瓶詰めの幸福
パチパチと薪の爆ぜる音が、室内に心地よく響く。
窓の外では、そこかしこが今宵は聖夜の祝祭に彩られていることだろう。
立派な暖炉の前に敷かれた、毛足の長い大きな絨毯。そこには三つの影が身を寄せ合うように座っていた。
「ふー、お腹いっぱい! チキンにピザにお寿司にケーキまで……食べ過ぎで動けないよー」
長男の鷹中蓮絆はゴロリと絨毯の上に寝転がると、猫のように伸びをした。
そのあどけない顔からは、とても長兄の威厳は窺えないが、その正体は“天才少年”とも呼ばれる化学者である。
「同感。俺も流石に腹がはち切れそう」
自身の腹をさすりながら蓮絆に同意を示したのは、末弟の鷹中柊生だ。
いつもどこか不機嫌そうな顔をしている彼だが、今日ばかりは幾分穏やかな空気を纏っている。
「無理するぐらいなら、残して明日温めて食べたらよかったのに」
二人の間に座り、呆れるように兄弟を交互に見たのは、柊生の双子の姉である鷹中茉莉だ。
彼女はマグカップを両手で持ち、湯気の立つホットココアにふうふうと息を吹きかけては、ちびちびと口をつけていた。
今日はクリスマス。
彼らにとってそれは、ご馳走を食べ、楽しい雰囲気に浸るための都合の良い謳い文句でしかないのだが、こうして団欒のひと時を過ごす口実となるなら、それも悪いことではないだろう。
「そういえばさ」
柊生が暖炉の火を見つめながら、ふと思い出したように口を開いた。
「ガキの頃、サンタクロースがどうやって家に入ってくるか、兄貴と話したことあったよな」
「あったあった! 懐かしいねー」
「へえ、そうなの?」
「マンションだから煙突もねーし、寝る時は玄関の鍵を閉めるし、プレゼントをもらえるか不安だったからな。そしたら兄貴のやつ、なんて言ったと思う?」
突然の柊生の問いに、茉莉は少し視線を上げて、なにもない空間を見遣る。
幼い頃の柊生と蓮絆を頭に思い浮かべ、その会話に想像を膨らませているようだ。
「うーん……お兄ちゃんのことだし、インターホンを鳴らして親が家に入れるんだよ……とか?」
「それはそれで面白いけど、当時の俺の答えは“サンタさんは分子レベルに体を分解して鍵穴から侵入したあと再構築するんだよ”だったかなー? 柊生はそれを聞いて、泣き出しちゃったんだよね」
「ハァ!? おい兄貴、適当なこと言ってんじゃねーぞ! てか、今聞いても普通にホラーだろ」
「でも、暗い部屋で再構築されるサンタさんなんて……もしそんなの見ちゃったら、一生のトラウマだよ」
顔を赤くして抗議する柊生と、怯えるように身を縮こませる茉莉を尻目に、蓮絆は「あはは」と声をあげて笑う。
そのまま蓮絆は身を起こすと、不意に懐から小さな包みを二つ取り出した。
「そういえば、プレゼントを用意してたんだった。はい、これ。お兄ちゃんから可愛い弟と妹にプレゼントだよー」
「えっ……?」
「俺はなにも用意してねーぞ」
「これは俺が渡したかっただけだからいいよー。ほら、開けてみて」
二人は、蓮絆に促されるまま包みを開ける。そこにあったのは小さな小瓶だった。
中には透明な液体が入っており、振るとキラキラと細かな粒子が舞い上がる。
「それはね、俺特製の“いい夢が見られる薬”だよー。副作用なし、依存性なし。ただ、飲んで寝ると、今自分が一番望んでいる幸せな夢が見られるんだ」
「……また、変なモン作って」
「わぁ……ありがとう、お兄ちゃん。すごく綺麗」
茉莉は小瓶を光にかざして、うっとりと眺めた。
暖炉の火に照らされたその横顔は、天使のように儚げで麗しい。
「別に、俺はいらねーな」
そう言うと柊生は小瓶を包みに戻し、絨毯の上に置いた。
「えー、なんで? 柊生は幸せな夢、見たくないの?」
「……わざわざ夢なんか見る必要ねーし。兄貴と、茉莉と、こうして話してる。俺はそれだけで充分だ」
その言葉に、蓮絆は一瞬だけ虚を突かれたような顔をした。
……捻くれ者の弟が、まさかそんなことを言うようになるなんて。
勝手に熱くなる目頭を悟られないように気を張りながら、蓮絆は柔らかく微笑んだ。
「……そっか。柊生は、いつの間にか大人になってたんだねー」
「ふん、いつまでも子供扱いすんな」
「柊生がそう言うなら、私も……今は飲まないでおくね。私もこの幸せな時間を夢で上書きしたくないから」
三人の間に言葉にはならない温かな空気が流れる。
暖炉の火が、静かに彼らを照らしている。
「あーあ。俺の自信作だったんだけどなー」
蓮絆は再び寝転がると、今度は茉莉の膝に頭を乗せた。
「ちょっと、お兄ちゃん? 重いよ」
「おい! 兄貴、お前っ、なにして……!」
「柊生、うるさいよー。茉莉もいいでしょー?」
「もう……少しだけだよ」
茉莉が優しく髪を撫でると、蓮絆は心地よさそうに目を閉じた。
その様子に柊生は、腑が煮え繰り返る感覚を覚えるが、少し躊躇ったあと、反対側から茉莉の肩に頭を預けることで落ち着けることにした。
「……兄貴がいいなら、俺もいいだろ」
「ふふ。まるで大きな猫が二匹いるみたい」
「にゃー」
軽口を叩き合いながら、三人の時間は穏やかに過ぎる。
外の世界がどれほど寒くても、運命がどれほど過酷でも、今だけは、誰も彼らの邪魔をすることを許されない。
やがて、蓮絆の寝息が聞こえ始め、つられて柊生も安心したように瞼を閉じた。
二人の体温を感じながら、茉莉は暖炉の炎を見つめ、心の中で祈る。
(またこうして、三人でクリスマスを迎えられますように)
聖なる夜の温もりは、終わりが来るその時まで、優しく彼らを包み込んでいた。




