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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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15/21

路傍の宝石

 それは、まだ二人が“王”と“一般市民”という関係でしかなかった頃の話。


 どこかの王政国家にある、港に程近いとある街。

 その僻地に、庶民の住宅が立ち並ぶ、人通りもまばらで特筆すべき点もない商店街があった。


 国王として先日即位したばかりの峠野(とうげや)(じん)は、雑事から逃れるために、適当な護衛を伴って逃避という名の散策に出ていた。


 だが、彼がどんなに世俗に紛れようとしたところで、金色の髪をなびかせる端麗な容姿と、気品ある所作から溢れるオーラは、道ゆく人々の視線を惹きつけて止まない。


 誰もが彼を見て感嘆の息を漏らし、あるいは畏怖の念を抱いて道を譲る。


 それは迅にとって、生まれた時からの“当たり前”であり、もはや謙遜の必要もないことだ。


 物心ついた頃から自分が持って生まれたものを自覚し、それらに足る振る舞いを身につけ、今日まで自身を疑うことなく生きてきたためだ。


 しかし、その“当たり前”は、路地裏にある古びた古書店の前で脆くも崩れ去ることになる。


 店の軒先にうずたかく積まれた古本の山。

 その中に、一人の少年が埋もれるように座り込んでいた。


 少女と見紛うほどに華奢な体躯。肩まである滅紫(けしむらさき)色の髪は恐らく碌な手入れをされておらず、天性の美しさを損なっている。

 とても洗練された身なりとは言えないが、なぜだかその容姿は宝石のように目を引いた。


 迅はふと興味を惹かれ、その少年の前で足を止めた。

 当然、少年も顔を上げ、王である自分に敬意を表すだろうと思ったからだ。


 だが、その少年は動かなかった。

 手にした本に視線を落としたまま、微動だにしない。


「……おい」


 迅は痺れを切らして声をかける。


 少年がゆっくりと顔を上げると、長い睫毛に縁取られた大きな朱色の瞳が、迅のヘーゼル色の瞳と交差した。


 だが、そこに映っていたのは驚きでも恐れでも、ましてや憧れでもなかった。


 無関心。

 まるで路傍の石を見るかのような、徹底した“無”だった。


「……なにか……?」


 淡々とした声。感情の起伏など欠片もないその物言いに、迅は言葉を失う。


「お前、俺が誰だか分からないのか?」


「……服の質と立ち振る舞いからして、まぁ……それなりの身分の人でしょう。でも、僕には関係ない」


 そう言うと、少年は興味を失ったように再び本に視線を戻した。


 その瞬間、迅の中でなにかが音を立てて弾けた。


 それは怒りであり、屈辱であり……そして、これまでに感じたことのない強烈な“渇望”だった。


 自分になびかない存在。

 自分の支配が及ばない領域。


 この少年を屈服させ、その瞳に自分だけを映させることが出来たなら、どれほどの征服感だろうか。


「……は、ははっ!」


 迅は突然、高らかに笑い声を上げた。


 周囲の群衆が何事かと振り返る中、彼は身を屈め、少年の顎を指先で強引に持ち上げた。


「……な、なに」


 少年の表情が、僅かな動揺によって初めて動く。

 その揺らぎを迅は見逃さなかった。


「気に入った。お前、名前は?」


「……答える義理がない」


「いいや、ある。俺は峠野迅。先日即位した、この国の王だ」


 少年は、迅が王という身分を明かしても取り乱したりすることはなく、敬う様子すら見せなかった。

 ただ、「……そう」と呟いただけだ。


 その態度が、迅の内に灯った火へさらなる油を注いだ。


「お前のその目。その無関心な態度。すべて俺が塗り替えてやる」


 困惑する少年の冷ややかな視線などまるでお構いなしに、迅は傲岸な笑みを浮かべる。


「今日からお前は、俺のものだ」


「……は?」


 それは、求愛というにはあまりに暴力的で、誘拐予告というにはあまりに堂々とした、王による宣告だった。


 迅の手が少年の細い腕を掴む。

 その熱さと強引さに、少年は抱えていた本を取り落とした。


 地面に落ちた本。そのページが風にめくれる音と共に、二人の歪な関係の幕が上がった。


 のちに、司條(しじょう)明弥(めいや)はこの時のことをこう振り返る。

「……最悪の出会いだった。一生分の不運を使い果たしたと思った」

 ……と。


 しかし迅にとっては、退屈な世界が色づき始めた記念すべき瞬間だった。


 石ころを見るような瞳が、やがて自分だけを見つめ、熱を帯びるまで。


 王の執着と支配は、ここから始まったのである。

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