第12話「魔天牢・脱出」
これから始まる物語は、少し変わっています。
設定が崩壊します。矛盾します。破綻します。
でも、それでいいんです。
なぜなら、この作品のテーマは「崩壊」そのものだから。
作者「MOON RAKER 503」が、その時思いついた設定を適当に投入します。
故に矛盾します。
作者自身、コントロール不能な物語です。
ゴールも分からないままスタートします。
完結するかも分かりません。
それも含めて、楽しんでいただければ幸いです。
では、始めましょう。
少年Aと、AI・Bの物語を。
魔天牢。
暗黒都市の最深部。金属の霧が漂い、赤い警告灯が明滅している。
ここは、世界の”残骸”が集まる場所だった。
壁には、無数の囚人番号が刻まれている。焼け焦げた通路、古い逃走の痕跡、壊れた監視ドローンの骸。
時が、層になって積もっている。
しかし、それだけではない。
魔天牢は、旧人類が遺した防衛施設の成れの果てだった。
本来は、“記録されてはならない存在”を収容する場所。
世界の裏側。
Aは、壁に刻まれた囚人番号の一つに目を留めた。
『C-###』
Cに似た形式の番号。
その隣には、『A-###』『B-###』も刻まれていた。
Bが、解析して囁く。
『……これ、今の世界の規格じゃない』
Dが、低く補足した。
「ここは、世界の裏側だ」
光が、0.3秒遅れて届く。
金属霧に、記録されていない色が混じる。淡い紫。赤と青の中間のような、名前のない色。
足音の反響が、方向を間違える。
左で鳴らした音が、右から返ってくる。
壁には、過去に脱走した囚人の影だけが残っていた。肉体は消え、影だけが焼き付いている。
Aは、仲間たちと共に、最古層の通路を走っていた。
Eが、巨大な斧を背負って先頭を走る。その足音は重く、床が僅かに軋んだ。金属が悲鳴を上げるような音。
Dが、影のように後方を警戒している。その姿は、薄暗い通路に溶け込んでいた。電子的な静寂が、Dの周囲を包んでいる。
Cは、マントを翻しながら、Aの隣を走っている。その足音は、相変わらず聞こえない。
Bが、Aの腰に巻き付いた鞭の形で、囁くように言った。
『A、まずいよ。看守核が来る』
「看守核?」
『魔天牢の防衛AI。侵入者を排除するために作られた、自律型の殺戮兵器』
Dが、端末を操作しながら報告した。
「時間、2分ない。急げ」
Aは、走りながら周囲を見渡した。
通路は狭く、天井は低い。逃げ場はない。
その時、異変が起きた。
天井の警告灯が、フレームを落とした。
赤い光が、カクカクと動く。
まるで、古いアニメーションのように。
空気中の蒸気が、静止した。
そして、急に再生された。
世界が、処理落ちしている。
Eが、小さく呟いた。
「……重い」
Dが、端末を睨んだ。
「電子の流れが、歪んでる」
Cは、無言だった。ただ、マントを握りしめている。
Aは、短く指示を出した。
「散開準備」
その時、床が僅かに振動した。
低い、低い音。
4.1ヘルツの振動が、骨を揺らす。
Bが、ノイズを起こした。
『……これ、来る』
Cの気配が、一瞬だけ薄れた。
まるで、存在が”滑った”ように。
「C、大丈夫か」
「……平気」
Cは、小さく答えた。その声は、静かだった。
通路の空気が、圧縮され始めた。
何かが近づいている。
赤い警告灯の明滅が、遅くなる。
まるで、時間そのものが歪んでいるかのように。
金属霧が、重力で落ち始めた。
霧が、地面へ沈む。
Eが、立ち止まった。
「……来る」
その言葉と同時に、通路の奥から光が溢れた。
それは、青白く、冷たい光だった。
