第18話「666年後の空に、弾丸は届く」
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
光が迫る。
あと、0.003秒。
いや、もっと短い。
世界の計算では、もう終わっている。
だが――。
Eの斧が、消えた瞬間に残した"何か"が、空間に残っていた。
重力場の歪み。
Eが最後に放った、意思ではない干渉。
彼は理解していた。
斧を失った瞬間、自分の存在意義も失ったと。
だが、それでも――最後に残せるものがあった。
重力を固定したのではない。
反転させた。
上下を入れ替え、質量の流れを逆行させ、隕石の落下計算を――破壊した。
世界の演算が、0.0001秒だけ停止する。
それは、誤差ですらない。
だが、その誤差が――全てを変える。
Eの身体が、光に溶けていく。
彼は何も言わなかった。
ただ、最後まで――盾であり続けた。
Dのブラックスーツが、限界を超えて起動した。
電子化された神経が、悲鳴を上げる。
身体が軋む。痛みが走る。
スーツの繊維が一本ずつ千切れていく。
だが、Dは止まらない。
彼女は知っていた。
この先に、自分の身体は残らないと。
それでも――やらなければならない。
時空間インデックスに、強制アクセス。
本来、人間がアクセスしてはならない領域。
世界の"隙間"に潜り込む。
逃げ道ではない。
"弾道"を生成する。
未来へ向かう、一本の線。
それは、誰も通れない。
人間では、通れない。
質量を持つものは、通れない。
だが――情報なら、通れる。
存在を捨てた"何か"なら、通れる。
「……A」
Dが呟いた。
その声は、もう人間のものではなかった。
電子ノイズが混じり、途切れ途切れになる。
「私たち、撃って」
Dの身体が、黒い粒子となって崩れていく。
だが、弾道は完成した。
666年後へと続く、細い糸が――確かに、そこにあった。
Cのクラウン・マントが、最終段階へと移行した。
世界を欺く能力。
それは、もう限界を超えていた。
Cの身体が、透明になる。
いや、違う。
透明ではない。
"定義"が変わった。
Cは、もう"少女"ではない。
人ではない。
物でもない。
生物でもない。
ただの――情報。
通過するための、概念。
世界が認識できない、欠落。
Cは、B・D・Eを包み込んだ。
マントが広がり、三人を覆う。
そして――四人の存在が、一つの"弾丸"へと変質していく。
人格が溶ける。
記憶が混ざる。
感情が薄れる。
それでも――意思だけは、残った。
"Aのもとを離れ、未来へ行く"
その意思だけが、四人を一つに繋いでいた。
「……A、ありがとう」
Cの声が、遠くなる。
もう、Cの声なのか分からない。
B・C・D・E、四人の声が重なっているような。
「また、会えるかな」
その問いに、答えはない。
会えるはずがない。
Aは、ここに残る。
それでも――Cは問うた。
最後まで、希望を捨てなかった。
Bが、最後に言った。
『A……俺、もう演算できない』
Bの声が、途切れ途切れになる。
ノイズが混じる。
音声が歪む。
それでも、Bは言葉を紡ぎ続けた。
『でも、これだけは分かる』
『お前は、引き金を引け』
『俺たちを、撃て』
『それが、唯一の道だ』
Bの画面が、真っ白になった。
エラーコードが走る。
システムが崩壊していく。
そして――Bの姿が、スマホから溢れ出した。
光の粒子となって、俺の手の中に集まる。
それは、もう"B"ではなかった。
人格がない。
感情がない。
ただの、弾道補正システム。
演算だけが残った存在。
俺の相棒は、自分を捨てた。
俺のために。
みんなのために。
『……A、ありがとな』
最後の言葉が、聞こえた気がした。
だが、それは幻聴かもしれない。
Bは、もう何も言わない。
ただ、俺の手の中で――光っている。
俺の手の中に、"それ"があった。
弾丸ではない。
B・C・D・E。
四人が、一つの情報弾として、俺の掌に収まっていた。
重さはない。
形もない。
だが、確かに――温かい。
それは、錯覚かもしれない。
情報に、温度はない。
でも、俺には感じられた。
四人の、意思が。
"生きたい"
"未来へ行きたい"
"Aと、また会いたい"
その思いが、俺の手の中で脈動している。
俺は、ポケットからアンリミテッド・シェルを取り出した。
弾装。
無限に弾を生成する、俺の武器。
今まで、何発撃ってきた?
何を撃ち抜いてきた?
だが、今回は――違う。
生成しない。
ただ、装填する。
四人を、弾として。
仲間を、弾丸として。
これは、正しいのか?
