第16話「観測される側」
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
夜の森は、静かすぎた。
足音が土を踏む。枝が揺れる。風が葉を撫でる。
全てが、正常だった。
それが異常だった。
「……静かすぎない?」
Bの声が、ポケットの中から漏れる。
俺は足を止めずに答えた。
「気のせいだろ」
『違うと思うけどな』
Bの声は、いつもより低い。
俺は周囲を見渡した。木々が並び、影が揺れる。虫の音が規則正しく響いている。
……規則正しく?
足音が、一歩遅れて聞こえた。
俺の歩調と、音がズレている。
まるで、世界が俺を追いかけているような。
「……A」
後ろからDの声。
振り返ると、彼女は端末を凝視していた。表情は変わらないが、指先が僅かに震えている。
「どうした」
「……異常ログは、出ていない」
それだけ言って、Dは顔を上げた。
「だからこそ、異常だ」
俺は眉を寄せる。
「意味が分からん」
「センサーは正常。通信も正常。環境データも正常」
Dは端末を閉じた。
「……でも、見られている」
その言葉に、背筋が冷えた。
見られている。
誰に? 何に?
Dは答えない。答えられないのだろう。
ただ、彼女の視線だけが、夜の森の奥を睨んでいた。
俺は周囲を見渡した。
木々は静止している。影も動かない。虫の声だけが、機械的に反復している。
同じ間隔。同じ音程。同じリズム。
……自然は、こんなに規則正しくない。
「D」
俺は彼女の隣に立った。
「具体的には、何が見えてる?」
「……見えているわけじゃない」
Dは端末から目を離さない。
「ただ、感じる。電子ノイズの向こう側に、何かがいる」
「敵か?」
「敵なら、まだいい」
Dの声が、僅かに震えた。
「これは……観察だ。記録されている」
記録。
その単語が、妙に引っかかった。
「世界が、俺たちを記録してる?」
「……そう解釈するしかない」
Dは端末を閉じた。
「A。私たちは、何かの”データ”になり始めている」
焚き火を囲んで、五人は座る。
Eは黙って斧を磨いている。布で刃を拭う音だけが、規則的に響く。Cは膝を抱えて火を見つめている。その瞳に炎が映り込み、まるで火そのものを内に秘めているようだ。Dは端末を弄り、指先だけが動いている。Bは俺のポケットで沈黙している。いつもなら軽口を叩くのに、今夜は何も言わない。
俺は薪をくべた。
火が爆ぜる。
火の粉が舞い上がり、夜空へと消えていく。だが、その軌跡が妙に遅い。まるで、空気そのものが粘性を持ったかのように。
煙が、横に流れた。
上ではない。横だ。
風は吹いていない。
なのに煙は、まるで何かに引き寄せられるように、森の奥へと吸い込まれていく。
「……おい」
俺は立ち上がった。
「煙が、変だ」
Eが顔を上げる。Cも火から視線を外す。
Dは端末を見たまま、低く呟いた。
「気づいたか」
「お前、知ってたのか」
「三時間前から」
Dは端末を置いた。
「煙だけじゃない。星の配置も違う」
「……何だと?」
「昨日と、微妙に位置がズレている」
俺は空を見上げた。
満天の星。
どれも同じに見える。だが、Dがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
「なんで黙ってた」
「確信が持てなかったから」
Dは立ち上がり、俺の隣に並んだ。
「A。私たちは、何かに観測されている」
「敵か?」
「……分からない」
Dの声が、僅かに揺れた。
「敵じゃない。味方でもない。ただ……」
彼女は言葉を切った。
俺は待った。
Dは、ゆっくりと続けた。
「世界が、私たちを”事象”として扱い始めている」
その夜、Cが草の上に座った瞬間、草が避けた。
風が吹いたわけではない。
ただ、Cの存在を拒むように、草の穂が外側へと倒れた。
「……C」
俺は声をかけた。
Cは振り向く。表情は、いつも通り静かだ。
「なに?」
「お前、何かした?」
「……してない」
「草が、避けたぞ」
「……いつも通り」
Cは首を傾げた。
「いつも、こう」
それが、彼女の答えだった。
いつも通り。
つまり、Cにとってはこれが”普通”なのだ。
俺は草を見た。
穂が、まだ外側へ倒れたままだ。
まるでCを避けるように、円形に押し倒されている。
風ではない。
Cの”存在”そのものが、草を退けたのだ。
「……C、立ってみろ」
「うん」
Cが立ち上がる。
その瞬間、草が一斉に元の位置へ戻った。
音もなく。
痕跡もなく。
まるで、最初から何も起きていなかったかのように。
「……なんだ、これ」
俺は呟いた。
『A、聞いてもいい?』
Bの声が、久しぶりに響いた。
「なんだ」
『私たち……まだ、“生きてる”よね?』
その問いに、息が止まった。
「……何言ってんだ」
『だって、おかしいじゃない。世界が反応してる。私たちの存在に』
Bの声が、僅かに震えている。
『これって、生きてる証拠? それとも……』
「やめろ」
俺は遮った。
「考えるな。俺たちは生きてる。それだけだ」
『……そっか』
Bは、それ以上何も言わなかった。
だが、俺の胸の奥に、小さな疑念が芽生えた。
生きているのか?
それとも、世界に”記録された”だけなのか?
Cは首を傾げた。
「いつも、こう」
その言葉が、また繰り返された。
いつも。
いつから? どこで?
そして――いつまで?
俺は息を吐いた。
『A、ちょっといい?』
Bの声が、緊張を帯びている。
「なんだ」
『Cの影が、追いついてない』
「……は?」
俺はCの足元を見た。
月明かりが、Cを照らしている。
影が、地面に落ちている。
だが、その影は――Cの位置から、三センチほどズレていた。
まるで、Cの動きに、世界が追いつけていないかのように。
「C」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「お前、大丈夫か?」
「……平気」
Cは小さく笑った。
「私、いつもこう」
その言葉が、逆に不安を煽った。
いつもこう。
いつから?
