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第8話:呼吸さえあれば……

 まぶしい日差し。青い海。白い雲。そして、水着のアタシとアッシュ。


「いやあ、こちらの世界でも、晴れた空に海というのは気持ちのいい景色ですね!」

「……あー、そうだな」


 ダチ共と不毛な一悶着起こした翌日、アタシとアッシュは海に来ていた。ゴムボートを持って。

 ……遊びに来たわけじゃないからな。


 …………アッシュとデートとかでもないからな!! 探索だよ、探索!


 説明するぞ。


 まず、アッシュはボートを借りて海のど真ん中にある『破片』の反応を調べていた、と。

 だが、当然何も見当たらない。

 まあ、海に反応があった時点で海底にあるんじゃないかという想像はついていた。

 だから、お袋からもらった護符で息をしながら、海底を歩いて探索していたらしい。具体的にどうやったのかは知らんけど。


 そして、反応の原因になったものを見つけた。

 それは、明らかアッシュの世界で流行した装飾のある木箱だった。相当大きくて重いヤツらしい。


 つまり、見つけたのはいいが、泳げないアッシュがひとりで持ち帰るには無理があった。

 そこで、昨日の「自分『に』付き合ってください」発言につながる訳である。


 要するに、見つけた物を引き揚げるのを手伝ってくれということだ。

 まったく紛らわしい。昨日からチャットの着信がうるさいったらないんだぞ。


 だけど、アッシュは適当にそんなことを言ったわけではなかった。自分一人で使命が果たせないと分かったとき、アッシュはかなり悩んだそうだ。


 アッシュが目指す騎士というのは市民を守るためのものであって、自身の目的のために市民を巻き込むことは良くないと考えていたらしい。


 しかし、それでは使命を果たせないままだ。それではいけない。

 だから、自分を曲げて、恥を忍んでアタシに協力を申し出た、ということだった。


 ……少し、意外だった。普段何も考えていないようなツラして、『騎士としてどうなりたいか』とか、『使命を果たすにはどうすればいいか』とかちゃんと考えていた。そして、そのための行動をとった。それまでの自分を変えてまで。


 そんなことを聞かされちゃあ、協力しなけりゃアタシの名が廃るってもんだ。アタシはアッシュの申し出を受けた。


と言うわけで、アタシは物置からゴムボートを引っ張りだし、アッシュと共に海に来たわけだ。


 ちなみに、このゴムボートは例によって親父が改造した魔道具だ。魔法によって漕がなくても進むし、何よりサルベージのための魔道具まで搭載しているとのこと。


 なぜそんなものが用意されていたのか親父に聞いたら……、


「ココアが幼稚園のころ、『大きくなったら海で宝探ししたい!』って言ってたから、いつか驚かせようと思って……」


 だとさ。まったくあの親父は。


「いらねえサプライズを企みやがって……」

「まあまあ、ココアさん。それでもこうして役に立っているではないですか!」

「結果的にはな~」


 アッシュが足踏み式のポンプでゴムボートを膨らませるを待ちながら話すアタシ達。

 どうせなら、自動で膨らむ魔法までつけてくれれば良かったのに。気の利かねえ親父だ。


「ところでアッシュ。お前、昨日はどうだったんだよ?」

「やや? どう、と言いますと?」

「山を探索してたときは何回も死んでたけど、昨日は大丈夫だったのか?」

「大丈夫ですよ、色々ありましたけど!」


 って言うから詳しく聞いてみたら、漁船の網に絡まるわ、釣り針に引っかかるわ、サメに襲われるわ……、最後なんか、『破片』の反応の元らしき箱を引き揚げようと四苦八苦してたら、エイか何かに毒針で刺され、海中なので薬もうまく飲めずに死んだらしい。

