第7話 双極の創造
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
翌朝、ドリフト・ギルドの端末から通信が入った。
『流れ者A。専用武装の適合検査を開始する。本日13時、ギルド最深部へ来い』
機械音声が、淡々と告げる。
俺は窓の外を見た。街は穏やかな朝を迎えている。
「専用武装、か……」
『さあね。私も、自分がよく分かんない』
Bの声は、いつもより少しだけ低い。
『でも、今日で何か分かるかもね』
「……そうだな」
俺は服を着替え、宿を出た。
⸻
13時。
ドリフト・ギルドの最深部――地下三階に降りる階段の前で、マリアが待っていた。
「来たか。下に来い」
階段は螺旋状に続いており、壁には青白い魔法陣が刻まれている。
地下三階。扉を開けると、広い空間があった。
中央には、巨大な黒いコンソールが据えられている。周囲には、作業着を着た人々が端末を操作している。
「私はギルバート。この施設の主任鍛治師だ」
白髭を蓄えた老人が近づいてくる。
「このコンソールは、旧人類が残した技術だ。使用者の適性を解析し、最適な武装を生成する」
マリアが説明する。
「旧人類は高度な技術を持っていたが、ある日突然、姿を消した」
ギルバートがコンソールを指差す。
「さあ、手を置きたまえ」
俺はコンソールの表面に手を置いた。
冷たい。金属の感触が、手のひらに伝わる。
瞬間。
青い光が、俺の手から全身へと広がった。
「っ……!」
体が痺れる。
いや、痺れるという表現では足りない。まるで、体の中を電流が駆け巡っているかのような感覚。
意識が、引っ張られる。視界が歪み、音が遠のく。
――何かが、俺の中を覗いている。
記憶が、次々とフラッシュバックする。
ジャングルで目覚めた日――湿った土の匂い、耳元に響くBの声。
金属猿と戦った時――銃声、森の静寂、走る足音。
蔦の城を見つけた時――崩れた扉、蔦に覆われた壁、奥に見えた光。
――そして、その奥に。
前世の断片。曖昧で、歪んで、掴めない何か。
誰かの声――「記録しろ」。
誰かの姿――背を向けて歩いていく人影。
そして――爆発音。
炎。崩れる建物。
――俺は、死んだ。
前世で、俺は死んだ。
でも、どうやって? なぜ?
分からない。記憶が、途切れる。
視界が真っ白になり、そして――。
『解析完了』
機械音声が響く。光が消え、俺は膝をついた。
「……はあ、はあ……」
全身から汗が吹き出している。呼吸が荒い。心臓が、激しく鼓動している。
「大丈夫か?」
マリアが近づいてくる。
「……ああ。なんとか」
俺は立ち上がり、コンソールを見た。
画面には、複雑な数式が表示されている。
文字列が高速でスクロールし、解析結果が次々と出力されている。
『適合率: 92.4%』
『データ構造: 旧人類型』
『記憶断片: 検出』
『推定起源: 崩壊前世界』
そして、中央に。
『【適合武装】Unlimited Shell ――アンリミテッド・シェル』
「……シェル?」
マリアが画面を見つめる。
「……弾装、か」
ギルバートが近づき、画面を凝視する。
「弾装だけが生成されるのは、前例がない」
「弾装?」
「弾丸を入れる容器だ。しかし、発射機構がない。これでは……」
その時。
コンソールの下部が開き、何かが浮かび上がってきた。
黒く、滑らかな円筒形の物体。長さ約10センチ、直径3センチ。
俺はそれを手に取った。
――軽い。そして、温かい。
まるで、生きているかのような感触。
「……これが、俺の武装?」
マリアが物体を観察する。
「……内部が空洞だ。確かに、弾装だ」
鍛治師たちが、次々と集まってくる。
「これ、何に使うんだ?」
「弾を入れるんだろうけど、発射機構がないぞ」
「旧人類の構造体だな。魔法回路が組み込まれていない」
一人の若い鍛治師が、弾装を手に取り、様々な角度から観察する。
「これ、魔力を通してみたけど、反応がない。完全に不活性だ」
「じゃあ、ただの筒じゃないか」
ギルバートが弾装を手に取り、光に透かす。
「……いや、待て。内部構造を見てみろ。螺旋状の溝が刻まれている」
「これは……ライフリング?」
「旧人類の火器技術だ。こんなものが、なぜ今?」
別の鍛治師が口を挟む。
「これ、どうやって起動するんだ? 魔力を流せばいいのか?」
「いや、この構造は魔力を受け付けない。旧人類の技術特有の、純粋な機械構造だ」
ギルバートが俺を見る。
「A、君はこの弾装を起動できるか? 何か、感覚的に分かることはあるか?」
「……分からない。ただ、温かい」
「温かい?」
「ああ。まるで、生きているみたいに」
鍛治師たちが顔を見合わせる。
「生体反応?」
「いや、そんなはずは……」
困惑した様子で囁き合う。
俺は弾装を握りしめた。
――これが、俺の力?
でも、どうやって使えばいいんだ?
