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終末は旅客船で踊り続ける  作者: 成多摩せせり


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手の届く距離

 世界を一周するクルーズ客船『セレシアンヌ号』。

 その船内にある図書館は、静謐な空気が満ちており、喧騒から逃れるにはうってつけの場所だ。


 だが、今の鷹中(たかなか)茉莉(まつり)にとっては、少々厄介な場所となっていた。


「……んんっ、あと少しなのに……っ」


 茉莉は書架の前で、爪先立ちになってぷるぷると震えていた。


 目当ての本は、一番上の棚にある。小柄な彼女に対して、本棚の高さは2メートルはあるだろうか。

 あと数センチ、指先が届きそうで届かないもどかしい距離。

 近くに踏み台は見当たらない。かといって、通りがかりの乗客に頼むのは、人見知りな彼女の気質が阻んだ。


(“熾天使の顕現(超能力)”を使って浮けば簡単だけど……図書館で翼を広げるわけにもいかないし)


 ふん、と気合を入れて再度ジャンプしようとした、その時だ。

 背後からすっと伸びてきた腕が、茉莉が狙っていた本をいとも簡単に掴み取った。


「これか?」


「……え?」


 頭上から降ってきたのは、聞き慣れた少しぶっきらぼうな声。


 振り返ると、双子の弟である鷹中(たかなか)柊生(しゅう)が、呆れたような顔で立っていた。

 彼の手には、茉莉が苦戦していたハードカバーの書籍が握られている。


「……見てたなら、もっと早く助けてくれてもよかったのに」


「全然届かないのを一生懸命取ろうとしてるのが、おもしろ……いや、可愛かったからさ」


「む……お姉ちゃんを馬鹿にして」


 茉莉は頬を膨らませて抗議し、柊生の手から本を受け取ろうとする。

 しかし、柊生が意地悪く手を高く掲げると、茉莉の手は空を切った。


「ちょっと、柊生?」


「一体、どんな本をそんなに必死になって取ろうとしてたんだよ。……『世界の絶景写真集』?」


「……ちょっと気になったの」


「ふーん。まぁ……いいんじゃね。普段、海しか見られねーしな」


「わかったら、返して」


 茉莉が拗ねたように言うと、柊生はふっと口元を緩め、掲げていた手を下ろした。

 その表情は、先ほどまでの意地悪なものから、どこか慈しむような、柔らかなものへと変わっている。


「はいはい。ほら、落とすなよ」


「……ありがと」


 ようやく本を受け取った茉莉は、それを両手に抱えて柊生を見上げた。

 かつては同じ目線だったはずの双子の弟……それがいつの間にか、こうして見上げなければ目が合わなくなってしまった。

 そのことが少し悔しくもあり、同時に頼もしくもある。


「ねえ、柊生」


「……んだよ」


「一緒に見ない?この本。今まで寄港した国の景色も載ってるかもしれないし、勉強しておいてもいいでしょ?」


「はぁ? ……別に、俺は興味ねーんだけど」


 柊生はそっぽを向いたが、その足は図書館の出口へと向かわず、窓際のソファへと向かっている。

 茉莉はその背中を見て、思わず笑みを溢した。言葉とは裏腹に、彼が茉莉との時間を拒まないことを知っているからだ。


「まぁでも、姉貴がどうしてもって言うなら……見てやる」


「それじゃあ、解説があったら私が読み聞かせしてあげる。特別にね」


「はは。それはありがたく聞かせてもらわねーとな」


 窓から見える海を背にし、ソファに並んで座ると、二人は肩を寄せ合って本を開いた。

 茉莉がページを捲るたび、柊生が横から覗き込む。外の世界を見ることができない二人にとって、写真の中の景色はとても魅力的だった。


「いつか、こういうところに行ってみたいなぁ」


「……そうだな。しょうがないから、その時は俺も付き合ってやるよ」


 柊生の声は普段より穏やかだった。


 本棚の上の本には届かなくても、隣にいる弟には手が届く。

 茉莉は、そっと膝の上に置かれていた彼の小指に自分の小指を重ねた。

 柊生は一瞬だけ視線を動かしたが、その指を振り解くことはしなかった。


「ふふ。約束、だからね」


 静かな図書館の片隅で、金銀(こんごん)の瞳は同じ未来の景色を映していた。

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