第5話「流れ者の登録」
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
宿の部屋で、俺は天井を見つめていた。
昨日、街の人々の優しさで食事にありつけた。
そして、宿の主人も「今日だけなら部屋代はいらない」と言ってくれた。
でも、明日からはそうはいかない。
金が、必要だ。
「……どうするかな」
呟く。
『働けばいいんじゃない?』
Bの声が、枕元のスマホから響く。
「働くって……何を?」
『この街、冒険者ギルドがあったよ』
「冒険者ギルド……?」
『そう。依頼を受けて、報酬をもらう。よくあるシステムだよ』
「よくあるって……」
俺は、起き上がった。
窓の外を見る。
朝日が、街を照らしている。
宙に浮かぶ光の球は、朝になると消えるらしい。
人々が、もう活動を始めている。
「……行ってみるか」
『いい判断』
Bの声が、弾む。
俺は、身支度を整えた。
そして、宿を出る。
街の中心区へ向かう。
石畳の道を、歩く。
人々が、挨拶をしてくる。
「おはよう、旅人さん」
「おはようございます」
俺は、頭を下げた。
この街の人々は、本当に優しい。
昨日会った人々も、俺のことを覚えていてくれる。
そして――。
大きな建物が見えてきた。
三階建ての、石造りの建物。
入口には、看板が掲げられている。
「冒険者ギルド」
そう書いてある。
「……ここか」
『そうだよ。入ってみよう』
Bの声に促され、俺は扉を押し開けた。
中は、広いホールになっていた。
奥には、受付カウンター。
壁には、依頼の紙が貼られている。
そして――。
人がたくさんいた。
剣を持った男。
杖を持った女。
弓を持った少年。
みんな、冒険者なんだろう。
「いらっしゃいませ」
受付の女性が、笑顔で言う。
20代くらいの、明るい雰囲気の女性。
茶色い髪を、後ろで束ねている。
「あの……登録したいんですが」
「登録ですね。初めてですか?」
「はい」
「分かりました。では、こちらにお名前を」
女性が、紙を差し出す。
俺は、それを受け取った。
名前の欄に、「A」と書く。
「Aさん、ですね」
「はい」
「では、こちらにも記入をお願いします」
女性が、別の紙を差し出す。
年齢、出身地、特技――。
色々な項目がある。
でも、俺は何も覚えていない。
「……出身地が、分からないんですが」
「分からない?」
「記憶が、曖昧で……」
「そうなんですか。では、空欄で大丈夫ですよ」
女性は、優しく言った。
「冒険者には、過去を語らない方も多いですから」
「そうなんですか」
「ええ。大事なのは、今ですから」
その言葉に、俺は少し安心した。
俺は、分かる範囲で紙に記入した。
そして、女性に渡す。
「ありがとうございます。では、これで登録完了です」
「もう?」
「ええ。簡単でしょう?」
女性が、笑顔で言う。
「これが、冒険者カードです」
女性が、小さなカードを差し出す。
木製のカード。
表面に、「A」と刻まれている。
「これを持っていれば、依頼を受けられます」
「ありがとうございます」
俺は、カードを受け取った。
温かい。
木のぬくもりが、手のひらに伝わる。
「では、最初の依頼はいかがですか?」
「最初の依頼……?」
「ええ。初心者向けの簡単な依頼があります」
女性が、壁に貼られた紙を指差す。
「こちらなんてどうでしょう?」
俺は、その紙を見た。
「ドリフト・ギルドへ書状を届ける」
そう書いてある。
「ドリフト・ギルド……?」
「ええ。街の東区にある、もう一つのギルドです」
「もう一つのギルド?」
「はい。冒険者ギルドとは別の組織ですが、友好関係にあります」
「友好関係……」
『面白そうだね』
Bの声が、ポケットから響く。
「……分かりました。この依頼、受けます」
「ありがとうございます。では、こちらが書状です」
女性が、封筒を差し出す。
白い封筒。
封蝋で、封がされている。
「これを、ドリフト・ギルドの受付に渡してください」
「分かりました」
俺は、封筒を受け取った。
「報酬は、銀貨5枚です」
「銀貨5枚……」
「少ないと思われるかもしれませんが、初心者にはちょうどいい額ですよ」
「いえ、ありがたいです」
俺は、頭を下げた。
そして、ギルドを出る。
街の東区へ向かう。
石畳の道を、歩く。
封筒を、大事に抱えながら。
『ドリフト・ギルドって、何だろうね』
Bの声が、興味深そうに言う。
「さあ……でも、友好関係にあるなら、危険じゃないだろう」
『たぶんね』
俺たちは、東区に到着した。
そこは――。
中心区とは、雰囲気が違った。
建物が、もっと新しい。
いや、新しいというより――近代的。
ガラス張りの建物。
金属製の看板。
そして――。
奥に、大きな建物があった。
四角い、シンプルな建物。
入口には、電光掲示板。
「ドリフト・ギルド」
そう表示されている。
「……電光掲示板?」
