第1話:To otherworlders. Welcome to the earth
その日、アタシこと早来心愛が出会ったのは、見た感じ海外産パリピのご機嫌な溺死体だった。
たまたま朝早く起きたからって海岸まで散歩に来たら見つけた、全裸の金髪細マッチョ男。
大事なところは、いっしょに流れ着いたっぽい海藻で隠れているからギリセーフ。
……いや、生きてはいた。白目を剥いてブッ倒れているものの、よく見ると微妙に腹が上下している。
なんだ。マジで誰か溺れ死んでると思ったから焦った。砂浜ダッシュしちまったよ。
さて、とりあえず無事であることを確認したアタシは、海鳥の声と波音をBGMにしばし考えた。
……コレどうしようか? ただのカンだが、大分面倒ごとの気配がする。
しかし、こちとら見て見ぬフリはできない性分だし、なにより後で陰口を叩かれたりするのが腹立たしい。
よし、起こそう。結局アタシは自分を曲げなかった。
「おい、おいアンタ。大丈夫かよ」
「う、う~ん……」
アタシが声を掛けると、その男は目を覚ましてゆるゆると身体を起こす。当然、秩序の守護者たる海藻はずり落ち掛ける。
「ちょっと待て、動くな! アンタなんで裸なんだよ……っていうかどうした? ってか誰だ?」
「やや? 自分……自分は……」
男はいまひとつ意識がはっきりしないようで、ぼんやりとした様子で首をひねっている。
日本人には見えないが、はっきりと「自分」って言ったよな。コイツ。
そのうち、男はきょろきょろと辺りを見回し、
「ここは……地球ですか?」
なんて言い出した。いや、「ここは日本ですか?」ならまだ分かるけどさ。言い間違いか? まあ、日本語が通じるなら返って好都合だ。
「そりゃそうだろ。アンタが宇宙人ってんならともかく」
アタシがそう言うと、なにが可笑しいのか男は朗らかに笑い出した。
「あはは! 近いかも知れませんね! 自分、違う世界から来たので!」
「……」
あ、どうしよう。コレやっぱりアタシの手に負えないやつだったかも。気は進まねえけど、サツ呼んだ方がいいか……?
そして早くも声を掛けたことを後悔し始めるアタシに、男が話しかけることときたら、
「自分は女神様に仕える騎士、アッシュ・エストハイムと申します! 突然で恐縮ですが、パンツと現金を下さい! パンツは新品を所望しますが、最悪あなたが履いているものでも構いません!」
笑顔のアッシュがぶちかました厚かましい要求に、アタシは呆然としてしまった。
「……アンタ、マジでどこにだしても恥ずかしくない不審者だな」
「ありがとうございます! あなたは褒め上手ですね!」
OK、サツ呼ぼう。背に腹は代えられねえ。アタシにもできないことはある。
アタシがスマホを手に取り、緊急通報しようとしたときだ。
「…………シュ……アッシュ……」
どこからかは分からないが、若い女性のものらしい声が聞こえてきた。
「ん、なんだこの声?」
「おお、女神様から通信が来ているようですね!」
そう言って男・アッシュはどこからともなく(いやマジで)占いで使う水晶玉のようなものを取り出した。
「ま、待て。今、その玉どっから出した?」
「やや? インベントリから取り出しただけですが……あ、女神様のお姿、映ります」
今ひとつ意味のわからない回答をしたアッシュの水晶玉から、プロジェクターみたく光が発せられ、空中に女性の姿が映し出された。
……今の日本でも、まだ何もない空間に映像を映し出す技術はないはずだ。
なんだこの水晶玉。
「アッシュ……アッシュ……聞こえますか?」
「はい、聞こえております! 女神様!」
どうやら、そこに映っているのが女神様とやららしい。本当に神なのかどうかは知らないが、やたら美形だ。でも目が全然笑っていない。すげー出来のいいマネキン見てる感じ。そのマネキンが言うことには、