 アタシに協力を求めようかと考えたのはその後だってさ。


「やっぱりそんな感じかよ……」

「あはは! お恥ずかしいかぎりです!」

「いや、恥ずかしいとかの話じゃないが……」


 そして、話をしている間にゴムボートが完成する。

 ただし、アッシュは乗らない。乗るのはアタシだけだ。海上からだと、昨日見つけた箱の位置が分からないから、アッシュは今日も海底を歩いて行くらしい。


 じゃあ、アタシはどうやってアッシュの場所をたどっていくかというと……


「この先、二人きりが有効ですね、ココアちゃん」

「ちゃん付けすんじゃねえよ」


 今日は、女神との通信をする水晶をアタシが預かっている。そして、女神経由でアッシュが海底のどこにいるのか教えてもらうのだ。


 正直、超ヤダよ。

 こんなやつと通信越しとはいえ、二人きりになりたくねえよ。

 そしてアッシュの方は――


「こちらは準備できました!」


 と、全身に金属の甲冑を着込んでいる。

 マジで中世ヨーロッパ風ファンタジーにでてくるヤツ。

 さすがに、口元で呼吸のための護符を使うので、兜までは着けていない。


 コイツはこれを着けてわざと海底まで沈み、歩いて探索していたらしい。


「お前、昨日もそんな格好してたのかよ……」

「やや、合理的だと思うのですが……」

「誰かに見られなかっただろうな?」

「大丈夫です! 人の気配が無いところで行動していますからね!」

「……それならいいけど」


 まあ、この時代、見られていたならすでに騒ぎになっているだろう。


「じゃあ、そろそろ行くか」

「はい!」


 こうしてアタシと女神は海上を、アッシュは海底を進んだ。


   ×   ×   ×


 ……で。


「ああ……せっかくココアちゃんと二人っきりなのに、こんな水晶越しにしか話せないなんて……」


 魔法で自動運転中のゴムボートの上、過剰なくらいシナを作り、嘆いてみせる女神。

 絵にはなるのが腹立つ。


「これでは、背後に立って蹴り落とすこともできません……」

「意味分かんねえよ。なんじゃそりゃ」

「ふふ、様式美、というものです。ココアちゃんには少し早かったでちゅか?」


 後半に殺意を抱き、海に水晶を捨ててやろうと思ったが、踏みとどまった。


「しかし、自動運転というのは楽ですが、ヒマですねー。なんか面白い話ありませんか?」


 どのみちゴムボートに乗っていないのに、そんなことを言い出す女神。


「うるせー。お前と話すことなんてねえよ」

「つれないですねえ~」


 波に揺られながら、内容のない会話を交わすアタシ達。

 話す相手は全く違うが、それでもこうしているとどうしても思い出す。


 小学校の、いつくらいの時だったか、こうやって美湖のヤツとボートに乗って遊んだことがあった。あのときは、アイツは姉貴の自慢ばっかりで、むしろアタシがからかう側だったけどな。


   ×   ×   ×


「ココちゃん。お姉ちゃんね、テスト、学年で一番だったんだって」

「小学校でもずっと一番だったからなー。アタシももう驚かねーよ」


 姉貴の話をするとき、アイツはいつも嬉しそうだった。


「それでねー、お姉ちゃん、テニス部に入ったって言ったよね?」

「うん、聞いた」

「そしたらさ、一年なのに団体戦に出てさ、相手のエースに勝っちゃったんだって!」

「マジでなんでもできるな、お前のねーちゃん」


 アタシがちょっと褒めると、アイツはだらしない顔でニヤけたもんだ。


「そうなんだよね~。お姉ちゃん、さいきょーだからね~」

「じゃあお前も、もうちょっと足速くなんねえとなー」

「むう……ココちゃん、いじわる」

「へっへっへ……」


   ×   ×   ×


「ココアちゃん、ココアちゃ~ん。無視しないでくださいよ~、私一応、女神ですよ~?」


 ……おっと。威厳のない神サマのせいで意識が過去に飛んでいた。


「アッシュが目的の箱のところにたどり着いたようですよ」

「やっとか……結構沖のところまで来たな」


 海岸沿いの家がギリ見えるくらいの距離だ。周囲には何もない。

 もっと沖合のほうに漁船かなんかかちらほら見える。


 例えば今、アタシが助けを呼んだとして、その声は誰かに届くだろうか(当然、女神はカウントしない)。


 ……淋しい? バカ言え。


「ほらココアちゃん。午前中から黄昏れてないで、さっさと箱をサルベージしちゃいましょう」

「代わりにお前を海底に置いてこられればいいのになー」

「まあ、神相手になんたる不遜。返って新鮮です」


 しかし、いつまでもアッシュを海底にほったらかしにするのも忍びない。アタシはサルベージ装置の準備を始めた。


 『サルベージ装置』とは言ったものの、まさかゴムボートにクレーンをくっつける訳ではない。使うのは折りたたみ式の、直系2メートルくらいの輪っかだ。

 木でできていて、ところどころ複雑な模様が刻んである。それを海に浮かべる。すると、輪っか全体が白くぼんやりと光り、その中心から海中へ光の帯が伸びていく。沈んでいる箱を魔法の力で包み、引っ張り上げようと言うわけだ。


 アタシはそれに疑問を持ったりツッコミを入れることなく、淡々と進めていく。

 ……はあ、順調に毒されつつあるなあ。大丈夫かアタシ。


 適応力が高いのか、現実逃避しているだけか。憂鬱感を抱えていると、輪っかが今度は緑色に光り始めた。親父の説明書によると、沈んでいるものを魔法で捉えることに成功したらしい。輪っかの一部に、『引き揚げ進捗:7%(あと5分40秒)』とかご丁寧に表示されている。


 特にモーター音とかがするわけでもなく、淡々と引き揚げる魔道具。海上でひたすら待つアタシ。女神が話しかけるのを無視しながら。

 そして海の底から、やっと姿を現した。


 自動販売機くらいの木箱と……その上に仰向けでぶっ倒れているアッシュが。


「うおおおおおい! やっぱりか!?」


 ゴムボートから身を乗り出したアタシがガクガク体を揺すると、アッシュは咳き込み、息を吹き返した。

 幸い、死んではいなかったようだ。まあ、ホントに死んでたらまた転送されてただろうけど。風呂場にな。


「ゴホ……うう、面目ないです。箱に乗って引き揚げてもらおうと思ったのですが、途中で護符を落としてしまい、にっちもさっちもいかず……」

「なんでそんな横着しようとしたんだよ。らしくねーな」

「自分、上下に動く足場には乗らずにいられない性分でして……」

「アホ」


 そしてアタシ達は、引き揚げた木箱を人目に付かないように海岸に運んだ。


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