラキラと輝かせて語り始めた。


「今の時代、お客さんを呼び込むには美味しいメニューだけじゃダメなんだよ。付加価値が必要なの! そしたら、兄ちゃんのその顔面偏差値の高さを使わない手はないでしょっ」


「……褒めてくれるのは嬉しいけど、俺はただのカフェの店長だよ。アイドルなんて柄でもない」


「そんなことないって! 兄ちゃん、顔だけはいいんだから『Alice』の(るい)くんみたいな王子様系で売れば絶対ウケるよ〜! いらっしゃいませって言ってウインクのひとつでも飛ばせば、リピーター続出間違いナシだよっ☆」


 莉華の提案に癒華は苦笑いを深めた。想像するだけで背筋が寒くなる。


 自分が客に向かってウインク?


 ……ありえない。

 そんなことをした暁には、築き上げてきた“穏やかで頼れる店長”という仮面が粉々に砕け散ってしまう。


「却下だ。俺には荷が重すぎるよ」


 癒華はきっぱりと断り、再び手を動かし始めた。


 しかし、莉華はここで引き下がるようなタマではない。

 彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、懐から最強のカードを切った。


「え〜? でもさぁ、茉莉(まつり)ちゃんも喜ぶと思うんだけどな〜?」


 ピクリ、と癒華の肩が震えた。


 鷹中(たかなか)茉莉(まつり)。癒華にとって無二の存在である彼女の名前を出されては、本能的に意識が傾いてしまう。


「こないだ、茉莉ちゃんと『Alice』の特集を見たんだけど、めっちゃ盛り上がったんだから! もし兄ちゃんがアイドルをやるって言ったら、食い付かない筈ないよ!」


 癒華の脳裏に鮮明な映像が浮かび上がった。


 きらびやかな衣装を身に纏い、ウインクをして見せる自分。

 それを頬を染めながら瞳を潤ませて見つめる茉莉の姿。


「癒華くん、素敵……!」


 そんな幻聴まで聞こえてくるようだ。


「そうだな……茉莉ちゃんが喜んでくれるなら悪い話でもないか……」


「絶対喜ぶって! ほら、練習してみようよ。手始めに、“美味しくなぁれ”ってオムライスにケチャップでハートを描くところから……」


「…………」


 癒華の動きが完全に停止した。


 想像してしまったのだ。

 キラキラの笑顔で、必死にハートを描きながら呪文を唱える自分を。


 そして、それを目の当たりにした時の茉莉の表情を。


 ……それは、ときめきではない。

 困惑、あるいは心配だ。


「癒華くん……どこか悪いの……?」


 そんな茉莉の声が聞こえた気がして、癒華はハッと我に返った。


 カッと顔が熱くなる。羞恥の波が押し寄せ、耳まで真っ赤に染め上げた。


「む……無理だ……!」


 癒華はカウンターに突っ伏した。


「え〜っ!? なんで! あと一歩だったのに!」


「勘弁してくれ……! もし茉莉ちゃんにドン引きされたりしたら、俺は二度と立ち直れない……!」


「ちぇっ、意気地なし〜。兄ちゃんの茉莉ちゃんへの愛はその程度だったの?」


「愛の深さと羞恥心は別問題だろ……!」


 このままでは莉華のペースに乗せられ、取り返しのつかない黒歴史を刻むことになりかねない。


 ……話題を変えなければ。

 なにか、莉華の興味を引く別の話題を。


 癒華は必死に脳を回転させ、ひとつの案を捻り出した。


「ああ、そういえば! 新しいメニューの開発をしようと思っていたんだった」


「新メニュー? なんで今?」


「さっきお前が流してた動画の音声を聞いて思いついたんだけど……『Alice』をイメージしたプティフールなんて、いいんじゃないかと思ってね」


 その瞬間、莉華の表情が一変した。


「えっ、『Alice』の!? プティフールって、あの小さくて可愛いひと口サイズのケーキだよね!?」


「そうだよ。メンバーそれぞれのカラーや個性を反映させた、5種類の小さなケーキの盛り合わせだ。例えば、泪くんは白を基調としたホワイトチョコのテリーヌ、(いのり)くんはピンク色のストロベリーや桜のシフォンケーキとか……」


「キャ〜〜ッ!! 待って待って、最高すぎるっ! (まい)くんは!? 舞くんはどうするの!?」


「舞くんは青だから……ブルーキュラソーを使ったゼリーか、バタフライピーのクリームを使ったマカロンかな」


「天才! 兄ちゃん天才だよっ! それ絶対かわいい! 写真映えも最高だし、なにより考えるだけで楽しすぎる……!」


 莉華は先ほどまでのアイドル計画などすっかり忘れ去ったようで、興奮気味にカウンターを叩いた。


(かむり)くんは紫芋のモンブランにして、(ゆい)くんは……やっぱり黒ゴマかダークチョコだよね……! うわぁ、想像しただけでテンション上がるっ☆ ねえ兄ちゃん、今すぐ試作しよ! この溢れる情熱が抑えられないよ……っ!」


「はは、わかったよ。お客さんが来るまで手伝ってあげるとしよう」


 癒華は胸を撫で下ろした。

 どうにか妹の気を逸らすことに成功したようだ。


 それに、茉莉もきっとアイドル姿の自分よりも可愛らしいプティフールのほうが喜んでくれるに違いない。


 閑古鳥が鳴くカフェにバターと砂糖の甘い香りが広がり始める。

 それはどんなアイドルソングよりもこの店には似合いの幸せな香りだった。

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