「良かった……どうやら無事に地球に着いたようですね」
「はい! 女神様の祝福のおかげです!」
「そちらの世界の魔力はどうですか?」
「あ、自分、魔力探知能力低いのでよくわかりません!」
「そういえばそうでしたね」
冗談みたいな話だが、明らかに地球の技術ではないものを用いる二人の会話を聞いていると、こいつらは本当に異世界の人間のように聞こえてきた。
たまらずアタシを口を挟む。
「お、おい。結局お前ら、一体なんなんだよ? なんでこいつは浜辺に打ち上げられてたんだ?」
そこで初めて女神はアタシの存在に気づいたようだった。
「あら、地球の方ですか? 『打ち上げられていた』というのは……?」
女神の問いには、代わりにアッシュが答えた。
「実はこちらの世界に来る際に、なぜか海のど真ん中に転送されてしまい、溺死と復活を繰り返しながらこの海岸に流れ着いたところを、こちらの方に助けていただいたのです!」
そのアッシュの話を聞いて、女神はしらじらしくも口元に手を当て、驚いたような仕草をとった。
「そんな……やはり転送魔法の調整をサボっ……いえ、集められた事前情報に誤りがあったのでしょう。それでもこうしてたどり着けたのは私の祝福があってこそ。偉大なる私を存分に讃えることを許します」
「はい! 女神様最高! 女神様っきゃ勝たん! あ、溺れている間に流されてしまったので、パンツを下さい!」
「いいでしょう。貴方の敬虔な心に応え、パンツを授けます。おまけにスウェットなるその世界の衣類も授けます。崇め奉りなさい」
「ありがとうございます!」
把握。女神はカス。アッシュはアホ。
「で、お前ら何しに来たんだ?」
「ではまず、自分がこの世界に来た目的をお話しします!」
と、アッシュは女神に魔法で送ってもらったっぽいスウェットを着ながら、アタシの問いに元気に答え始めた。
それによると、アッシュの世界では最近、全てを滅ぼす災い(ホントかよ)が復活し、激しい戦いの後にその封印に成功したんだとか。
ただ、その時に大いなる力を持つ世界樹が砕け散り、その破片が異世界である地球まで飛び散ってしまったらしい。
加えて、『世界樹の破片』を利用して全人類に対する呪いを完成させようとしている悪の組織が地球に侵入しており、彼らの手から『世界樹の破片』を守る必要があるとのこと。
……って言われても。
「おい、仮にそれが本当だとすると、結構ヤバい話なんじゃねえの? なんか偉いヤツとかに話通してんのか?」
すると、今度は女神が話に加わってくる。
「異世界同士を移動する術があることを知られないために、今回の騒ぎはなるべく内密に解決したいのです。ただ、こちらで協力者を得られるように手は打ってあります」
「協力者?」
アタシの疑問には、代わりにアッシュが答えた。
「はい。こちらの世界には一昔前、自分たちの世界の先代勇者様ご夫婦が移住されており、お二人のご息女『ソウライ・ココア』さんがいらっしゃるのです!」
……ん?
アタシはアッシュの言葉を理解するのに少し時間がかかった。
先代の勇者だかなんだかがこっちの世界で暮らしていたっていうのは、この際置いておく。問題はそっちじゃない。
なんでアタシの名前が出てくるんだ。親父とお袋は断じて勇者とか聖女なんかじゃない。二人とも普通の会社員だ。今だって、去年から海外で始まったとかいう仕事に参加しているはず。おかげで今アタシは一人暮らしだ。
「……ちなみになんだが、その勇者様ってのはなんて名前だ?」
「《滅龍騎士》ジェロー・ウィル・ブライエン様と、《白銀の聖女》カロリーナ・イェルネフェルト様です!」
……だよな! そうだよな! あの親父とお袋が、そんな主人公ネームの勇者なわけないし! きっと娘の名前が、なんかの間違いで偶然アタシと同じだけだよな!
