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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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白い火花《中編》

 荒れ果てた部屋の空気は、火花散らす姉弟喧嘩の余韻から重苦しい沈黙へと変わっていた。


 黒く煤けた『エデン』の室内で、館那谷(たてなた)幸宗(ゆきむね)は焼け焦げたソファにどっかりと腰を下ろす。


 痛々しい火傷を負った腕を組んで、目の前に立たせた双子を見上げた。


「で? 船を沈めかねないほどの大喧嘩の理由はなんだったんだ?」


 鷹中(たかなか)茉莉(まつり)は瞳を潤ませて俯き、鷹中(たかなか)柊生(しゅう)はバツが悪そうに視線を逸らして不機嫌そうに口を噤む。


「……柊生が、壊したの」


 ぽつりと、茉莉が声を絞り出した。


「ア? なにをだ」


癒華(るか)くんが、くれた……オルゴール」


 茉莉はその場に座り込むと、無惨に砕け散った硝子の破片やひしゃげた金属の部品を丁寧に掻き集め始めた。


 彼女の言葉から察するに、それはかつて繊細な細工が施された美しいオルゴールだったものだろう。


 幸宗の非難するような視線が柊生に向く。


「オイオイ……マジかよ、柊生くん。人様の大事なモンを壊して気を引こうなんざ、ガキのやることだろ」


「……うるせーよ」


 柊生は悪びれる様子もなく、吐き捨てるように言った。


「別にわざと壊したんじゃねえ。手が滑っただけだ」


「嘘だ!」


 茉莉が叫ぶ。柊生を見上げたその目からは、堪えきれずに大粒の涙がこぼれ落ちる。


「私が見てる前で、床に叩きつけたくせに……! どうしてそんな酷いことするの!?」


「……我慢の限界だったんだよ」


 茉莉の涙が、柊生の導火線に再び火をつけたようだった。


 彼はギリと奥歯を噛み締め、金色の瞳に暗い情念を宿して茉莉を睨みつけた。


「お前が! いつもいつも癒華、癒華ってうるせーからだろ!」


「え……」


「聞き飽きたんだよ! 俺が隣にいるのに、お前はずっとあのオルゴールばっかり眺めて……」


 柊生の声が、わずかに震える。


「俺なんかどうでもいいみたいに、あいつの話ばっかりしやがって……!」


 それは、ずっと胸の奥で燻り続けていた感情が、ついに爆発した瞬間だった。


 二人で一つの商品として、『セレシアンヌ号』の深奥で運命を共にしてきた二人。


 柊生にとって、茉莉は世界の全てだ。

 それなのに茉莉の心は常に、ここにはいない空川(そらかわ)癒華(るか)という男に向けられている。


 物理的な距離がどれほど近くても、心の距離は埋まらない。

 その焦燥と嫉妬が、贈り物という“象徴”を目にした瞬間、爆発したのだろう。


「だからって、壊すこと……! 癒華くんが、私にくれた……大切なものだったのに……っ。最低……!」


「あぁ、最低で結構だ。でもそうさせたのは茉莉、お前だろ!」


「……はいストップ。そこまで」


 再び火花が散りそうになるのを、静観していた幸宗が遮る。


 足を組み、焦げたソファに凭れかかりながら、閉じたままの扇を持ち上げて柊生を指した。


「柊生くん。気持ちは分からなくもねェが、今回はテメェが全面的に悪い」


「…………」


「いくら茉莉ちゃんに構ってもらえなくて寂しいからって、女を泣かせるような真似をすんのは流石にダサすぎんだろうが。ほら、姉ちゃんに謝りな」


 有無を言わせない幸宗の言葉の響きに、柊生は屈辱で顔を歪ませる。


 不承不承といった様子でその場に座り込んだまま俯いて泣きじゃくる背中を見下ろすと、おもむろに口を開いた。


「…………壊して、悪かったな」


 それは謝罪と呼ぶにはあまりに投げやりで、込められていたのは決して穏やかな感情ではなかった。


 茉莉はその言葉を聞いても顔を上げることはなく、ただオルゴールの破片を握りしめて震えている。


 その拒絶とも取れる態度が、さらに柊生の神経を逆撫でした。


 重苦しい空気が漂う中、幸宗はソファから腰を上げると、さめざめと涙を溢し続ける茉莉のそばに膝をつく。


「ほら、茉莉ちゃんもいつまでも泣いてちゃ、かわいい顔が台無しだぜ?」


「……だって……っ」


「まァ、壊れちまったモンは仕方ねェだろ。形あるものはいずれ壊れるんだ」


「そう、だけど……」


 依然俯いたままの茉莉に、幸宗は不意に自分の焼け爛れた腕を差し出して見せた。


 皮膚が変色し見るも無惨な状態に、茉莉はビクリと肩を揺らし、言葉を失う。


「なァ、茉莉ちゃん。この怪我、どう思うよ? 俺が痛がらないから、なんともなさそうに見えるか?」


「っ、そんなことは……!」


「う〜ん、だよなァ。今は自分の能力で自分を洗脳して痛みを感じねェようにしてるけど、このまま放っておいたら予後が悪そうな感じだよなァ」


 幸宗は見るも痛々しい腕を、わざとらしくぶらぶらと振ってみせた。


「今日ほどこの力に感謝したことはないぜ。人を操る能力ってのは便利なモンだなァ」


「ごめんね……幸宗くん、私たちのせいで……」


「おっと。これ以上泣くようなら、この洗脳を解いちまおうかなァ〜。 激痛にのたうち回る俺を見たら、それどころじゃねェだろ?」


「な、なに馬鹿なこと言ってるの……!?」


「ハハ、冗談冗談」


 幼子をあやすように、幸宗はポンポンと茉莉の頭を撫でた。


「ま、るかるかの能力なら、これを治すぐらい朝飯前だろ♪ だからそんなに悲観することもないってワケだ」


「でも……」


「ついでに茉莉ちゃんへの新しいプレゼントを用意するよう、るかるかに言っといてやるよ。だから、もう泣き止め。……わかったな?」


 茉莉は涙を拭い、小さく頷く。

 

「……ありがとう。気を遣わせて、ごめんね」


「気にすんな。これから死地に赴くことになるテメェらへの餞別だ」


「……やっぱり、桜花(さくら)さんに怒られるよね……」


「そりゃあなァ。この部屋の修理費としばらくのキャンセル料などなど……この騒動が船に与えた損害はそれなりだろうからなァ」


 茉莉が口にした名前から、実母であり、『セレシアンヌ号』の総責任者である館那谷(たてなた)桜花(さくら)の姿を思い浮かべる幸宗。


 世界中の誰よりも桜花の側にいる幸宗は、彼女が双子の処遇をなあなあで済ませてはくれないことを誰よりも理解している。


「俺もよしみで庇ってはやるけど、あんまり過度な期待はすんなよ。柊生くん、テメェにも言ってんだからな」


「……わかってるよ」


 問題はまだまだ残るものの、姉弟の喧嘩については一件落着のように思えた。


 だが、柊生の胸中の靄は晴れるどころか、より濃くなっていることだろう。


「ったく……手のかかる姉弟だぜ。俺に手間をかけさせたことも、きっちり落とし前つけてもらうからな」


 そう嘯く幸宗の瞳に宿る色は決して冷たくはない。


 自身の弟妹のように可愛がる双子を見るその横顔は、どこか楽しげに見えた。

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