第14話「観測都市ミラグレーン」
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
ミラグレーン。
その街は、毎日形が変わった。
朝には東側にあった建物が、夜には西側に移動している。広場が消え、路地が現れる。
まるで、街そのものが生きているかのように。
Aは、街の入口で立ち止まった。
「……これが、ミラグレーン」
Bが、スマホの画面を光らせた。
『うん。観測依存型都市。見る人によって、構造が変わる』
「見る人によって?」
『そう。つまり、Aが見てる街と、私が見てる街は、微妙に違う』
Dが、端末を操作しながら呟いた。
「……厄介だな」
Cは、マントを握りしめて、静かに街を見つめていた。
Eは、無表情のまま斧を背負い直した。
Aは、仲間たちに声をかけた。
「行くぞ。標的は、高位官僚のミラース。この街のどこかにいる」
Dが、端末の画面を見せた。
「変動ログを解析した。街の変形周期は、24時間ではない」
「じゃあ、何だ?」
「……観測依存だ」
Dは、冷たい声で言った。
「誰かが街を見るたびに、構造が変わる。つまり、街は”嘘をついている”」
Bが、囁いた。
『……この街、気持ち悪い』
「ああ」
Aは、街の中へ入った。
その瞬間、違和感が襲った。
Aの視界に映る建物の位置と、Bが解析する座標が、2メートルほどズレている。
人々の影が、揺れていた。
いや、揺れているのではない。
影が、本体より0.3秒遅れて動いている。
道路標識が、視点を変えると違う言語に変化する。
最初は英語、次は日本語、そして知らない文字。
建物の角が、数秒ごとに89度から93度へと揺らぐ。
肉眼では判定しづらい、微妙な変化。
見上げた空の雲が、見ている間だけ静止している。
視線を逸らすと、雲が動き出す。
公園のベンチに座る人物が、目を逸らすと別の人になる。
老人が、若者になる。
路地の奥が、覗く度に数センチずつ奥行きを変える。
世界が、主体的に観測者を騙しに来ている。
道の奥に、建物が二重に見えた。まるで、幻影が重なっているかのように。
音が、遅れて届く。
足音が、0.5秒後に耳に入る。
Aは、一瞬だけ酔いに似た感覚を覚えた。
観測負荷。
世界が、Aの認識を拒んでいる。
石畳の道が、複雑に入り組んでいる。建物は、古い石造りと、新しい金属が混ざり合っていた。
人々が、街を歩いている。しかし、その視線は、どこか虚ろだった。
Aは、周囲を警戒しながら歩いた。
その時、Cが小さく呟いた。
「……A」
「何だ?」
「……動いてない場所、ある」
Aは、Cを見た。
「動いてない?」
「うん。街は、ずっと変わってる。でも……一つだけ、動いてない場所がある」
Cは、街の奥を指した。
「……あそこ」
Aは、その方向を見た。
高い塔が、街の中心に聳えていた。黒い石で作られた、古い塔。
その瞬間、Aは気づいた。
Cが街に入った瞬間、周囲の音が2秒だけ完全停止していた。
今、Cが指した方向だけ、ノイズが消えている。
視界が、クリアになる。
音の遅延も、ない。
塔の輪郭だけが、常に同じ位置に存在している。
Cが塔を見ると、街の音が一瞬止んだ。
街の色調が、一瞬だけノイズ化した。
画面が乱れるように、色が飛ぶ。
Aだけが、それに気づいた。
Cは、異常な集中状態にあった。
Dが、端末を操作した。
「……Cの言う通りだ。あの塔だけ、座標が固定されている」
Bが、驚いた声で言った。
『え、本当? じゃあ、標的はあそこに……』
「可能性は高い」
Aは、塔を見つめた。
「行くぞ」
仲間たちが、頷いた。
Aたちは、塔へ向かって歩き出した。
しかし、街は複雑だった。
曲がり角を曲がるたびに、景色が変わる。さっきまであった広場が、消えている。
Aの認識とDの解析結果が、毎秒1〜3メートルずれる。
Eの重力感覚が、狂った。
内部コンパスが、地面を右に傾いて見せる。
Dが、端末を睨んだ。
「……くそ、座標が合わない」
「どういうことだ?」
「街が、私たちを誘導している。塔へ辿り着けないように」
Bのセンサーが、複数の偽Cを検知する。
『C……が、五人いる?』
Dが解析した地図が、数秒で無効になる。
Bが、囁いた。
『……A、この街、意識がある』
「意識?」
『うん。街そのものが、私たちを拒んでる』
Aは、立ち止まった。
Cが、マントを翻した。
「……私、行ける」
「C?」
「私なら、街に気づかれない」
Cは、マントを深く被った。
その瞬間、Cの気配が消えた。
視界には映っているのに、存在感がない。
Cの足音が、街の変形に同期して少し遅れて響く。
Cの影が、薄くなった。
街の影とは、干渉しない。