センサー光が、壁に反射する。
赤い点が、追跡アルゴリズムのように動く。
Aの五感が、数値化される。
心拍:92。
体温:36.8度。
距離感:敵まで約45メートル。
全てが、上昇していく。
しかし、Cだけは逆だった。
Cの数値が、下がっている。
存在ノイズ。
そして、現れた。
看守核。
直径3メートルの多面体。黒い金属で覆われ、表面には無数のセンサーが埋め込まれている。中心部には、赤く光る単眼が浮かんでいた。
冷却音が、静かに響く。
複数のレーザー砲口が、Aたちに向けられる。
Aは、一瞬で最適な射線を計算した。
右側壁、反射角度28度。
しかし、Cの位置だけ計算に入らない。
数値が、取れない。
Aの頭の中に、前世の断片的な違和感が差し込む。
まるで、昔もこんな状況があったような――。
Bが、緊張した声で言った。
『重力レーザー装備……A、これ、ヤバイ』
Bが演算補助しようとするが、Cの影だけ計算不能。
「分かってる」
Aは、Bを銃の形に変形させた。アンリミテッド・シェルを装填し、構える。
Eは、瞬時に判断した。
「俺が前」
ウォーデン・コアが、単眼を光らせた。
センサーが、死角を作る。
物理法則が、歪む。
レーザーが、多重展開した。
三方向から、同時に。
Aは、横に跳んだ。レーザーが、床を貫通する。金属が溶け、黒い煙が立ち上った。
「D!」
「了解」
Dが、影の中に消えた。
次の瞬間、ウォーデン・コアの周囲に電子ノイズが発生する。レーザーの軌道が、僅かに歪んだ。
しかし、妨害がノイズ暴走を起こしかける。
Dの声が、通路のどこかから響いた。
「……くそ、逆流してる」
電子の気配だけが残る。金属音だけが消えている。
Aは、引き金を引いた。
弾丸が、ウォーデン・コアに命中する。しかし、装甲に弾かれた。
旧文明の複合装甲。
魔力と物理の反発層。
『A、装甲が硬すぎる! 貫通弾じゃ無理!』
「くそ……」
ウォーデン・コアが、再びレーザーを放つ。
Aは、転がって回避した。壁が焼け、金属の破片が飛び散る。
Aが叫ぶ。
「D、右から回れ!」
しかし、Dは既に左へ動いていた。
Aの指示と、Dの判断がズレる。
Dが、単独で動きすぎている。
Cの姿が、完全に消えた。
影すら残さない。
通路が、Cを”存在しない”として処理する。
気配も、音も、何もない。
Bが、囁いた。
『C……どこ?』
「……分からない」
Aは、ウォーデン・コアを睨んだ。
その時、Eが前に出た。
「任せろ」
Eは、背中から斧を引き抜いた。
《グラビティ・ヘルムアクス》。
巨大な両刃の斧。その刃は、黒鉄と白銀が混ざり合った異層金属で作られている。
Eが、斧を構えた。
ウォーデン・コアが、レーザーを放つ。
Eは、動かなかった。
ただ、斧を前に掲げた。
瞬間――。
斧の周囲に、透明な壁が現れた。
重力壁。
レーザーが、壁に当たって拡散する。光が、四方に散った。
空気が、落ちた。
霧が、地面に沈む。
風が、Eへ吸い込まれる。
光が、歪む。
影が、全てEに向かって流れる。
床が、10センチ沈んだ。
重力が、一点に集中している。
Aは、息を呑んだ。
「……デカいのに、繊細すぎる」
Eが、低く呟いた。
「……通す」
斧を、振り上げる。
この世界の重力法則が、歪む。
霧、光、影、全てがEの斧に吸い込まれていく。
その軌跡が、空間に残る。
そして、振り下ろした。
《墜撃》。
斧が、地面に叩きつけられる。
瞬間、重力が一点に収束した。
空間が、歪む。
床が、縦に割れた。
規則性のない、螺旋状のヒビ。
ウォーデン・コアが、引きずり込まれるように落下した。
