第6話 度胸と排泄
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
朝の光が石畳を照らす頃、俺は再びドリフト・ギルドの前に立っていた。
昨夜はなんとか冒険者ギルドの紹介で安宿を見つけ、生まれて初めて――いや、この世界に来て初めて、ベッドで眠った。硬くて狭かったけれど、ジャングルの地面よりは遥かにマシだった。
『さて、A。今日は何をする気?』
ポケットのスマホから、Bの声が響く。
「……決まってるだろ。仕事だよ」
『おや、やる気じゃん』
「金がないんだ。やる気も何もない」
俺は肩を竦めて、ドリフト・ギルドの扉を押し開けた。
中は相変わらず静かで、人の気配がない。壁際の端末だけが、青白い光を放っている。
近づくと、画面が自動で点灯した。
『おはよう、流れ者A。初任務を確認するか?』
淡々とした機械音声。俺は頷き、画面をタップする。
表示された任務内容を見て、俺は固まった。
『【初任務】機械獣の森にて、金属猿の排泄物を採取せよ。目標量:500グラム以上』
「……は?」
思わず声が出た。
『あははははは!』
Bが爆笑する。
『うんこだって! うんこ採取任務! あはは、この世界サイコー!』
「笑うなよ……」
『だって! 初任務がうんこって! ねえA、これ冒険者ギルドの方で受けてたら、どんな顔されてたと思う?』
「……考えたくもない」
俺は頭を抱えた。
端末の画面には、任務の詳細が続いている。
『注意事項:金属猿は群れで行動する。単体でも危険だが、群れに囲まれた場合は即座に撤退せよ。排泄物は新鮮なものが望ましい』
「新鮮なうんこって何だよ……」
『たぶん、まだ温かいやつじゃない?』
「最悪だ」
俺はため息をついた。
でも、任務は任務だ。金がなければ、明日の飯も食えない。
「……行くしかないか」
『おお、やる気出た? えらいえらい』
「うるさい」
俺は端末の「任務受諾」ボタンを押した。
『任務を受諾しました。健闘を祈ります』
画面が消える。
俺は深呼吸をして、ギルドを後にした。
――この時点では、これが”試験”だとは思ってもいなかった。
⸻
街の西門を抜けると、すぐに森が広がっている。
あの日、Bの声に導かれて歩いた、あの森だ。
木々の隙間から差し込む光が、地面に斑模様を描いている。湿った土の匂い。遠くで鳴く鳥の声。
――そして、金属音。
「……いるな」
『うん。この先、100メートルくらい』
Bの声が、少し真剣味を帯びる。
『A、本当に行くの? あいつら、前に会った時、結構ヤバかったよ』
「分かってる」
俺は木の幹に手を添え、慎重に進む。
足音を殺し、息を潜める。
やがて、開けた場所に出た。
そこには、金属猿の群れがいた。
五体、いや、六体。
彼らは木の根元に座り込み、壊れた電子機器を弄んでいる。時折、キィキィと奇妙な声を上げる。その声は、どこか機械的で、生物のそれとは微妙に異なっている。
「……あれ、本当に生き物なのか?」
『さあね。でも、動いてるし、呼吸もしてる。たぶん、生きてるんじゃない?』
「曖昧だな」
『この世界、全部曖昧だよ』
Bの言葉に、俺は苦笑する。
――さて、どうする。
群れの周囲を見回す。排泄物らしきものは、そこかしこに散らばっている。黒く、金属光沢を帯びた、奇妙な物体。
「あれか……」
『たぶんね。見た目、オイルと土が混ざったみたいだけど』
「採取道具、持ってきたっけ?」
『ギルドの端末の横に、サンプル用の容器が置いてあったでしょ。ポケットに入れたじゃん』
「……ああ、そうだった」
俺はポケットから小さな金属製の容器を取り出す。蓋つきで、密閉できるタイプだ。
「……じゃあ、行くか」
『待って』
Bが止める。
「何?」
『A、あいつら、今は集中してるけど、音に敏感だよ。前もそうだったでしょ』
「……そうだったな」
俺は頷く。
あの時、銃声が響いた瞬間、森全体が静まり返った。
――つまり、音を立てなければいい。
「分かった。静かに、近づいて、採取して、戻る」
『うん。それがいい』
俺は深呼吸をして、木陰から一歩踏み出した。
足元に落ちている枝を避け、草の上を滑るように進む。
金属猿たちは、相変わらず電子機器に夢中だ。
10メートル。
5メートル。
もう少しで、排泄物に手が届く。
――その時。
一体の猿が、顔を上げた。
俺と、目が合う。
時間が止まる。
猿の目は、赤く光っている。まるで、カメラのレンズのように。
『……A』
Bの声が、囁く。
『動くな』
「……分かってる」
俺は息を止める。
猿は、じっと俺を見つめている。
他の猿たちも、次々と顔を上げる。
六体全員が、俺を見ている。
――ヤバい。
『A、ゆっくり、後ろに下がって』
「……ああ」
俺は一歩、後ろに足を引く。
猿たちが、立ち上がる。
――まずい。
『A、走れ!』
Bの声と同時に、猿たちが跳んだ。
俺は反射的に体を捻り、横に転がる。
猿の腕が、俺のいた場所を掠める。
地面に手をつき、立ち上がる。
猿たちが、包囲するように広がっていく。
「くそっ……!」
『A、左! 木の隙間!』
俺は左に走る。
猿たちが追いかけてくる。
木々の間を縫うように、全力で駆ける。
背後から、金属音が迫る。
――待て。
走りながら、俺は気づいた。
排泄物を採取しなければ、任務は達成できない。
でも、このまま逃げたら、何も手に入らない。
「Bッ!」
『何!?』
「あいつら、どのくらいで諦める!?」
