第5話:山→風呂→山→風呂(秘湯巡りではない)
翌日の午後。
「それでは、行ってきます! ココアさん!」
「ホントに大丈夫なんだろうな……」
バイトに行くくらいの気軽さで山へ入っていくアッシュ。
ネットでざっと調べた登山用品を持たせてはいるのだが、『インベントリ』とかいう異空間にしまっているので、見た目は山をナメているとしか思えない格好である。
山の麓までは、バスでアッシュを送ってやった。乗り方は教えたし、金も余裕をもって持たせた。探索が終わったら、メシ食って帰ってくるくらいはできるだろう。
アタシはそのままバスで戻り、商店街で食材を買い足してから家に戻る。
アッシュのアホもいないし、通信用の水晶もそのアッシュが持って行ってるから女神のやつが口を出してくることもないし、やっと静かになった。一日しか立ってないのに、ずいぶんと久しぶりに感じる。
自分が明確にほっとしているのを自覚しながら、少し早いけど昼メシの支度にかかる。
完成形をイメージし、目の前の食材と向き合いつつも、複数の調理工程を進める。
イラついていた心が静まっていく。
意外だと言われることが多いが、アタシの趣味は料理だ。
お袋も親父も大分料理がヘタだったから、見かねたアタシが代わりに作るようになった。
なんでヘタだったのかは昨日分かった。まさか異世界出身だったとは。そりゃ地球の食材や調理方法は使いづらかっただろう。
そしてできました。ズッキーニとかほうれん草とか入れて作ったボロネーゼ。
親父の赤ワインを勝手に使わせてもらった。アタシに隠れていろいろやってたみたいだし、これくらいはやり返してやらないと。
アッシュの昼メシが、朝ぱぱっと作ったおにぎりだけなのが頭をかすめ、少しかわいそうな気もしたが……まあ、作ったのはアタシだ。何に遠慮することもないと気を取り直し、パスタにソースを絡め、フォークで巻き取る。で、食べようとしたとき――
「ただいま戻りました! ココアさん!」
全裸アッシュ登場。風呂場から。
「ぶふッ!!」
思いっきりむせちまったよクソ。
「けほ、げほ……あ、アッシュ……お前……」
「あっはっはっは! いや~、また死んでしまいました!」
あっけらかんと笑うアッシュ。そして目ざとく(まあ当然目には入るだろうけど)アタシが食べる寸前だったボロネーゼに注目する。
「やや、昼食ですか? 美味しそうですね! 何という料理ですか? 自分の分もありますか?」
全裸のままテーブルに迫ってくる無邪気なアホ。
「分かった! お前の分も作る! だから服着てこい早く!!」
アタシがゆっくり料理を堪能できるのはいつになることか。
× × ×
アッシュのメシも用意し、食べ終わったところで事情を訊いてみる。
ちなみに、アッシュは女神が供給したゆったりしたルームウェアに着替えている。
「いや~、それがですね……高い木のてっぺん当たりに鳥が巣を作っていたんですよ!」
「ああ」
なぜか少し楽しそうに語り出すアッシュ。一応、お前の死んだ時の話をしているんだが……。
「で、ちょうど鳥が巣の材料らしきものを運んでいたわけですが……」
「ほう」
「その材料から感じる気配が、なんだか『世界樹』に似ている気がしたもので……」
「ふむふむ」
「ひとつ、直接確認しようと思って木をよじ登ったのですが……」
「それでそれで?」
「途中で落下して死んでしまいました!」
「やっぱりか……」
山に探索に行くって言い出したあたりから、そんな感じのオチになるんじゃないかと思ってたよ。帰ってくるのが予想より早かったけど。
「なんかさあ、空飛ぶ魔法とか使えねえの?」
「あるにはあるのですが……そういった便利な魔法が使える人材は、別の世界に探索しに行っていますね」
「じゃあ、魔法の道具とかは?」
「そういったのもありますが……」
とアッシュが言いかけたとき、勝手に水晶が飛び出してきて、女神が会話に割り込んだ。
「魔法が全く使われていないこの世界に魔道具を持ち込むことは、そう簡単には許可できません。魔法の存在が知られると、悪用される心配がありますから」
「ふ~ん……って待て。じゃあ親父がこの家に仕込んだ魔道具ってのはいいのかよ?」
「問題ありません。ジェローが改造した道具の魔法構造は、すでに私たちの魔法とは全く異なります。仮にこれらの『デンカ製品』が解析されたとしても、私たちの世界に危害を加えられる技術は得られないでしょう。その技術がこちらの世界にとってどうかは知りませんが」
「あーそうかよ……使えねーな」
「今、何か言いましたか?」
「別に~」
この女神は自分たちの世界さえ無事なら、他の世界はどうだっていいらしい。神ってのはそんなやつばかりなのか?
アタシは役に立ちそうもない女神から、アッシュに話を戻す。
「じゃあ、お前どうすんの? 高いところの様子が見たいだけなら、『ドローン』って空飛ぶ小さめの機械があって……」
「おお、そのようなものが! それは便利そうです!」
アタシのうかつな発現に食いつくアッシュ。
あ、ヤベ。ぬか喜びさせちまった。
「いや、悪い。たしかドローンって簡単には飛ばせないやつだった。確か許可がいるやつだから、すぐは無理かも……」
慌ててアタシが自分の発現を引っ込めると、またしても女神が口を挟んできた。鬼の首を取ったような顔で。
「な~んだ。結局貴女にも、できることはないんじゃないですか。使えない子ですねぇ。こういうのって、『ざぁこ』っていうんですよね? ココアちゃんは『ざぁこ』ですねぇ~」
「ンだと、このクソ……!」
こんな風にして煽ってくるヤツはアタシの周りにもたくさんいる。普段は全く相手にしないが、さすがにルームウェア供給機程度の女神に言われると腹が立つ。
だが、そんな空気も、脳天気なアッシュの言葉でかき消された。
「まあ、魔道具も『どろーん』も、無いのなら仕方がありません! もう一度行って、登ってきます!」
そう言ってアッシュは立ち上がり、
「は!? ちょ、お前……」
とアタシが止める間もなく、勢いよく出て行ってしまった。
……そして4時間後、アッシュは風呂場から元気よく帰ってきた。




