門出
早朝、街の側溝から泥をかき出している人影がある。
頭部がなく、胴体のシルエットだけがあくせく働いている不気味な光景だ。
普通ならそんなものを見かけても近づかないだろう、それどころか腰を抜かしてその場にへたり込む者も出るだろう。
「そんなところで何してんの?」
そんな人影に知人のように話しかける声が聞こえてくる。
その声に彼女は動きを止め、地面に置いていた自分の首を持ち、周囲を見まわした。
「ああ、ジャックか。なに、少しな。」
ジャックは改めて目の前にいる首無し騎士の姿をまじまじと眺める。
最早首無し騎士とは名ばかりで、頑強な鎧も、武器も所持していない。代わりにその手に握られているのは泥のついたスコップだ。
聖騎士隊のつてで教会に用意してもらった服は元々ボロボロのものを選んだのもあり、側溝の泥に塗れたその姿は首無し騎士というよりも死んだ泥人間と言った感じだ。
鎧も武器も、全部首無し騎士から聖騎士隊に預けた物だ。“自分は危険な上位不死者だからせめて出来るだけ危険度を落としておきたい”らしい。
………スコップも充分武器になり得ると思うのだが……
「みんなの懇意で町に居させてもらっているんだ。私だけ何もしないわけにはいかないだろ?困り事がないか聞いて回ったらな、側溝の泥が溜まって困っているということだったから掻き出していたんだ。」
いきなり不死者が困り事を調査しに来たら思わず叫んでしまいそうなものだが、聖騎士隊、冒険者はじめこの町ではある程度この首無し騎士のことが噂になり、周知されている。
……とはいえ、これは少しいただけない。
「……側溝の泥すくいは新人冒険者にとっての大切な収入源だ。それを無料でやられたらたまったもんじゃないよ。」
疲労を感じない不死者だからか、元騎士由来の体力だからか、ジャックが首無し騎士を見つけた頃にはすでに大半の側溝から泥が掻き出されていた。
薬草採取などと比べると、新人冒険者からも人気のない仕事だが、これを主な収入源にしてる者がいるのも事実。
つまり、首無し騎士の行った行為は横から仕事を掠め取る行為なのだ。
「そ……そうなのか…それはすまないことをしてしまった……。」
首無し騎士は慌てて側溝を乗り越えると、その場にスコップを置き、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
この首無し騎士のことだ、どうせ“自分は何をやっても他人の迷惑にしかならないな”とか後向きな思考をしているのだろう。
ジャックは深く溜息を吐くと、首無し騎士に助言する。
「アンタ、側溝から取り出した泥そのままにしてるだろ?アレの処理を泥すくいに来た冒険者に頼むといいよ。あの泥も、炎属性魔法で処理しないといけないから持っていく場所が決まってるんだよ。持っていくだけでもそれなりに給金が貰える筈だから。」
首無し騎士はジャックの助言を聞いて、取り出した泥を一箇所に集め始める。街の人々が眠りから覚め、人影がチラホラ見え始める頃には大量の泥の山が築かれていた。
「しかし、キミの話を聞いて少し気になったのだが……」
首無し騎士は手足についた泥を落としながらジャックに問いかける。
「つまるところギルドというのは“労働斡旋所”で、冒険者というのは“日雇い労働者”という認識でいいのだろうか?」
ジャックは首無し騎士の疑問に顔をしかめた。
そう言えば、ギルドや冒険者という制度が出来たのはかれこれ280年前で、この首無し騎士が死んだ後だ。はじめて会った時もギルドという言葉に疑問を持っていた様子だった。
「まぁ……ギルドって言っても様々あるんだけど、“冒険者ギルド”に関してなら似てはいるかな。」
ジャックは手に持った首無し騎士の頭にそう話しかける。
手を洗ってるいる間、持ってあげているのだ。
「まぁ、厳密には“危険すぎて誰もやらないようなこと”とか、“人手不足の時に依頼として出すとこ”みたいな認識。ほら、町に近いとこの薬草採取とかは自分たちでやるけど、危険な森の中に入るような薬草採取は冒険者に依頼して採ってきてもらうか、護衛として雇うかするんだよ。あとは、騎士や国が動いてくれない時とか魔物討伐を請け負ったり……あとは未開の地を調査したり、発見された古代迷宮を調査したり………」
ジャックの説明を聞いていた首無し騎士が腕の中で合点のいった表情をする。
「そうか……つまりは“勇者が旅の途中でやっていたこと”を冒険者ギルドというのが代行するようになったということか。」
首無し騎士の言葉にジャックは驚いた様子を見せる。