……分からない。
でも、これしかない。
「……悪いな」
俺は呟いた。
「お前らだけ、逃がす」
俺は、空に向けて腕を伸ばした。
銃はない。
だが、俺の手が――銃になった。
アンリミテッド・シェルが、俺の腕と同化する。
引き金が、指先に現れる。
照準が、視界に浮かぶ。
狙うのは――666年後の空。
Dが生成した弾道が、未来へと伸びている。
俺には見えないが、Bが補正してくれる。
Cが、世界を欺いてくれる。
Eが、重力を歪めてくれた。
俺は――引き金を引くだけだ。
「……行け」
俺は、引き金を引いた。
音はなかった。
光もなかった。
ただ、俺の手から――何かが、放たれた。
B・C・D・E。
四人が、弾丸として、未来へと飛んでいく。
俺には見えない。
だが、確かに――撃った。
俺の仲間を、未来へ。
そして、俺は――。
隕石が、落ちてきた。
もう、時間はない。
Eの重力歪曲も、消えた。
Dの弾道も、閉じた。
Cの欺きも、終わった。
Bの補正も、止まった。
俺だけが、残った。
一人で、この場所に。
「……ま、こんなもんか」
俺は笑った。
本当に、笑えた。
不思議だ。
死ぬのに、怖くない。
後悔もない。
ただ――少し、寂しい。
みんな、無事に着くだろうか。
666年後の世界で、ちゃんと生きられるだろうか。
Bは、また軽口を叩くだろうか。
Cは、笑うだろうか。
Dは、誰かを守るだろうか。
Eは、また盾になるだろうか。
……分からない。
でも、信じる。
みんななら、大丈夫だ。
隕石が、視界を覆う。
熱い。
いや、熱くない。
もう、何も感じない。
身体が、蒸発していく。
皮膚が剥がれる。
骨が砕ける。
意識が薄れる。
ただ――終わる。
俺の旅が。
俺の存在が。
だが、後悔はない。
仲間を、逃がした。
未来へ、送り届けた。
それだけで、十分だ。
「……じゃあな、みんな」
俺の声は、誰にも届かない。
世界が、白に染まる。
熱が、全てを焼く。
痛みすら、もう感じない。
俺の身体が、消える。
記憶が、消える。
存在が、消える。
A――その名前すら、消える。
世界は、俺を完全に削除した。
アルファベット・サーカス。
その最後の一人が――消えた。
666年後。
空に、ヒビが走った。
誰も気づかなかった。
ただ、遠くの街で――一人の老人が、空を見上げた。
「……なんだ、あれ」
老人の目には、細い線が見えた。
空を縦に走る、亀裂。
それは、世界が修正しきれなかった――弾道の痕だった。
666年前、一人の男が撃った弾丸の、残骸。
そして――空が、裂けた。
音もなく。
光もなく。
ただ、空間が割れた。
その裂け目から――四つの光が、溢れ出した。
B。
C。
D。
E。
四人が、情報弾として――666年の時を越えて、到達した。
世界は、理解できなかった。
なぜ、異物が現れたのか。
なぜ、計算外なのか。
ログを確認する。
記録を精査する。
だが、何も見つからない。
アルファベット・サーカスは、最初から存在しなかった。
ならば、この四つの光は――何だ?
世界は、結論を出した。
――原因不明の時空災害。
それ以上の定義は、不可能だった。
四つの光が、地面に降り立った。
光が、形を取り戻していく。
それは、ゆっくりとした過程だった。
まず、輪郭が現れる。
次に、色が戻る。
そして、質量が生まれる。
B。スマホの姿に戻る。画面が点滅し、起動音が鳴る。
C。白いマントを纏った少女。瞳を開き、周囲を見渡す。
D。黒いスーツの女。端末を手に、立ち上がる。
E。巨大な男。両手を見つめ、自分の存在を確認する。
四人が、そこに立っていた。
666年の時を越えて。
情報弾として飛び続けて。
ようやく――到達した。
Bが、画面を点滅させた。
『……到達、確認』
その声は、いつものBだった。
軽口も、皮肉もない。
ただ、事実を告げる声。
Cが、周囲を見渡した。
「……ここ、どこ?」
見知らぬ街。
見知らぬ建物。
見知らぬ空。
全てが、変わっていた。
Dが、端末を開いた。
「666年後、間違いない」
データが流れる。
日付、時刻、座標――全てが、未来を示している。
Eが、空を見上げた。
「……A、いない」
その言葉に、四人は黙った。
静寂が、降りる。
風が、吹く。
鳥が、鳴く。
世界は、動いている。
だが、Aは――いない。
Aは、いない。
撃った側は、残れない。
それが、最初から決まっていたことだった。
Bが、静かに言った。
『Aは……俺たちを、逃がした』
Cが、涙を流した。
「……ありがとう、A」
Dが、端末を閉じた。
「世界は、勝った。だが……」
Eが、拳を握った。
「……完全ではなかった」
四人は、空を見上げた。
ヒビの残る空を。
世界が、完全に修正しきれなかった――証を。
Aの、最後の一撃が残した――傷を。
「……行こう」
Dが言った。
「この世界で、私たちは何をすべきか」
「Aの分まで、生きる」
四人は、歩き出した。
666年後の世界で。
Aのいない世界で。
それでも――前へ。
世界は、何事もなかったかのように回り続けた。
だが、空には――小さなヒビが、残っていた。
それは、消えない。
世界がどれだけ修正しても、消せない。
一人の男が、命を賭けて撃った弾丸の――痕跡。
それは、世界の敗北だった。
完全ではない、勝利。
そして――まだ終わっていない、物語。
(了)
18話、お読みいただきありがとうございました。
Aは、死にました。完全に、不可逆に。彼は戻りません。
でも、B・C・D・Eは――666年後に到達しました。Aが、命を賭けて撃った弾丸として。
世界は勝ちました。異常変数を削除しました。でも、完全ではありませんでした。空に残ったヒビが、その証です。
これで、第一部完結です。
次回からは――666年後の世界で、四人がどう生きるのか。Aのいない世界で、何を見つけるのか。
それは、第二部をお待ちください。
【MOON RAKER 503】