『面白いね。魔法都市なのに、電子機器がある』
「電子機器……」
俺は、建物に近づいた。
扉は、自動ドア。
近づくと、スッと開く。
「……すごいな」
『中世ファンタジーと、近未来が混ざってる』
Bの声が、楽しそうだ。
俺は、中に入った。
内部は――。
さらに近代的だった。
床は、白いタイル。
壁は、ガラス張り。
天井には、蛍光灯。
そして、奥には――。
端末があった。
コンピューター端末。
モニターが、青白く光っている。
「いらっしゃいませ」
声が、聞こえた。
でも、人ではない。
端末から、音声が流れている。
「こちらは、ドリフト・ギルドです。ご用件をどうぞ」
「あ、あの……冒険者ギルドから、書状を」
「書状ですね。承りました」
端末の横に、投入口が開いた。
「こちらに、書状を入れてください」
俺は、封筒を投入口に入れた。
スッと、封筒が吸い込まれる。
そして――。
『……ん?』
Bの声が、戸惑う。
「どうした?」
『この端末……私に反応してる』
「反応?」
『データ構造が、私と似てる』
その瞬間。
端末のモニターが、光った。
「新規登録を検出しました」
音声が、流れる。
「スマートデバイスをお持ちですね。自動登録を開始します」
「自動登録……?」
『A、私のデータが読み取られてる』
Bの声が、驚いている。
「大丈夫なのか?」
『たぶん……大丈夫』
端末のモニターに、文字が表示される。
「登録完了。ドリフト・ギルドへようこそ、Aさん」
「……登録完了?」
「こちらが、ドリフターカードです」
端末から、カードが排出された。
金属製のカード。
表面に、「A」と刻まれている。
そして――。
青白く、光っている。
「これ……」
『私のデータが入ってるみたい』
Bの声が、不思議そうだ。
『このカード、私と連動してる』
「連動……?」
『うん。私がいる限り、このカードは機能する』
「そうなのか……」
俺は、カードを受け取った。
冷たい。
金属の感触。
そして――。
微かに、振動している。
『面白いね』
Bの声が、弾む。
『このギルド、旧人類の技術を使ってる』
「旧人類……?」
『昔、この世界にいた高度な文明の人々だよ』
「高度な文明……」
俺は、端末を見つめた。
確かに、この技術は異質だ。
魔法都市の中に、近未来の技術。
まるで――。
まるで、時代が混ざり合っているような。
「書状の配達、ありがとうございました」
端末の音声が、流れる。
「報酬は、冒険者ギルドに振り込まれます」
「分かりました」
俺は、カードをポケットにしまった。
そして、ギルドを出る。
外に出ると、日が傾いていた。
夕方だ。
街に、宙に浮かぶ光の球が灯り始める。
『A』
Bの声が、ポケットから響く。
「なんだ?」
『両方に登録したね。冒険者ギルドと、ドリフト・ギルド』
「ああ……勝手に登録されたけど」
『でも、いいんじゃない?』
「いい……?」
『両ギルドは、友好関係にある。協力してる』
「ああ、受付嬢が言ってたな」
『昔は、一つの大ギルドだったらしいよ』
「一つの……?」
『そう。でも、今は二つに分かれてる。秩序の街と、流れの世界』
Bの声が、少し沈む。
『でも、それでも協力してる。敵対してない』
「……そうだな」
『この世界、案外ちゃんと回ってる』
Bの声が、優しく響く。
『……壊れてるのは、私たちの方かもね』
その言葉に、俺は立ち止まった。
壊れてるのは、私たちの方――。
確かに。
この世界は、混ざり合っている。
ジャングルと、魔法都市。
中世と、近未来。
機械獣と、人間。
全部、混ざり合っている。
でも――。
それでも、回っている。
人々は、笑っている。
助け合っている。
生きている。
壊れているのは――。
俺たちの、認識の方なのかもしれない。
「……そうかもな」
俺は、呟いた。
「なら、俺も――両方で流れてみるさ」
『いいね』
Bの声が、笑っている。
『流れ者らしくて』
「流れ者……か」
俺は、空を見上げた。
宙に浮かぶ光の球が、街を照らしている。
温かい光。
俺は、この街で――。
この世界で――。
流れ者として、生きていく。
二つのギルドに属しながら。
二つの世界を、渡り歩きながら。
それが、俺の生き方なのかもしれない。
俺は、冒険者ギルドへと歩き出した。
報酬を受け取りに。
そして――。
明日からの、新しい生活のために。
(了)
二つのギルドが出てきました。
冒険者ギルドと、ドリフト・ギルド。
一つは温かく人間的。
もう一つは静かで機械的。
対照的な二つのギルドが、友好関係にある。
なぜ?
分かりません。
でも、そういう設定にしました。
「昔は一つの大ギルドだった」という設定も、書きながら思いつきました。
整合性?
後で考えます。
たぶん。
次回は――どうなるんでしょうね。
Aは、どんな依頼を受けるのか。
この街で、何が起こるのか。
作者も、まだ考えてません。
それでは、また。