確かに“ギルド”という制度や“冒険者”という概念を提唱したのは魔王を打ち倒した後の勇者だという話がある。
「………勇者って、魔王討伐の旅の片手間でそんなことしてたの?」
「ああ、してたとも。旅の先々で困った人間がいたらそれこそ“側溝の泥すくい”から“ドラゴン退治”まで見過ごすことは無かったぞ。」
勇者の逸話でドラゴン退治などは聞いたことがある……しかし、そんな雑用まで進んで行っていたというのは初耳だ。
「もしかして……アンタって結構重要な“歴史の証言者”なんじゃないの?失われた内容とか……」
「はははっ!茶化さないでくれ!所詮私は一つの国に閉じこもってた身だ!………だが、私の祖国、《リデオン王国》に訪れた時の勇者は、噂に違わぬ青年だったよ。」
首無し騎士は遠い昔の記憶を引っ張り出すように目を細める。
「“英雄色を好む”というだろう?彼を見て私はその言葉を実感したよ。彼の仲間は見事なまでに女性だらけだった。」
首無し騎士は苦笑しながら冗談混じりにジャックに語りかける。
それは歴史書にも英雄達の逸話として語り継がれていて有名だ。
「アンタも誘われたり?」
「ああ…そんなこともあったな。魔王を討ち倒すのに加われるのは大変栄誉な申し出だったが、私は祖国を護る責務があるから断ったよ。」
ジャックとしては冗談で言ったつもりだったのだが、どうやら本当にあったことのようで正直驚く。
「まぁ、私があの申し出を断り、国に留まったせいで“勇者の仲間がいる国”と、魔王軍幹部に目をつけられてしまったのだがな……」
首無し騎士はまた暗い表情をするようになってしまった。
祖国を護るために国に留まったことが災いして国が崩壊してしまう……なんとも皮肉な話だ。
「………年寄りってすぐ昔の後悔とか人に話して聞かせるよね。」
「とし………っ…まぁ、確かに年寄りではあるんだろうが……」
ジャックの放った一言に結構ショックを受けた様子の首無し騎士。
しかし、そのおかげで先程の話題から思考を逸らすことが出来たようだ。
「そういえば、私に何の用だったんだ?わざわざ朝早くから私を探してたってことは何か用事があったのだろう?」
首無し騎士の問いかけにジャックは眉を顰める。
まるで自分が用事がないと他人と関わりを持ちそうにない人間みたいな言い草だ。
まぁ、確かに用事があって首無し騎士を探していたわけではあるのだが……
「あの聖騎士、リリア・フォードリアスって人から便りが来たんだよ。なんでも《リペリシオン王国》王都にいる聖教会司教と話が付いて、会ってくれるってさ。」
ジャックからの朗報に、首無し騎士の精気のない瞳が爛々と輝く。
「そうか……!そうか!司教様なら高位の祈祷が可能かも知れない!!早速フォードリアス殿の元に赴いて……!!」
首無し騎士の胴体は自らの頭をジャックから受け取ると、早速歩き始めようとする。
「待ってよ。不死者の首無し騎士が一人で街への出入りを認められると思ってんの?」
ジャックの言葉にピタリと首無し騎士の足取りが止まってしまう。
どうやらこの不死者は思い立ったが即行動するタイプらしい。
「だ……だがそれじゃあどうするんだ?わざわざフォードリアス殿に出てきてもらうのもしのびないだろ」
「まぁ確かに手紙にもしばらく迎えに行けそうにないってあったしな。」
先程までの目の輝きは何処はやら、首無し騎士の瞳はすっかりいつもの死人のような目に戻っていた。
ジャックはまた溜息をつくと、首無し騎士に話しかける。
「だから俺が一緒についててってやろうと言いに来たんだよ。なんやかんやアンタらに迷惑かけたし、アンタの最期見届けないとモヤモヤするしな。」
「そうか……だがキミにも生活があるんじゃないのか?私のためにそこまですることも……」
ジャックの申し出を首無し騎士は断ろうとするのだが、それをジャックは睨みつけて黙らせる。
「俺は元々この街に定住してるわけじゃないんだよ。冒険者なんだから街から街へと移動する生活をしてんの!その寄り道に付き合ってやろうって言ってんの!!」
「そ……そうか……また迷惑をかけてしまうが……すまないな。」
ジャックの気迫に押される形で首無し騎士は同行を承諾する。
この首無し騎士の後向きな思考は不死者だからなのか、本人の気質なのか……それとも300年間の疲労と懺悔の賜なのだろうか。
ともかくジャックはめんどくささを感じていた。
「じゃあ、準備を整えたら出発するよ。」
「ああ、よろしく頼む。」
二人は顔を合わせ、歩み始める。
「………というか、側溝の泥……忘れてないよね?」
「…………すまない。」