「ですがアッシュ。お二人はこちらの世界では『ソウライ・ジロウ』と『ソウライ・カオリ』と名乗っているはずですよ?」
「おお、そうでした!」
その女神の言葉でアタシの希望ははかなく散った。
ヤベえ。親父とお袋だ。
そして、こいつらが探してるの、アタシだ。
「……へ、へえ~。そんで、その『ソウライ・ココア』を探してどうするんだ?」
アタシは極めて平静を装って訊いた。
「こちらの世界を探索するにも拠点が必要ですし、自分を住まわせていただきたいのです! こちらでの文化やルールを教えてもいただきたいですしね!」
ふざけんな。こんな変態全裸騎士といっしょに暮らすなんてご免被るぞ。
「いや、でも、平和に暮らしてる娘をそんな騒動に巻きこむなんて、勇者様は許さないんじゃねえのかな~……」
「あ、許可はもらってます!」
「もらってんだ……」
あんのクソ親父。
「そうだ! あなたは『ソウライ・ココア』さんをご存じありませんか? こんな見た目の方なのですが……」
そしてアッシュの持つ水晶から映し出されるのは、少し外ハネした茶髪ロングヘアーの小柄な女子。なにもかもが面白くなさそうなツラをしている。
そう、つまりアタシの顔。
「……」
「……」
アタシの顔と、水晶が写す映像を見比べるアッシュと女神。
……逃げよう。
「では皆さん、お達者で……」
くるりと踵を返し、その場からダッシュで離れようとしたアタシ。
しかし突然、辺りの砂浜にゲームとかでよく見る魔法陣っぽいものが浮かんだと思うと、アタシの進路を塞ぐように青白い光の槍がズバババッ! と飛び出してきた。
「うお! なんだコレ!?」
仕方なく足を止めるアタシの背後から、
「あらら? なぜ逃げるのですか、『ソウライ・ココア』さん?」
なんだかやたら楽しそうな女神の声。そして、
「なんと! あなたが『ソウライ・ココア』さんだったのですね! 早速出会えるなんて、自分はなんて運がいいんだ! これからお世話になります!」
うんざりするほど素直に喜んでいるアッシュ。
「ま、待て! アタシは認めないぞ! うら若き乙女が、赤の他人と、しかもこんな男と一緒に暮らせるか!」
そう言って抵抗しようとしたアタシが見たのは、今までと違って生き生きした感じの女神の顔。なんともうれしそうにクスクス笑っている。
「『うら若き乙女』ですって、ふふ。ジェローから聞いていますよ。何に憧れたのか知りませんが、ケンカに明け暮れるような毎日を送っていたらしいじゃないですか。それが『うら若き乙女』とか自分でいうなんて、ちゃんちゃら可笑しいですね?」
「うっせー! こちとら、なんていうか、その、そういう危機なんだよ!」
「やや、何か危機的状況にあるのですか? そういうことなら心配いりません! 自分がついていれば、オーガやデーモンくらい、恐るるに足りません!」
「アンタはアタシが何を懸念しているか、まるで分かっていない!」
アタシとアッシュのやり取りを聞いている間も、女神はにやにやと笑っている。
「ほら、アッシュはこんな感じなんですよ? 何か貴女の考えているようなことが起こると思っているのですか? そんな幼児体型なのに?」
「た、体型は関係ねえだろ!」
「そうですね。体型に関係なく、アッシュは貴女が考えているようなことはしない人物であることは保証します。それに、我々の活動に協力できることはとても栄誉あることなのですよ? むしろ感謝して欲しいくらいですね。ちなみに断った場合、貴女は神隠しとしか思えないような失踪事件の被害に遭うことになります」
神が使ってはいけない脅し文句を使ってくる非人道的女神。
「アンタ、実は女神じゃなくて悪魔だろ……」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「あはは! やはりあなたは褒め上手ですね!」
アッシュの言葉に頭痛を覚えていると、今度はアタシのスマホに着信が入る。
……このタイミングで、親父からだ!