Bが、ノイズを起こした。
『C……どこ?』
「……ここにいるよ」
Cの声が、すぐ近くから聞こえた。しかし、どこにいるのか分からない。
Dが、小さく息を吐いた。
「……Cは、街に認識されていない。だから、街の変形に影響されない」
「じゃあ、Cに塔の中を偵察させる」
「待て」
Dが、Aを止めた。
「Cだけでは危険だ。標的がどこにいるか分からない」
Aは、少し考えた。
「……じゃあ、全員で行く。Cに先導してもらう」
Cが、小さく頷いた。
「……分かった」
Cは、静かに歩き出した。
Aたちが、その後に続く。
街は、相変わらず変化していた。しかし、Cが歩く道だけは、変わらなかった。
Cの後ろを歩くと、揺れていない街が見える。
しかし、視線を逸らすと、すぐに崩れる。
まるで、Cが”正しい道”を見抜いているかのように。
Dが、囁いた。
「……Cは、街の嘘を見抜いている」
「嘘?」
「ああ。街が作る”偽りの構造”を、Cだけが無視できている」
Bが、小さく呟いた。
『……世界を欺く能力、か』
Aは、Cの背中を見つめた。
Cは、静かに歩いていた。その足音は、相変わらず聞こえない。
そして、塔の前に辿り着いた。
黒い石の塔。入口には、重い扉がある。
Dが、端末を操作した。
「……内部の構造は、読めない。電子妨害が強すぎる」
「じゃあ、直接入るしかないな」
Aは、扉に手をかけた。
扉が、静かに開く。
内部は、暗かった。
Aは、仲間たちを見た。
「潜入する。標的を確認したら、狙撃の準備に入る」
Dが、頷いた。
「了解」
Eが、短く答えた。
「任務」
Cが、小さく呟いた。
「……A、気をつけて」
「ああ」
Aは、塔の中へ入った。
内部は、螺旋階段が続いていた。石の壁が、冷たい。
階段を上る途中、Aは気づいた。
段差が、途中で短くなっている。
最初は20センチの段差が、いつの間にか15センチになっている。
壁の角度が、90度を保っていない。
視界と計測に、差がある。
Dの電子妨害が、塔内部だけ効かない。
吸収されるように、消える。
Eが、小さく呟いた。
「……重力の向きが、不安定だ」
壁の模様が、観測者の視線に合わせて左右反転する。
Aの呼吸音が、0.2秒遅れる。
Cだけは、正しい角度を把握している。
Aたちは、静かに階段を上った。
そして、最上階に辿り着いた。
広い部屋。中央には、大きな窓がある。
そして、窓の前に、一人の男が立っていた。
ミラース。
高位官僚。黒いローブを纏い、背中を向けている。
Aは、息を殺した。
Dが、囁いた。
「……標的、確認」
Bが、静かに言った。
『A、狙撃の準備に入る?』
「ああ」
Aは、仲間たちに合図を送った。
そして、塔を降りた。
街の外れ。廃墟になった建物の屋上。
Aは、Bを狙撃銃の形に変形させた。アンリミテッド・シェルを装填する。
「距離は?」
Dが、端末を操作した。
「約1200メートル。風速、3.2メートル。湿度、68%」
「……遠いな」
『A、私が軌道修正する。でも、演算はギリギリだよ』
「分かってる」
Aは、スコープを覗いた。
塔の窓が、見える。ミラースの姿が、小さく映っていた。
Aは、地上と塔の揺れのズレを観測した。
塔は静止している。
しかし、地上は揺れている。
その時間差は、約0.4秒。
Bの画面が、僅かに曇った。演算熱で、画面に残像が走る。
Dが、冷たい声で言った。
「時間は読めない。街が変形する瞬間を狙う」
「変形の瞬間?」
「ああ。街が変わる時、一瞬だけ”観測が止まる”。その瞬間なら、弾道が狂わない」
Aは、息を整えた。
過去の狙撃任務が、一瞬だけ頭をよぎる。
雨の中の標的。
風の中の標的。
そして、今は――観測依存の街の中の標的。
Cが、静かに塔を見つめていた。
Cが塔を見ている間だけ、空気が止まる。
Eの斧が、微かに震えている。
地面に、半径数センチの重力凹みができている。
Dが、風向きと湿度の揺らぎを解析する。
しかし、数秒で値が変わる。
その目は、まるで未来を見ているかのようだった。
「……いつだ?」
「……待て」
Dが、端末を睨んだ。
時間が、ゆっくりと過ぎていく。
Cが、静かに立っていた。その目は、塔を見つめている。
まるで、結果を知っているかのように。
そして――。
Dが、囁いた。
「……今だ」
Aは、引き金を引いた。
(了)
観測依存型都市ミラグレーン。街そのものが嘘をつき、観測者を惑わす。しかし、Cだけは”正しい座標”を見抜いている。これは、Cの世界欺瞞能力がさらに深化している証拠かもしれません。
そして、超遠距離狙撃の準備が整いました。次話で、暗殺が実行されます。
……たぶん、成功します。たぶん。




