第9話:皮肉にも、その名にふさわしく
砂浜から離れた岩場。アッシュは、苦労して箱を引き摺り上げている。
「アッシュ。その箱、そんなに重いのですか? 貴方の腕力でしたら、それくらい軽々と持てそうなものですが」
アッシュの様子を見て、水晶の向こうの女神はそういった。
軽々って……アッシュのヤツ、鍛えてはいるようだったが、自販機くらいの木箱をそんな持ち方できるようなヤツだったのか?
「それがですね、この箱、その場から動かないようにする魔法が掛けられているようです。まあ、自分の力なら無理矢理動かせますが。なぜジェロー様のゴムボートでは動かせたのでしょうか……?」
首をかしげるアッシュ。少し無茶な力の入れ方でもしてたかのように、肩を回したり、ストレッチしている。
「本当ですか? ココアちゃん、私にも木箱をよく見せてください」
「はいはい」
「『はい』は一回でいいですよ」
「へ~い」
とは言え、これでは満足に動かせない。アタシは水晶を近づけ、女神に木箱を見せてやった。
「これは……座標固定の魔法がかかっていますね。特定の魔法でないと動かせないようにしているようです。私たちの世界では、重要なものを保管するために使っていますね」
「ふ~ん、盗難対策?」
「本来はそうなんですが……この箱には、護符を貼り付ける形で魔法を掛けてますね。なので、札を剥がせば簡単に解除できます」
「なんだそりゃ。意味ねえじゃん」
言いながらアタシは貼ってあった札を剥ぎ取る。そしてアッシュが試しに動かしてみる。
「おお、全然違いますね!」
そして、今度は本当に軽々と持ち上げ、ある程度のスペースがあるところまで木箱を運んだ。それでも、まだアッシュは何か引っかかっているような顔をしている。
「う~ん……自分に取っては十分軽いですけど、元々相当重いものが入っているみたいですね」
「確かに、見た目重そうだな。なんかしっかりした作りしてるし」
アタシも気になったので、木箱を持ち上げて見ることにする。
アタシは親父に格闘術を仕込まれてた時期があり、体こそ小さいけど、体の動かし方や力の使い方は普通の人より上だ。
正直、相当なヤツまで相手にできる自身がある。
しかし、木箱はそんなアタシが両手で持ち上げてみてもびくともしない。
「うっ……アッシュ、お前こんなのよく動かせるな……」
「まあ、自分の取り柄は筋力と体力だけですからね! さ、中身を確認しましょう!」
「そうだな」
……と、平常を装っているアタシだが、内心ちょっと、ガラにもなくワクワクしちゃってるというか……。
だってさ、あまり考えないようにしてたけど、これって要するに『宝箱』だよな? 護符が貼り付けられていただけだけど、なんだか大切なものらしいし? もしかして伝説の剣だったり魔導書だったりが出てくるかも……。
「あの、ココアさん。食い入るように見ているところ悪いですが……」
「うぇッ!? い、いや、見てねえけど?」
「そうですか? まあ、少し離れておいてください。罠の可能性もありますので」
「お、おう……」
アッシュの忠告に従い、近くの木の陰に避難するアタシ。
それを水晶の向こうの女神がニヤついた顔で見ている。
「ココアちゃん、アレですか? まだこういうの、ワクワクしちゃうお年頃なんですか? ん?」
「黙れ、このクソ……」
「まあまあ、いいじゃないですか。ココアちゃんは大人と子供の間の年なんですから。だから貴女は正しく、そして幸運です。まずはその性癖を受け入れたまえよ……」
「うっせー黙れ死ね」
アタシは女神とそんなやりとりをしながら、アッシュが木箱を開けるところを見ていた。
そしてアッシュは、例の『インベントリ』から取り出した。
全長2.5メートルくらいの、鉄骨みたいな剣を。
「なんじゃありゃ……」
「何って、剣ですよ。剣はこちらの世界にもあるでしょう?」
「あんな、鉄板にただ取っ手付けたようなモンはねえよ! それに、剣だって普通のヤツは持ってすらいねえ!」
すると、女神は細い顎に指を当てて、
「そういえば全然見かけませんねー、『サムライ』と『ニンジャ』。ジェローから聞いて、楽しみにしてたんですけど……」
とか言っている間に、アッシュはその鉄塊を振りかぶり――
「はッ!!」
と、横薙ぎに一閃! バキィッ!! と派手に音を立てて、宝箱の上部は消し飛んだ!