聞きたいことは山ほどある。アタシは急いで通話ボタンを押した。すると聞こえてくる、しばらくぶりの親父の声。
「ココア~~~!! パパの愛しいココア~~~!! 一人にしてゴメンねえ~~~! 寂しくないかい!? パパはもう超寂しいよおおおおお!! だから毎晩、お前の部屋から盗んできたぬいぐるみの匂いを……ぐへぇッ!?」
親父は早速ドギツいキモネタをぶちかまし、死んだ。いや死んでねえけど。
代わりに聞こえてくるのはお袋の声。
「あ、ココアちゃん? ごめんね、久しぶりなのにパパがキモくて。今時間いいかしら?」
「ああ、いいけど。っていうかアタシも聞きたいことあんだけど」
「そう……じゃあ、ビデオ通話にしましょうか。大事な話があるの……」
「……分かった」
少し深刻そうなお袋の声を聴いて、なんとなく話の内容がついてしまったアタシ。
そしてビデオ通話アプリを立ち上げたアタシが見たのは……、
「久しぶりだね、ココア」
「こんな姿を見せることになるとは思っていなかったわ」
いかにも『勇者!』って感じの鎧に身を包んだ親父(さっきお袋に殴られた頬が腫れている)と、白魔道士っぽいゆったりしたローブを着たお袋の姿。
正直、娘としては親がこんなコスプレめいた格好しているのは非常に恥ずかしい。
しかし、二人にはコスプレとは全く違う、風格の様なものを感じた。恐らく、この装備を付けて本当に戦ってきたんだろう。傷ついている箇所も多い。
「……あまり驚かないって事は、もしかして、もうアッシュ君と会ったの?」
「……会った。それで、親父とお袋が異世界の出身だったって聞いたんだが……マジっぽいな」
アタシの言葉を聞いて、しゅんとしてしまう親父。その姿はいつもの情けないものと変わらなかった。
「うん、そうなんだよ……。今まで話していなくて本当にごめんよ……。パパとしては、今回の問題は当代の勇者に任せて、地球でココアと仲睦まじく暮らし、ゆくゆくは子供の頃の『将来はパパのお嫁さんになる~!』という約束を果たすべく……ごふぅッ!?」
親父は再び死んだ。なんかもう、本当に死んじゃってもいい気がしてきた。あと、そんな約束してない。
「ごめんねココアちゃん。こんなパパとママだけど、こちらの世界ではみんなの希望として、先頭に立ってお仕事しないといけないの。少なくとも、災いの影響から復旧するまでは帰れそうもないわ……」
お袋はうつむき、軽く首を左右に振っていた。
……コレ、本当に少し疲れ気味みたいだな。
「それはまあ、ギリ分かるけどさ……なんでウチをアッシュ達の拠点にしなくちゃいけねえんだよ?」
「パパとママが、当代の勇者に立場を譲ってから地球に移住した話は結構有名なのよ。当然、私たちの子であるあなたのことも相当知られているわ。そしてそちらの世界には、敵の勢力がいくつも忍び込んでいる。あなたに危害が加えられることも考えられるのよ。アッシュ君がいてくれれば、その危険は大幅に減るわ。そうすれば、パパもママも安心。だから家を拠点として使うことを許可したの。ココアちゃんはいい子だから、ママの言うこと、分かってくれるわよね?」
そういって穏やかに笑いかけてくるお袋。ただ、親父を殴り飛ばした返り血がついているから逆にコワい。
「う……お、お袋がそう言うなら……」
アッシュ達の方をチラ見すると、すっげー爽やかな顔で笑い返してくるアッシュと、心底バカにした感じでにやけている女神。納得しきれない思いは当然あるけど、アタシは昔からお袋にお願いされると弱い。
「分かったよ……コイツの面倒見ればいいんだろ……」
渋々承諾するアタシ。
「うん、分かってくれたようで良かったわ。アッシュ君をお願いね。アッシュ君も、ココアちゃんの事を頼むわね?」
「はい、お任せ下さい! カロリーナ様!」
ピシッ! となんだか騎士の敬礼っぽいポーズをとってお袋の言葉に返事するアッシュ。それを見たお袋は満足そうに微笑み、
「じゃあココアちゃん、アッシュ君、女神様、私たちはこれで失礼するわね。くれぐれも気をつけ……」
「ココア~~~!! パパはいつでもお前のそばにいるよおおおおお!! こっちの仕事は適当に終わらせて帰るから、いい子で待っているんだよおおおおおお!! ん~~~♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ がはアッ!!」
そして、お袋が親父の鼻っ面にジョルトブローをたたき込んだ映像を最後に、ビデオ通話は切れた。
「……っていうか、なんで異世界でスマホが使えるんだ?」
今更なアタシの疑問に、さっきからにやけっぱなしの女神が答える。
「その道具のことなら、ジェローに頼まれてこちらの世界とも繋げられるように魔法を掛けました。それにしても……」
「な、なんだよ……」
「ずいぶんと愛されているのですね。コ・コ・ア・ちゃん♡」
「うっせえ黙れ」
人の弱みを握ったようないい顔しやがって。
「ともかく、これで探索の拠点は確保できましたね。ではアッシュ、あとは頼みましたよ」
「承知しました!」
そういって水晶の光とともに女神の姿は消え、早くもうんざり気味のアタシと元気なアッシュが残された。
「はあ……じゃあ、仕方ないからウチに案内してやる。いいか、くれぐれも面倒だけは起こすなよ?」
「はい! よろしくお願いします、ココアさん!」
「ココアって呼ぶんじゃねえ!」