撃つための何か――それは分かる。
でも、この世界には”撃つ”という概念自体が、俺の知ってる形とは違うのかもしれない。
『A』
ポケットから、Bの声が響く。
『それ、私に似てる』
「……お前に?」
『うん。形がないのに、形を持ってる。中身は空っぽなのに、何かを詰め込める』
Bの声が、少しだけ震える。
『……私も、そういう存在なのかもしれない』
その時。
マリアが何かに気づいたように、コンソールの横を探り始めた。
「……これは」
彼が手に取ったのは、小さなカード。黒い表面に、銀色の文字が刻まれている。
『Unlimited Input ――アンリミテッド・インプット』
「……インプット?」
マリアが俺を見る。
「A、お前のスマホを出せ」
俺はポケットからスマホを取り出す。
マリアがカードをスマホの背面に当てた。
瞬間。
スマホが光り始めた。
『――――ッ!』
Bの声が、ノイズに変わる。
画面が激しく点滅し、歪んだ映像が流れる。
――森。密林の中を歩く人影。
――建造物。蔦に覆われた壁。
――誰かの声。「記録しろ」。
――「全てを、記録しろ」。
――「お前は、記録するために存在する」。
映像が断片的に流れ、ノイズが混じる。
そして――静寂。
スマホの画面が真っ暗になる。
数秒の沈黙。
そして。
『……A』
Bの声が、戻ってくる。
でも、その声は、さっきまでと少し違っていた。
もっと、明瞭で。もっと、確かで。
まるで、何かを”思い出した”かのように。
『私、分かった』
「……何が?」
『私の役割』
スマホの画面が点灯し、新しい文字列が表示される。
『【適合武装】Unlimited Input ――あらゆる形状を無限に記録・再現する能力』
マリアが息を呑む。
「……記録と再現。つまり、お前は――」
『ええ。私は、Aの”弾装”に詰める”弾丸”を作る存在』
Bの声が、静かに響く。
『Aが持っているのは、形のない弾装。私が持っているのは、形を作る能力』
「……つまり?」
『二つで一つ。Aが撃つための”弾”を、私が作る』
俺は弾装を見つめた。そして、スマホを見た。
――そういうことか。
俺は弾を入れる容器。Bは弾を作る存在。
二人で、一つの”撃つ”概念を形成する。
「……なるほどな」
マリアが腕を組む。
「二つの存在が一対で動くとは……妙だな。だが、理にかなっている」
ギルバートが感心したように呟く。
「旧人類の技術は、常に”対”で機能した。一つでは不完全、二つで完全。それが、彼らの思想だった」
マリアが俺を見る。
「A、お前とそのAIは、どちらも”流れ者”として認められた。ギルドは、お前たちを一つの単位として扱う」
「……分かった」
マリアが背を向ける。
「訓練は後日だ。まずは、その武装に慣れろ」
彼は階段を上り始める。鍛治師たちも、次々と作業に戻っていく。
俺は一人、コンソールの前に立っていた。
手の中の弾装を見つめる。
そして、ポケットのスマホに話しかける。
「……なあ、B」
『何?』
「お前、もしかして……俺の”弾丸”そのものなのか?」
Bが、少しだけ笑う。
『そうかもね。私、もしかして……この世界の”想像”に近い存在かも』
「想像?」
『うん。形を持たないもの。でも、形を作れるもの』
Bの声が、少し真剣になる。
『A、私の役割が分かった。私は二つの機能を持ってる』
「……二つ?」
『一つは、“弾丸を詰める”こと。あなたが持ってる弾装に、私が形を作って詰め込む』
俺は弾装を見つめる。
『そしてもう一つは、“発射機構”になること。私があなたの意思を受け取って、弾を撃ち出す』
「……つまり、お前がいないと、この弾装は使えないってことか?」
『そう。あなたは弾装を持つ者。私は弾を作り、撃ち出す者』
Bの声が、優しく響く。
『でもね、A。これは”今の所”だけかもしれない』
「今の所?」
『うん。私たちの力は、まだ完全じゃない。これから、もっと変わるかも』
「……変わる?」
『ええ。この世界は”混在”してる。私たちも、きっと混ざっていく』
「……そうか」
俺は弾装をポケットにしまった。
手のひらに残る、温もり。
まるで、Bの体温のように。
――撃つ。
俺は、弾を入れる容器。
Bは、弾を作り、撃ち出す機構。
二つで、一つの”撃つ”概念。
「……お前は、俺の弾丸そのものか」
俺は呟いて、地下室を後にした。
階段を上りながら、Bの声が聞こえる。
『ねえA、これから何を撃つ?』
「……さあな。分かんない」
『分からないままでいいよ。流れに任せて、撃ちたい時に撃てばいい』
「……そうだな」
俺は苦笑した。
――この世界は、意味不明だ。
でも、だからこそ。
俺たちは、自由に動ける。
地上に出ると、夕日が街を照らしていた。
石畳が、オレンジ色に染まっている。
遠くで、子供たちの笑い声が聞こえる。
俺は空を見上げた。
――明日は、何が起こるんだろう。
何を撃つんだろう。
何を、守るんだろう。
答えは、まだ分からない。
でも、Bがいる。
それだけで、十分だ。
そんなことを考えながら、俺は宿へと歩き出した。
(了)
Aの適合検査は、物語全体でも重要な転換点になりました。
アンリミテッド・シェルとアンリミテッド・インプット――二つの武装が“対を成す概念”として明確化されたことで、AとBの役割が初めて世界側に承認された形になります。
旧人類の残した技術、失われた“記録者”の影、Bの記憶の揺り戻し。
今回の検査は、そのすべてに火をつける出来事でした。
そして、Aが撃つ意味。Bが記録する意味。
この二つがどこへ向かうのかは、まだ誰にも分かりません。
……A自身にも、たぶん。




