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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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火花が散ったそのあと

 クルーズ船『セレシアンヌ号』のカフェテラス。

 司條(しじょう)明弥(めいや)は無言のまま、テーブルの上に広げられた残骸を見下ろしていた。


 それは、かつて繊細な硝子細工が施された美しいオルゴールだったものだ。

 今は見る影もなく砕け散り、鋭い破片となって光を反射している。


 明弥は呆れたように、口をつけていたトロピカルジュースを脇に置いた。


「……で? これを僕に、どうしろと言うの」


 明弥が視線だけを上げて問うと、向かいに座る鷹中(たかなか)柊生(しゅう)は気まずそうに視線を彷徨わせたあと、意を決したように頭を下げた。


「直してくれ。……いや、お前の『有の創造(能力)』で、元通りに創り直してほしい」


 柊生の声は苦渋に満ちていた。


 先日、彼が双子の姉と大喧嘩をし、その最中に彼女の私物を破壊してしまったことを、明弥は今し方聞かされたばかりだった。


「……僕の能力は、構造を完全に理解していないと使えない。こんな粉々になったゴミから元の姿を推測して再構築するなんて……面倒」


「そこをなんとか頼む……! お前しか頼れるヤツがいねーんだよ」


「…………」


 明弥は小さく溜息をつく。


 柊生がここまで必死になるのは、ひとえに姉である茉莉(まつり)のためだ。


 茉莉を泣かせたことを悔やみ、茉莉の笑顔を取り戻すためだけに、彼はプライドを捨てて頭を下げている。


 その事実が、明弥の胸に冷たい棘のように突き刺さる。


「……君は相変わらず、茉莉のことばかりだね」


「あ?」


「……昔から、君の行動原理はいつだって“茉莉”だ。このオルゴールを直したい理由も、茉莉のご機嫌取りのためでしょ。……君にとって、茉莉以外の存在は全部、駒に過ぎないんだろうね」


 ……僕も含めて。


 朱色の瞳が射抜くように柊生を見つめる。


 そこにあるのは呆れか、それとも自分など視界の端にも入っていないことへの苛立ちか。


「……自分勝手なこと言ってるのはわかってるよ。けど……俺には、あいつしかいねーんだ」


 迷いのないその言葉。

 それがどれほど残酷か、柊生は気付いていない。


「……はぁ。馬鹿みたい」


 明弥は自嘲するように笑うと、テーブルの上の残骸を引き寄せた。


 冷たい破片に指を這わせ、その構造を読み取っていく。


 明弥の能力は、触れた物体の構造を瞬時に解析することが可能だ。


 残された部品の摩耗具合、硝子の曲率、金属の密度など。それらの情報から、かつて在った姿を脳内で逆算し、再構築していく。


「……やってあげるよ。いつまでも辛気臭い顔をされても鬱陶しい」


「本当か……!? 恩に着る!」


 部品の解析に集中するふりをして、明弥は柊生の感謝を聞き流した。


「……それにしても、随分と精巧な細工だね。贈り主の趣味のよさが窺える」


「ふーん……そうかよ」


「……構造はわかった。創るよ」


 明弥がテーブルの上に手をかざすと、ノイズで乱れた映像のように空間が歪む。


 脳内の設計図をもとに物質が編み上げられ、瞬く間に美しいオルゴールが形を成した。

 陽光を反射して輝くそれは、新品そのものだ。


「……これでどう?」


「ああ、バッチリだ。流石は俺の自慢の親友様だぜ」


 出来立てほやほやのオルゴールを手に取ると、柊生はあらゆる角度から観察する。


 そして、顔を上げると満面の笑みを明弥に見せた。


「ありがとな、明弥。この礼は今度なんか美味いもんでも奢る」


「……まぁ、期待しないで待ってるよ」


 その後。


 柊生が自室へ戻ると、茉莉は真新しいソファの上に裸足の足を乗せて寝そべっていた。

 視線は壁に掛けられたモニターに向けられ、流れる映像をぼんやりと見つめている。


 一時は半壊したこの部屋も、今は新しい家具が運び込まれ、すっかり元の姿を取り戻したが、二人の空気はどこかぎこちないままだった。


「……茉莉」


 柊生が声をかけると、茉莉がびくりと肩を震わせて身を起こす。


 その怯えたような反応に胸が痛むが、柊生は背中に隠していたものを差し出した。


「これ」


「え……?」


 柊生の手にあるのは、あの日バラバラに砕け散ったはずのオルゴール。


 茉莉の目が大きく見開く。


「……悪かったな、大事なモン壊して」


 視線は外方を向いているが、柊生の手は茉莉へと真っ直ぐに伸ばされている。


 茉莉はおずおずとオルゴールを受け取り、手の上のそれを繁々と見た。


「癒華くんにもらったのと全く同じ……どうしたの? これ」


「明弥に頼んだ。だから、寸分違わず壊れる前と同じ筈だ」


「そっか……司條くんにお礼言わなきゃね」


 茉莉が小さなゼンマイを巻くと、美しく優しいメロディーが流れ出す。

 その機械仕掛けの旋律は、二人の間のわだかまりを溶かしていくようだった。


 オルゴールの音色に耳を傾けながら柊生は心に決める。

 今度会う時は、あいつの好きなパンケーキを腹いっぱい奢ってやろうと。

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