懐古
「………………」
何かが聞こえてくる。
何処だろう?眩しくて目を開けることが出来ない。
これは夕日だろうか……?橙色の暖かい光が、瞼越しに瞳孔を刺激する。
「イライザ……」
私を呼ぶ声がする……。その呼び声に導かれるようにして、私はそっと瞼を開いたのだ。
「勇者殿……」
瞼を開いた先、夕日に照らされた眩しい微笑みを浮かべている勇者の顔が、私を覗き込んでいた。
「トールでいいよ、今日はめでたい日じゃないか。」
勇者の口から優しい口調で語られる。
そうだ……今日は魔物の大群を我が祖国、リデオン王国から退かせることが出来た日だ。
……それもこれも、勇者殿が手を貸してくれたからだ。
「勇者殿……いやトール殿、本当に助かった。あらためて感謝する。」
「いや……これは僕がやらなきゃいけないことだから……」
勇者は自重気味に返答する。かつては謙遜をしているのだと思っていたが、今思えばこの時も彼は自分の者ではない責任と罪の意識に苛まれていたのだと理解できる。
…………”今思えば”?……私は何を言っているのだろうか?私はいつ勇者の心情を察することが出来るほど彼と親密になったというのだろう?
「そうだ、イライザに渡したいものがあって……」
私が難しい顔をしていたのを察したのだろうか、話題を変えるようにポーチから何かを取り出した。
それは何かの種のようで、夕日に照らされているせいか光り輝いているように見える。
「…………これは?」
「これはね、僕の加護を宿した物質だよ。使えば、キミの聖属性を底上げしてくれるはずさ。」
私は彼から手渡された種を受け取り、促されるままに呑み込む。
喉を通った瞬間、温かいスープが身体に染み渡るような感覚に陥る。この暖かさは、確実に私を守ってくれるだろう。
そう確信させてくれるような、安心感が私を包み込んでいった。
・
意識を取り戻した首無し騎士の視界に飛び込んできたのは、先ほどまで広がっていた暖かい夕焼けとは間反対の印象を与える暗く冷たい部屋の一室だった。
牢屋ではないが、壁と床は石レンガで構成されており、目の前の扉には堅牢そうな鍵で施錠されている。
扉の向こう側には、聖騎士が定期的に交代しながら見張りを立てている。
無論そんなことをしなくても、逃亡する気など無いし、現状頭部だけの状態で逃亡など謀ることはできないのだが……おそらく、彼らの監視は首無し騎士の監視よりもまた拉致をされてしまうことを阻止するための動きだろう。
(私は……夢を見ていたのだろうか……というより、どうやって眠ったのだろうか……)
不死者は眠ることが出来ない。そんな自分がいつの間にか意識を手放し、夢を見ていた……。どうにもおかしい。
自分は実は不死者ではないのではないか……?そんなバカげた希望を間違えて抱いてしまいそうになってしまう。
「ジャックのことを言えないかもな。」
首無し騎士は自嘲気味に苦笑すると、小さくため息を吐く。
こうなってしまったことにも遺憾なのだが、何よりもリリア・フォードリアスとの間に”壁”が築かれてしまったことが非常に悲しい。
「私は……どこで間違えたのだろうか……」
ぽつりとつぶやかれた一言が部屋の虚空の中に消えていった。
・
「納得いかないよ!!」
冒険者ギルドの中、クリス・ケラウスの怒号が響き渡る。
その怒号の矛先は、邪神崇拝者を連行している聖騎士隊に向けられていた。今現在、聖騎士たちは今回の一件であぶりだされた冒険者ギルドに潜伏していた邪神崇拝者たちを一網打尽にしていたのである。
その様子を目撃されたクリス・ケラウス達に見つかったため、絡まれているのだ。
勿論、納得いかないと抗議している内容は、邪神崇拝者が連行されている件についてではない。魔物の襲撃が収束してから、また首無し騎士が収監されてしまった件についてだ。
あれだけ献身していた首無し騎士をどうして情状酌量にしてくれないのか、彼女としては到底納得できない事態であった。
「今回の件は、本人の善性云々は関係ない。その身に危険で邪悪なチカラを宿しているのが問題なんだ。」
「でも……だからって……!」
「いいか?今回の収監に関しては、本人も納得している!」
聖騎士は吐き捨てるようにそういうと、拘束された邪神崇拝者たちを引き連れて冒険者ギルドを後にする。
その場にはポツンとクリス・ケラウス達だけが残されていた。
「クリス、説明を待つべきだ。」
「なんで!?ジャックは連れて行かれるところを見てたんでしょ!?」
「見てたさ、確かに首無し騎士は自分から収監を望んだんだよ。」
あの場に居合わせていたのはジャックだけだ。後から合流したクリス・ケラウス達にしたら、納得できないのも仕方がないだろう。
「二つ目の魔王因子か……厄介だな本当に……」
「うそ!?イライザったらまた魔王因子に目覚めちゃったの!?」
唐突に背後から聞こえてきた声にジャックは飛びのく。
驚いたのはジャックだけではなく、クリス・ケラウスも、トト・ルトラも、ロザン・リクレイでさえも「ぎゃあ!」と驚愕の声をあげていた。
しかし、ジャックだけはその声に聞き覚えがあったのだ。改めて冷静に謎の声の主を見つめると、呆れたように語り掛ける。
「…………背後に立つな……ディネリント……」
その場にいたのは、紛れもなくかつての勇者一行の一人であり、クリミア聖王国にて勇者の手記を封印していたはずのディネリントであった。
「やぁ、処置が終わったから帰ってきたけど……結構なことがあったみたいだね?」
彼女は相変わらず軽い調子で、ジャックの目の前に現れたのである。




