第12話:それは、時間のずれを超えて届く
その日の晩メシは、結局豚ロースと野菜の炒め物になった。
本当はもう少し凝った料理を楽しみたかったけど、あまりそんな気分にも慣れなかった。
古田に見せられた写真のせいだ。
あれに写っていた美湖は、確かに楽しそうに笑っていた。
それこそ、両親との問題を口にするようになってから初めて見た。
あんなのを見せられると、古田のサークルにいたほうが、本当に美湖の幸せになっている気がしてくる。
昨日のこともそうだ。アタシは言いたいことを言った。美湖もはっきりと「ほっといて」と言っていた。そうした方がいいんだろうか。
そんなことを考えているうちに、今日の料理の出来も感じ取れないまま、気がついたら後片付けまで終わっていた。
アッシュのヤツは食後のお茶を飲みながら、女神に最近の探索の報告をしている。その内容も酷かった。河に流される、転落死するというのはお決まりになりつつあり、今日は新幹線に轢かれかけた、なんて話まで聞いた。どうやら姿を透明にする魔道具を使っていたらしいので事故として発覚していないらしいが。
それでいて、めげている様子もないし、弱音のひとつも吐かない。最初はただのバカなんじゃないかと思っていたが、コイツを見ていると、アタシってもしかして脆い人間なのかも知れないと思えてくる。
そういう敗北感めいたものを抱えているうちに、アッシュと女神の会話は終わった。
……アッシュの話を聞いてみたいと思った。コイツは自分のところとは違う異世界にやってきて、こうして日々散々な目にあっている。それを本当はどう思っているのか。
別に、安心のためとか、敬意のためだとか、そんなんじゃない。そんなんじゃないが……、
「なあ、アッシュ。お前、そんなに死にまくってるのにイヤにならないわけ?」
さりげない感じを装って、聞いてみた。自然に、しぜ~んにな。
ダチとの関係に悩んでいるとか、あのクソ女神に知られたら、どんな顔でからかってくるか分からねえしな!
アタシがそんなことを考えているとは露ほども考えていないだろうアッシュは、質問にバカ正直に答えてきた。
「あ、自分も、痛いのとか死ぬのとかはとても辛いです!」
「そのワリには毎日元気だよな……」
あ、ヤベ。今ちょっとイヤミっぽかったかも知れない。
しかしアッシュは、そんなアタシの失言にも、全く気にする様子はなかった。
「まあ、結局自分は、目標のためにやりたいことやってるだけなので!」
「目標?」
そういえば、そんなこと初めて聞いた。こんなアホにも目標とかあったんだ。
そしてアッシュは高らかに話す。
「はい! 自分の目標は、ジェロー様のような立派な騎士になることです!」
「……そ、そうか。それはすごいな」
「はい!」
……あの親父が目標って、それ目標の立て方あってんのか?
そりゃ、向こうじゃ勇者とか言われてるみたいだけど。
少なくとも、こっちに来てから大分キモいところを見たはずだが、変えなくていいのか?
アタシの困惑を気にすることもなく、アッシュは話し続ける。
「それに、痛い目を見るのは嫌ですが、できることややりたいことをやらないまま、あとでもっと酷いことになるほうが嫌ですからね、自分は!」
「そうか……」
「気になったり、後悔したりすると、ご飯も美味しくいただけません! ココアさんの料理は美味しいですから、それではもったいないですしね!」
「そ、そうか」
ちょっと意外なところで褒められてしまった。さっきの晩メシが正直手抜きだったから、ちょっと罪悪感が……。
しかしアッシュのやつ、何も考えていないわけじゃ無かったんだな。目標のためにできることをやりきって生きていくのがコイツの、何というか、流儀みたいなものか。目標があの親父なのがなんともいえないが。
「アッシュ、お前、案外すごいヤツなのかもしれないな」
「そうですか? あはは、ココアさんはやっぱり褒め上手ですね!」
「はは、かもな」
× × ×
アッシュの行動原理を聞き、風呂にも入り、アタシは部屋のベッドで仰向けになって考えていた。
美湖のことだ。
アタシは、美湖は親との関係から逃げるべきじゃないと思ってるし、それは昨日ガツンと言ってやった。
美湖はそれを聞いた上で、現在の自分を受け入れてくれる古田たちと一緒にいる。
どちらも、やりたいことをやっている。
じゃあ、どちらもこの先後悔しないのだろうか?
……なんだか、よく分からない。結論がでない。
そして、ちょっと考えを止めたときに、ふと思い出した。
晩メシ用に買ってきた野菜が余っている。
アッシュはウマいとってくれたが、今度はちゃんと凝った料理を食わせてやるか。
そう思って、よさげなレシピを検索すべくタブレットを起動したアタシは、そこに初めて見るアプリがあることに気づいた。
『魔法ARアルバム』という名前のアプリ。
なんじゃこりゃ。こんなのインストールしてなかったはずだ。だが、名前に『魔法』と付いているあたり、また親父が勝手に組み込んだものじゃないか。
なので親父に電話してみると……、
「ああ、それはカメラに写した物の思い出を映像で見せてくれるアプリだよ」
「……それだけ?」
『魔法テレビ』の前科があるだけに疑わしい。
「そ、それだけだよ~。それ、ママが作ったやつだし」
「お袋が?」
「そう。パパもママも、若い頃はパソコンとかの使い方が分からなかったからさ~。ちょっと魔法で改造して使うことが多かったんだよね~」
ちょっと懐かしげに話す親父。しかし、ちょっと不思議そうな声を出し、
「けど、そのアプリは魔法の適性がないと認識できない仕組みになってるはずなんだけど……」
「ん? アタシ、見えてるけど?」
「おかしいな……もしかしたら、女神様の力の影響を受けてるのかな? ウチには『回生の光柱』もあるし。まあ、なんたってココアはパパとママの娘だからね~。魔法適性のひとつやふたつない方が不思議かもね~」
親父はとてつもなくイヤなことを言い出した。アタシ、あのクソ女神の影響受けてんのかよ!