装甲が軋み、センサーが砕ける。
単眼が、消えた。
しかし、その時、Eの重力攻撃が周囲に悪影響を出した。
天井が、軋む。
Aが、叫んだ。
「E、止めろ!」
Eが、斧を止める。
重力が、元に戻る。
通路全体が、崩れ始めた。
金属の落下音。
歪んだ警報音。
振動が、足元から伝わる。
Bが、呆然と呟いた。
『……え、今の……』
「行くぞ」
Aは、仲間たちに声をかけた。
Dが、影から姿を現す。Cも、マントを翻して戻ってきた。
Cが戻った瞬間、Aの弾丸が飛んでいた軌道にCがいた。
危うく、味方の攻撃を受けるところだった。
存在を認識されないことで、Cは味方すら避けられない。
Eは、斧を背中に戻した。
「任務、完了」
「ああ、助かった」
Aは、崩れた床を飛び越えて、通路を駆け抜けた。
仲間たちが、その後に続く。
通路が崩壊していく。
金属の悲鳴が、背後で響いた。
そして――。
地上階へ、出た。
夜の魔天牢。
そこは、東京と悪夢が混ざり合ったような都市だった。
超高層ビルが林立し、黒い霧が街を覆っている。その霧は、ゆっくりと蠢いていた。生き物のように。
遠景のビルが、数秒遅れて像を結ぶ。
まるで、世界がラグを起こしているかのように。
ドローンの影が、本体より先に動く。
影が先、本体が後。
ネオンが明滅し、歪んだ光が街を照らす。色が、正常ではない。赤が紫に滲み、青が緑に溶ける。
色が、混線している。
人影がある。
しかし、誰も近づいてこない。
街全体が、不気味に静かだった。
足音の反響方向が、逆になる。
前で鳴らした音が、後ろから返ってくる。
ドローンが上空を巡回していた。赤い光が、街を監視している。
Aは、息を整えた。
仲間たちも、それぞれの姿勢で立っている。
Eは、無表情のまま斧を背負い直した。
Dは、影の中に半身を隠している。
Cは、マントを握りしめて、静かに立っていた。
Bが、鞭の形からスマホの形に戻った。
『……やれやれ、無事に脱出できたね』
「ああ」
Aは、仲間たちを見渡した。
この五人じゃないと、魔天牢は抜けられなかった。
Aは、それを確信していた。
Dが歩調を、僅かにAに合わせる。
Cが、Aの腕を掴んだ。
存在確認のような、静かな動作。
「……これで、五人だな」
Dが、冷たい声で言った。
「A、あなたは危険だ。でも……悪くない」
Eが、短く答えた。
「任務。同行する」
そして、Eは一言付け加えた。
「……守る」
Cが、小さく呟いた。
「……Aと、行く」
Bが、疲れたような声で言った。
『はいはい、また私の負担が増えるわけね』
しかし、Bの声には、僅かな温かみがあった。
Aは、小さく笑った。
「悪いな、B」
『別に。慣れてるから』
五人の視線が、揃った。
夜の街が、彼らを見下ろしている。
Aは、前を向いた。
「……ここからが、本番だ」
仲間たちが、頷いた。
そして、彼らは歩き出した。
夜の魔天牢を抜けて。
世界の謎を解くために。
Eの斧が、微かに振動していた。
その音は、誰にも聞こえなかった。
ただ、Eだけが、それを感じていた。
斧の中心に埋め込まれた、重力核の鼓動を。
Cの影が、一瞬だけ遅れて動いた。
世界が、彼らを認識しようとして、失敗した。
(了)
D・Eが正式に加入し、五人のパーティが完成しました。Eの《グラビティ・ヘルムアクス》の圧倒的な力と、Dの影移動、Cの世界欺瞞――それぞれの異質さが、少しずつ見え始めています。
魔天牢の最深部で何があったのか、Eの斧に眠る重力核とは何なのか。その答えは、まだ誰も知りません。
……作者も含めて。




