第2話:無敵時間のない世界
「ココアさん、この空中に張ってある綱はなんですか?」
「ああ、これは家に電気を供給するための電線だよ。あとココアって呼ぶな。早来さんと呼べ」
「こちらの赤い箱はなんですか? ココアさん」
「それは手紙とかをとりまとめて配達してもらうためのポスト。そしてココアって呼ぶな」
アタシの家に移動する間も、アッシュのやつは忙しく辺りを見回して、目に映るものについてあれこれ質問してくる。コイツの世界がどんなところかは知らないが、まあ何もかもが分からなくて当たり前か。アタシ以外のやつに尋ねて不審に思われるよりマシだと思っておくことにする。
そして住宅街へ向かって道路を渡ろうとしたアタシ達。まだ通勤時間帯には早いから車は全然ない。アッシュは信号とかについてもどうせ知らないだろうから軽く説明しておく。
「こういうデカめの道路とかさ、反対側のあの明かりが青くなってから渡るんだぞ。赤いときはダメだからな」
「わかりました!」
……はあ、何が悲しくてアタシが交通ルールの解説をしなけりゃいけないんだ。
なにやらアイデンティティ崩壊の気配を感じながら、横断歩道を渡ったアタシ。アッシュはアスファルトの道路と横断歩道のシマシマが珍しいらしく、車道のど真ん中でしゃがみ込んで道の表面を撫でていた。
そのとき、アタシもぼーっとしてたから気づくのが遅れた。
アッシュに向かって自動車が猛スピードで突っ込んできていた事に。
運転手の顔が突っ伏しているのが見える。居眠り運転かよ!?
「早く渡れアッシュ!!」
「む? ……おお!」
アッシュもやっと顔をあげ、自分が轢かれそうになっているのが分かったらしい。しかし……、
「はッ!!」
とか言って、一瞬で服を脱ぎ去って全裸になるアッシュ。
何してんだ!?
しかも、
「とうッ!!」
今度は頭から車にダイブするアッシュ。当然、ガゴン!! と、派手な音とともに車にぶっ飛ばされる。
いや、何してんだマジで!?
アッシュが何をしたかったのかは全く分からないが、とりあえず車に撥ねられたのはヤバい。アタシは急いで歩道で大の字になっているアッシュに駆け寄った。
「お、お前、大丈夫か!?」
とは聞いたものの、見た感じ大丈夫ではない。頭からガッツリ出血している。
しかし、そのわりにアッシュは平気そうだった。すくっと、スムーズに立ち上がる。別に痛そうにもしていない。なんなら、軽くほほえんですらいる。
「はい! まあ、これくらいなら何ともありません! 自分、体力には自信あるので!」
「いや、なんともあるだろ。頭、血ィヤバいぞ」
「大丈夫ですよ! 回復薬がありますからね!」
そしてアッシュの手元に出現する、なんか液体が入った小瓶。もう、どこから取り出したのか? とかはツッコまない。アタシにだってそれくらいの学習能力はある。
ともかくアッシュがその謎液を一口飲むと、アッシュの身体を一瞬、緑色の光が包む。と同時に、アッシュの身体にできていた擦り傷とかがなくなったのが分かった。頭に付いた血はそのままだったけど。
「お、おい、それで大丈夫なのかよ?」
「はい! 傷は塞がりました!」
「ならいいけどさ……」
とは言ったものの、本当は全然よくない。実質被害はなかったとは言え、交通事故だ。警察が来ればアタシ達は間違いなく事情を聞かれる。その時に、この世界のことをまだ分かっていないアッシュのことをどう説明するか……。
アッシュを撥ねた車はすでに逃げてしまっていた。まだ海に近いこともあり、民家は少なく、目撃者もなし。
居眠り運転を見逃すことになるが……逃げるか。
「おいアッシュ、早く服着ろ。人気のないとこまで行くぞ」
そうしてアタシはアッシュを連れて、通りを離れた路地まで駆けだした。
× × ×
「ふ~、まあ、ここまで来ればいいだろ」
とりあえず人目に付かさなそうなところまで逃げ込み、アタシ達は一息ついた。
「ココアさん、なぜこんな逃げるようなことをするのですか?」
アッシュはまだ自分の微妙な立場を分かっていないみたいだ。
「事実、逃げたんだよ。お前みたいな不審者、あっという間に警察に拘束されるぞ」
「ケイサツ、とはなんですか?」
「あ~、この国の悪いヤツらをつかまえる組織のことだ」
「ああ、それなら自分たち騎士と似ていますね!」
「そう言えなくもないけど……それよりお前、本当に身体大丈夫か? なんであんな頭から突っ込むようなことしたんだよ。しかも全裸で」
アタシがそう聞くと、なぜかアッシュの方も不思議そうな表情をしていた。
なんか腹立つな。お前が不思議そうにしていることが不思議だわ。
「いや、あれくらいの突進なら『ローリング』で余裕をもって回避できると思ったのですが……服を脱いで装備重量も軽減しましたし……」
「え、なに? ローリング? 何それ」