ああ、まあ今は置いておこう。
「じゃあとりあえず、このアプリは大丈夫なヤツなんだな?」
「うん、大丈夫、大丈夫! 試しに色んなものを見てみるといいんじゃない? そこには、パパとココアの愛の軌跡が……」
「オッケー分かった。死ね」
通話を切る。そんなもん見る気ねえよ。
だが、物の思い出を見られるってのはちょっと気になる。アタシはアプリを起動してみた。
タブレットの画面がカメラに切り替わる。見た目はQRコードの読み取り機能に近い感じだ。
ちょうど、中学の頃お袋にもらった、冬用のあったかふわふわ帽子を壁に掛けたまま片づけ忘れていた。それにフォーカスを合わせて『思い出を見る』アイコンを押してみる。
すると、本当に画面に中学の頃のアタシとお袋が映った。そうか、『AR』だもんな。
映像の中のアタシとお袋の会話も聞こえる。
『うわ、めっちゃ手触りいいじゃんコレ。高えんじゃねえの?』
『ううん。自分で狩ったものを仕立ててもらっただけだから、そこまでじゃないのよ』
『え、自分で狩った? ……何を?』
『これはね、遠い北の国で、パパとフェンリ……いえ、ちょっと大きい犬みたいなものよ』
『ふ~ん……』
……あの頃は普通に聞き流してたが、あの帽子、まさかとんでもないシロモノじゃないだろうな?
いや、気にしないでおこう。うん。
しかし、マジで昔のことが写ることは分かった。フォーカスを帽子から動かして、部屋の物をいろいろと見ていく。
ゲーム機からは、レースゲームでアツくなりすぎてた詩緒と有陽の姿が写った。
本棚からは、勝手にアタシの本を物色する弓果と望水の姿。
そして、棚の一番上に飾ってあるカラスのぬいぐるみからは、小さい頃のアタシと……美湖の姿が出てきた。
これは確か……幼稚園のときのことだ。
当時のアタシはこのぬいぐるみがお気に入りで、肌身離さず持ち歩いていたんだが、公園でなくしてしまったことがあった。それで、そろそろ暗くなってしまう、という時間まで探したけど見つからなくて……。
うわ、映像の中のアタシ、ギャン泣きしてるじゃん、ハズ。
で、そのアタシの隣に、小さい頃の美湖。へたり込んでいるアタシの顔をのぞき込んで心配している。
『ココちゃん。レイちゃん、見つかった?』
あー、そうだ。ワタリガラスじゃないけど、レイヴンから取って『レイ』って名付けてたんだった。
『みづがんない……ひっく、えぐ』
『噴水の方は探したの?』
『……探した。なかった』
『どこか見落としてるかも。もう一回探そう? わたしも手伝うから』
『でも、もう暗いし……』
『まだ大丈夫だって! あきらめないで、探そう?』
『……うん。わかった』
そして、美湖はアタシの手を引いて歩いて行った。
……懐かしい。そしてハズい。
なんで美湖がアタシのアネキっぽくなってるんだ。アタシが落ち込んで美湖が励ましている。これじゃ最近のアタシ達と逆じゃないか。
そうだ。『レイちゃん』と言えば……。
アタシの机の上、美湖とケンカしてからは付けてなかった、もうひとつのお気に入り。
カラスの羽をあしらったイヤーカフ。
これに関しては去年くらいのことだから、まだよく覚えている。アプリを使うまでもない。
それでも、アタシはタブレットのカメラを向けた。去年のアタシと美湖が映し出される。駅前のモールをブラついていたときのものだ。
適当に雑貨屋を見て回っるアタシと美湖。そして、アクセサリーの並んでいる棚を見たときに、美湖が足を止めた。
『ねえ、コレ、レイちゃんっぽくない?』
『ん?』
そのとき美湖が見つけたのは、黒い鳥の羽をモチーフにしたイヤーカフだった。
『いや、確かにカラスっぽいけど、レイちゃんって……もうぬいぐるみは卒業したっつーの』
しかし、美湖はカラスのイヤーカフが気に入ったみたいで、手に取って色んな確度から眺めている。
耳の縁を細く包むようなデザイン。あまり派手なものが好きじゃないアタシにはちょうどいい。
『でもさー、ピアスとかなら分かるけど、こういうの実際に着けてるヤツあんまいなくねえか?』
アタシは名前のせいでよくからかわれるから、これ以上の材料を周囲にあたえない気持ちもある。
でも美湖は、
『そういうところもココちゃんっぽいっていうか……普通の人が気後れしちゃうことも、バシッとやってくれるとこあるじゃん』
『そう?』
『そうそう。ちょっとダークヒーローみたいな感じでさ』
『だぁくひぃろぉ? アタシが?』
『うん。ちょっと着けてみてよ、似合うと思うし』
そういって美湖に言われるまま、アタシはイヤーカフを着けて鏡を見ている。
……アタシがあまり目つきがよくないこともあり、なんかすげえトガってる感じになってた。
『これ、似合うか? ……ちょっとイタくない?』
微妙に心配なアタシに対して美湖は、
『え~、似合うよそれ! すごくココちゃんっぽいよ~』
そういって笑顔を浮かべていた。
古田に見せられた写真の笑い方とは違う、だらしのない笑顔だった。
「…………」
大分アホだったな、アタシ。
あの写真みたいな美湖の笑顔を、アタシが見たことないのは当たり前のことだった。
多分、アイツは今も――
「まーったく、しょうがねえな、マジで」




