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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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マジックタイム

 港を見下ろす丘の上の公園は、夕暮れ時を迎えていた。

 眼下に広がる海は茜色に染まり、停泊中の旅客船がシルエットとなって浮かび上がっている。


 寄港地での散策を終え、船に戻る前のひと時。

 どこかの一国を治める王とその伴侶はベンチに並んで座り、今だけはただの旅行客として夕闇の景色を楽しんでいた。


「……綺麗な景色だね」


 司條(しじょう)明弥(めいや)が、手元のガラス細工を沈みゆく夕陽に透かし見ながら呟く。


 大事そうに持つそれは、散策中に偶然立ち寄った土産物屋で購入したガラスの小瓶だ。


 此度、クルーズ客席『セレシアンヌ号』が錨を下ろしたのは、古くからガラス工芸で栄える水の都。

 運河沿いに立ち並ぶ工房や土産物屋の軒先には、太陽の光を浴びて七色に輝くガラス細工が所狭しと並べられていた。


 その中で明弥が唯一購入したのが、この丸っこい犬の形をした小瓶だった。

 瓶の中には、この地域特有のものだという金色が混じった白い砂が詰められている。


 中の砂の色によって白い毛並みとなった犬の小瓶は、どことなく彼の親友の姿を彷彿とさせた。


 そんな伴侶の心の内を知るや知らずや、峠野(とうげや)(じん)は明弥の横顔を見つめていた。


「……その犬の小瓶、相当気に入ったようだな。お前が望むなら猫でもうさぎでも、国中のガラス職人を集めてもっと精巧なものを作らせるぞ」


「……そういうことじゃない。旅の思い出として、これがいいんだよ」


 迅の提案を、明弥はいつものように素っ気なくあしらう。

 そんな明弥の遠慮のない態度を、迅は心地よさそうに受け止める。


「……それに、これを見ていると前に柊生(しゅう)と冬の海に行ったことが浮かぶんだ」


 明弥は小瓶の中の砂がサラサラと動く様子を見つめ、記憶の糸を手繰り寄せる。


「……誰もいない海の色、風の冷たさ。それと潮の匂いに馬鹿みたいな会話……なんでだろう。今見てる景色とは全然違うのにね」


 まただ。迅のヘーゼルの瞳に影が差す。


 明弥の類稀な記憶力はトリガーを引けば、どんなに過去の出来事も、つい先程あったことのように鮮明に再生される。


 時折、明弥が過去の出来事を語る時、そこには必ずと言っていい程、親友あるいはそれ以上の好意を寄せる“鷹中(たかなか)柊生(しゅう)”という存在があるのだ。


「お前の中には、まだまだ俺の知らない時間が沢山あるな」


「……僕も迅について、知らないことばかりだよ」


「俺は、俺の知らない明弥の過去に巣食っている、お前の友人の存在が気に入らないんだ」


 迅は強引に明弥の顎を掴み、自分のほうへと向かせた。

 明弥の朱色の目に映る迅の顔は、眉を顰めて不機嫌を隠そうとしていない。


「明弥。お前の目、耳、肌……その全てが感じるものを、俺だけで塗り潰してやりたい」


「……無茶苦茶なことを言わないでよ」


「無茶を言っているつもりはない。これからの未来、お前の隣にいるのは常に俺だ。過去の記憶など霞む程に、俺との時間を刻み込んでやる」


 迅の言葉はまるで誓いであり、呪いのようだった。


 だが、明弥は怯むことなく、じっと迅の瞳を見つめ続ける。

 その顔は頬を染めるどころか眉ひとつ動かさず、虚空を見ているような眼差しからは上手く感情が読めない。


「……迅は、欲張りだね」


「王とはそういうものだ。真に欲するものを独占出来ずして、なにが王か」


 明弥が小さく息を吐く。それは呆れのようでもあり、諦めのようでもあった。


 小瓶を手のひらに乗せると、明弥は迅の目の前に差し出した。可愛らしいガラスの犬が迅に向く。


「……じゃあ、これは迅にあげる」


「なんだと?」


「……僕がこの瓶を持っていても、柊生との過去を再生する引き金にしかならないから。……君はそれが嫌なんでしょ」


 そう言うと明弥は、迅の大きな手に無理やり小瓶を握らせる。


「……迅が持っていてくれたら、次にその小瓶を見た時はきっと、今、君と見ているこの海と夕焼けを思い出すよ」


 迅は一瞬だけ虚を突かれたような顔を見せたが、すぐに満足げに口角を上げた。


 斜めだったご機嫌も、明弥の匙加減ひとつで、たちまちに直ってしまう。


「そうか。お前がそう言うなら」


 迅は明弥の手ごとガラス瓶を包み込み、宝物のように握りしめた。


 ふと、二人の視界の色が変わる。


 太陽が水平線に沈みきり、空の燃えるような茜色が深い群青色に飲み込まれ溶け合う瞬間。

 残照は輪郭を曖昧にして、世界を黄金色に染め上げる。


「……見て、迅。空の色がすごく綺麗」


「ああ。なにかが起こりそうな、そんな雰囲気だな」


 しかし、迅は景色を一瞥しただけで、すぐに視線を明弥に戻した。

 幻想的な空の色と同様に、目の前の伴侶が浮かべる表情も今しか見ることが出来ない。


「この心地よい風や匂い、薄明の色は……俺と明弥だけのものだ」


 やがて魔法の時間は終わりを告げ、夜が二人を包み込んでいく。


 小瓶に詰められた砂のように、この一瞬の煌めきは二人の間に永遠に留まり続けるのだろう。

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