そして、これから先も?
一方、Eは斧を地面に置いただけだった。
ただ、それだけ。
なのに、周囲の小石が転がり始めた。
水溜まりの水面が、波紋を描いた。
Eは動いていない。斧も静止している。
だが、重力が揺れている。
「E」
Dが近づいた。
「お前、斧を使ったか?」
「……使っていない」
Eの声は、いつも通り低く、静かだ。
「ただ、置いただけ」
「それで、これか」
Dは水溜まりを指差した。
波紋が、まだ消えていない。
それどころか、波紋が広がり続けている。
水溜まりの端に達しても、波は止まらない。
地面を這うように、波紋だけが広がっていく。
「……これ、水じゃない」
俺は膝をついて、地面に手を触れた。
湿っている。だが、水ではない。
何かが、地面そのものを”揺らして”いる。
「E、斧を持ち上げてみろ」
「……」
Eは無言で斧を持ち上げた。
その瞬間、波紋が止まった。
地面の揺れも、消えた。
まるで、Eの意思に世界が従ったかのように。
「お前の斧、まずいぞ」
俺は立ち上がった。
「世界と、繋がり始めてる」
「干渉が、無意識化している」
Dは呟いた。
「お前の斧が、世界に影響を与え始めている」
「……」
Eは何も言わなかった。
ただ、斧を持ち上げた。
その瞬間、水面が静まった。
小石も、止まった。
まるで、世界がEの動きを”待っていた”かのように。
「……これは」
俺は息を呑んだ。
「世界が、お前に反応してる」
「……」
Eは斧を背に固定した。
「A。任務、続行するか?」
「……ああ」
俺は頷いた。
「進むしかない」
遠くの街の灯りが、一斉に瞬いた。
一つ、二つではない。
全てだ。
街全体の光が、同時に消え、同時に点いた。
まるで、呼吸するように。
「……なんだ、あれ」
俺は呟いた。
Dが端末を開く。
「停電ではない。電力供給は正常」
「じゃあ、なんで」
「……分からない」
Dの声が、初めて乱れた。
「理由が、ない」
理由がない。
それが一番、恐ろしい。
鳥が飛び立った。
一羽、二羽ではない。
森全体の鳥が、同時に空へと舞い上がった。
鳴き声はない。
ただ、羽ばたきだけが、夜の静寂を切り裂いた。
そして、空へ舞い上がった鳥たちは――全て、同じ方向へ飛んでいった。
北西。
俺たちが向かおうとしている方角だ。
「……A」
Dが低く呼んだ。
「あの鳥、全部同じ種類だ」
「は?」
「群れじゃない。種が違う鳥が、同時に同じ方向へ飛んでいる」
Dは空を見上げた。
「これは、指向性を持った反応だ」
「何の?」
「私たちの、意思に対する反応」
Dの言葉が、胸に刺さった。
意思への反応。
つまり、世界は俺たちの”思考”を読んでいる。
そして、反応している。
「……Bも、そう思うか?」
『……ねえA』
Bの声が、低く響く。
『これ、偶然じゃない』
「……分かってる」
俺は拳を握った。
「でも、敵が見えない」
『敵じゃない』
Bは断言した。
『これは、世界そのものだ』
その瞬間、地面が震えた。
いや、震えたのではない。
“揺らいだ”のだ。
視界が歪む。
音が二重に聞こえる。
自分の足が、地面についているのか分からない。
世界が、俺たちの存在を”認識し直して”いる。
まるで、データを再計算するように。
「……くそ」
俺は膝をついた。
Cが俺の肩を支える。
「A……」
「大丈夫だ」
俺は立ち上がった。
視界が、戻る。
音も、一つに戻る。
地面も、確かに足の下にある。
だが、違和感は消えない。
世界が、俺たちを”再定義”した。
それだけは、確かだった。
Cが、小さく問いかけた。
「……私たち、隠れられてる?」
その言葉に、誰も即答できなかった。
隠れられているか?
いや、もう隠れられていない。
俺たちは、世界に観測されている。
それも、敵としてではなく――“存在”として。
「進むしかない」
俺は立ち上がった。
「ここで止まったら、それこそ終わりだ」
その言葉を口にした瞬間、風が逆向きに吹いた。
木々が、逆に揺れた。
音が、遅れて戻ってきた。
まるで、世界が俺の言葉に反応したかのように。
「……A」
Cが俺の服を掴んだ。
「怖い」
「……ああ」
俺は彼女の頭に手を置いた。
「俺も、怖い」
だが、止まらない。
止まれない。
俺たちは、もう”流れ”の中にいる。
世界が俺たちを観測し始めた今、後戻りはできない。
進むしかない。
たとえ、世界が俺たちを拒もうとも。
夜が、深まる。
焚き火が、消える。
五人は、黙って歩き出した。
森の奥へ。
街の灯りへ。
観測される側として――。
(了)
16話、お読みいただきありがとうございました。
今回は「世界が反応し始めた」回です。敵も黒幕も出てきません。ただ、世界そのものが、A たちの存在を”認識”し始めました。
CとEの異常が、周囲に影響を及ぼし始めています。草が避け、影がズレ、重力が揺らぐ。そしてDだけが、その”視線”に気づいています。
Bの「まだ生きてる?」という問いは、この物語の核心に触れるかもしれません。彼らは本当に”生きて”いるのか? それとも、世界に記録されたデータなのか?
……答えは、まだ出ません。
次回、17話でさらに深い異変が起こります。
それでは、また。
【MOON RAKER 503】