「ローリングは飛び込み前転による回避行動の事ですよ! そうすると無敵時間が付与されて攻撃をすり抜けることができるじゃないですか!」
それを知らないこっちの方がおかしい、みたいなテンションで言い出すアッシュ。
「いや、全裸ででんぐり返ししたところで無敵になれるわけねえだろ!!」
「ええ!? この世界では、ローリングに無敵時間が付与されないのですか!? 変わってるなあ……」
……アタシは頭を抱えた。
× × ×
アッシュがこの世界のローリング事情を理解したところで、ようやくアタシの家に着いた。リビングに入ってこんなにほっとしたのは初めてかも知れない。
なんかもう、ぐったりだよ。アッシュのことなんか無視してこのお袋寝たい。
でも、こいつの面倒みるってお袋と約束したし、何よりあの性悪女神になんか文句とかいわれてもイヤだ。
そのアッシュは、やはりこの世界の住宅が珍しいらしく、ずっと家電とかを観察している。
そういえば、腹減った。朝メシ食う前に散歩に出かけたんだった。なんか食おう。
「おいアッシュ、アタシこれから朝メシ作るけど、お前なんか食べる? トーストと目玉焼きでいいか?」
「おお、ありがとうございます! 『目玉焼き』とは、何の目玉ですか? やはりバジリスクですか?」
「んなもん食うわけねえだろ! あと、この世界にそんな生物はいねえ!」
「そうなのですか? カロリーナ様の好物だったはずですが……」
「……マジで?」
異世界でのお袋の食生活はともかく、アタシたちは簡単な朝食を済ませた。アッシュの奴は日本の食パンのふわふわ食感に感動しており、何枚もおかわりしやがった。
「アンタ、割とツラの皮厚いよな……」
「鍛えていますからね!」
「他んとこ鍛えろボケ」
食事の間も、アッシュはこのあたりで最近変わったことがないかということなど、質問は尽きなかった。
反対に、改めてアッシュの目的や敵の組織についても聞いてみた。アッシュの目的の方は、さっきも聞いた通り『世界樹の破片』とかいうものの捜索と確保。また、『世界樹の破片』を悪用しようとしている組織の発見と強制送還らしい。
敵対組織については、現在地球に潜り込んでいることが分かっている勢力は4つ。ソイツらがかけようとしている呪いの情報も含めると――
『アルティメット・ビーガンズ』:なんの肉を食べてもセロリの味しか感じなくなってしまう呪い
『LOUDNESS』:オナラをすると必ず爆音が轟くようになる呪い
『底辺芸人救済委員会』:どんなにくだらない下ネタでも笑い出すようになる呪い
『体脂肪律の獣(Beast of Body Fat Order)』:一日最低2回は揚げ物が食べたくなるようになる呪い
「ちょ、ちょっと待て。なんだよ、そのくだらない呪いは。もうちょっとマシな悪党いないのかよ?」
「やや、危険な組織の方がいいのですか?」
「そういうワケじゃねえんだけど……もうちょい、世界の危機的なやつかと思ってたぞ」
「まあ、確かにそういう組織もいたのですが、すでに自分たちが駆逐していますからね! 今残っているのは、優先順位の低かった闇の組織ということです!」
優先順位の低い闇の組織。それが地球に来てしまったのは、幸運なのか、不幸なのか。複雑な気分になるアタシ。
一方でアッシュの奴は、
「なので、早速探索に行ってきます!」
と、元気に家を出ていこうとするので慌てて止める。
「おい待て! 探索って、具体的に何するつもりなんだよ?」
「そうですね……まずは消耗品を補給できる場所を探したいですね。クロスボウの矢を売っている店が見つかるといいのですが……まあ、そのあたりの人たちに聞きこんでみます!」
「やめろ! 捕まるだけだ! っていうかお前クロスボウなんて持ち込んでるのかよ!?」
クロスボウって、ボウガンのことだよな!?
「もちろんです。飛び道具は探索の必需品ですからね!」
たまらずツッコミを入れると、このバカは例によって、どこからともなくクロスボウを取り出す。ぶっとい木製のフレームに金属製の弦のついた両手持ちのやつ。全長1.5メートルくらいある。
マジの凶器じゃねえか! 思ってたよりでけえし!
「あ、予備があるのでココアさんもおひとつどうですか?」
「そんなお菓子感覚でクロスボウをおすすめするな! しまえ! そんで、街中では死んでも取り出すな!」
「ええ!? ではギミックの解除や敵のつり出しが必要な時は、どうすればいいのですか!?」
「この国でそんなシチュエーションはない!!」
ヤバい。ヤバい未来しか見えない。
こいつを現代日本で自由にさせたら革新的なムーブメンツが起きてしまう。
「いや、もう、ほんと、アタシもついていくから、しばらくはアタシの言うとおりにしてくれ……」
「わかりました! ココアさんは親切ですね!」
「……」
こうしてアタシはいやいやアッシュの探索に付き合うことを決め、家を出た。