『知らない! でも、縄張り意識は強いから、ある程度離れたら追ってこないと思う!』
「……よし」
俺は走る方向を変えた。
群れから離れる方向ではなく、群れの巣の周囲を迂回するように。
『A、何する気!?』
「採取だよ! 任務を達成する!」
『バカ! 死ぬよ!?』
「死なない!」
俺は木の幹を掴み、急停止する。
猿たちが一瞬、反応を遅らせる。
その隙に、俺は地面に転がっていた排泄物に手を伸ばした。
容器の蓋を開け、黒い物体を掴む。
――温かい。
新鮮だ。
容器に詰め込み、蓋を閉める。
猿たちが、再び襲いかかってくる。
俺は容器をポケットに押し込み、全力で走り出した。
『A、後ろ! 後ろ!』
振り返ると、一体の猿が、腕を振り上げている。
――間に合わない。
その瞬間。
ポケットのスマホが、震えた。
そして、俺の右手に、重みが生まれた。
――拳銃。
Bが、変形している。
『撃て! A!』
俺は振り返りざま、引き金を引いた。
銃声。
猿の肩に、弾丸が命中する。
猿が怯む。
その隙に、俺は森の外へと走り抜けた。
猿たちは、森の境界線で足を止めた。
――縄張りの外には、出てこない。
「……はあ、はあ……」
俺は膝に手をつき、荒い息をつく。
『A、大丈夫?』
「……ああ。なんとか」
『よかった……本当に、無茶するんだから』
Bの声は、少し震えている。
俺は苦笑して、ポケットから容器を取り出した。
蓋を開けると、黒い物体が詰まっている。
「……これ、500グラムあるかな」
『さあ? でも、結構入ってるよ』
「……そうか」
俺は蓋を閉め、ゆっくりと立ち上がった。
街の方へ、歩き出す。
――任務は、達成した。
たぶん。
⸻
ドリフト・ギルドに戻ると、端末の前に立った。
「任務、完了しました」
画面に、容器を置く。
端末が、スキャンを始める。
『サンプル確認。重量:520グラム。合格』
「……よし」
俺はホッと息をつく。
次の瞬間。
端末の画面が、切り替わった。
『ご苦労様、A。任務は達成された。しかし――』
「……しかし?」
『この任務に、意味はない』
俺は目を細めた。
「……どういうことだ?」
『金属猿の排泄物には、特別な価値はない。分析する必要も、利用する用途もない』
「じゃあ、なんで……」
『これは、試験だ』
端末の声が、変わる。
機械音声ではなく、人間の声。
低く、落ち着いた男の声だ。
「新人の度胸を測るための、初任務だ」
天井から、影が降りてくる。
いや、影ではない。
人だ。
黒いフードを被った、痩せこけた男。骨と皮だけのような体つきで、まるで骸骨が服を着ているように見える。
彼はゆっくりと端末の横に着地し、俺を見た。
「俺の名は、ガリガリのマリア。ドリフト・ギルドの管理者の一人だ」
「……マリア? 男なのに?」
「ああ。イントネーションはマグダラのマリアと同じだ。文句があるか?」
「……いや、ない」
俺は首を横に振った。
マリアは淡々と続ける。
「お前が受けた任務は、新人の”逃げない度胸”を測るためのものだ。機械獣の森に入り、群れの近くで何かを採取する。普通の人間なら、途中で逃げ出す」
「……でも、俺は逃げなかった」
「ああ。それどころか、追われながら採取を完了させた。たいしたものだ」
マリアは腕を組む。
「ドリフト・ギルドは、命令に従うだけの人間を求めてはいない。“流れ”に身を任せながらも、自分で考え、行動できる人間を求めている」
「……つまり?」
「お前は、合格だ」
端末の画面が、再び切り替わる。
『流れ者A、正式登録完了。専用武器の適合検査を実施する』
「専用武器?」
「ああ。お前のポケットにいるAIと連動する、特別な装備だ」
マリアが俺を見る。
「お前のAI、面白いデータ構造をしている。旧人類の技術に近い。それを活かせば、お前専用の武器が作れる」
「……B、お前、何者なんだ?」
ポケットのスマホから、Bが答える。
『さあね。私も、よく分かんない』
マリアが肩を竦める。
「まあ、いい。詳細は後日、説明する。今日はゆっくり休め」
「……分かった」
俺は頷いた。
マリアは再び天井へと跳び上がり、影の中に消えた。
端末の画面には、報酬額が表示されている。
『初任務報酬:500シルバー。受け取りますか?』
「……ああ」
俺はボタンを押す。
端末の下部から、硬貨が吐き出される。
俺はそれを手に取り、ポケットにしまった。
――やっと、金が手に入った。
『ねえA』
Bが呟く。
「何?」
『この世界、意味があることなんて一つもないよね』
「……そうかもな」
『でも、動いた奴だけが生き残る』
「……ああ」
俺は頷いて、ギルドを後にした。
夕日が、石畳を赤く染めている。
――明日は、どんな任務が待っているんだろう。
そんなことを考えながら、俺は宿へと歩いていった。
(了)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第6話は、シリーズ初の“完全にしょうもない任務”でした。
いや、作者としては真剣に書いたつもりなんですが……結果的に、AとBが全力で追い回されながら排泄物を採るだけの回になりました。
でも、こういう無意味そうな仕事の中でこそ、Aの度胸とか、Bの危なっかしい優秀さとか、二人の関係の“根っこ”が見える気がしています。
次回からは、いよいよ装備強化編に入ります。
AとBにとって、この任務がどれだけ“重要な意味を持っていたのか”が、少しずつ明らかになるはずです。
引き続き、二人の旅を見守ってください。