「……はい?」
アイツ、「開ける」って言ってなかったっけ。アタシの思ってた『開ける』じゃない。
もう木箱の上半分はボロボロだ。せっかくいい感じの立派な箱だったのに。コレ、罠の可能性を考慮した開け方じゃねえだろ。
「やや、ココアさん。もう大丈夫ですよ、ミミックではないようです!」
一仕事終えました、みたいなさわやかな声で言ってくるアッシュ。
「あ、そういうこと……」
「はい! それにココアさん、見てください!」
アッシュが箱の中身を指し示すので、近づいて見てみる。すると――
「うわ……すげえ」
中には、ゴテゴテと宝石にまみれたティアラやら、金でできてるっぽい杯やら、銀色のなんだか分からないやつやら……。
そして、それらの中心に埋まっている、細かい装飾が施された剣。
他のヤツに比べて、これはまだ上品な気がする。そこはかとなく威圧感みたいなものが漂っている。
もしかして、結構よさげな剣なんじゃなかろうか。
つまり、この木箱はマジの『宝箱』だったワケだ。人生初宝箱だよ。ちょっと感動。
「……って、そうだ。アッシュ、『破片』っぽいものはあったか?」
財宝に目もくれず、ガチャガチャ箱を漁るアッシュに聞いてみる。
「いえ、それらしきものは何も……。女神様、まだ『破片』の反応はありますか?」
「ええ、ずっとありますよ。その箱が発生源なのは間違いないでしょう。もしかすると……」
女神のヤツは水晶の向こうで顔を近づけているのだろう。品定めをしているような表情が大きく映った。
「この箱の素材、『世界樹』の枯れ枝かも知れませんね」
「おお、なるほど! 自分、魔力感知できないので分かりませんでした!」
「何? お前らの世界のものだってことは確定なのか?」
アタシの質問に、女神は頷いた。
「おそらくそうです。実は、アッシュが箱の蓋を吹き飛ばしたとき、『破片』の反応が散ったように見えたので、間違いないと思います。それに……」
「ん?」
「その剣、私の記憶違いでなければ、ジェローが使っていた『愚物のジャスティス・ルーラー』です」
すげえ名前だな。『愚物』ってなんだ『愚物』って。
「やや! これが、かの有名な!?」
よく分からん名前にシラケるアタシと対照的に、目を輝かせて箱をのぞき込むアッシュ。
「それ、そんなにすごいヤツなのか?」
「はい! これは、光の嵐を巻き起こす剣、『ジャスティス・ルーラー』を変質させ、『愚物』の効果を追加したものなのです! 特殊な効果があるのに、さらに変質までできるのは、とても貴重なのです!」
「そ、そうなのか……」
コイツ、何に興奮してるんだ……?
「……で、『愚物』って何?」
「使い手の魔力を、自動的に回復してくれる効果のことです!」
「それのどこが『愚物』なんだよ……っていうか、なんで親父の剣が海に沈んでたんだ?」
× × ×
……と言うわけで、スマホで親父を呼び出す。
そして返ってきた答えときたら、
「あーっ、懐かしい! それ、昨日話したやつ!」
「……は?」
「ココアが昔『宝探しやりたい!』って言ったから、パパの実家から財宝をちょろまかしてきて作ったんだよ~。『世界樹の枯れ枝』を加工すれば海に沈めても痛まないし! ただ、宝石とかだけじゃ見た目がイマイチだったから、『ぐぶジャス』も入れてたんだっけ。忘れてた、てへっ」
「光の嵐をブッパできる剣で遊ぶなよ!!」
ビデオ通話の向こう側でキモいポーズをとる元勇者に叫ぶアタシ。
魔力を回復できる剣が『愚物』なら、このオヤジはなんて呼べばいいんだ。




