魔の手
「…………やられた。」
もぬけの殻と化した牢屋を前に、リリア・フォードリアスは立ち尽くし、頭を抱える。
いつまでたっても配置に戻らない傭兵がいると、デューク司祭が言った時から嫌な予感がしていたのだ。
まさか殺された状態のまま牢屋の見張りをしていたなどと、誰が思うだろうか。
「どうするんだ……私が庇い建てできる範疇にないぞ……クロスライト殿……。」
ただでさえ生き残った貴族たちに未だ講義をされ、教会預かりにするというだけでもギリギリだったというのに、処分を望む声を抑えることはできなくなるだろう。
そうなれば、通常の手段で滅することのできない首無し騎士は終わらない処刑を延々続けられるのは必須。そのまま実験体の様な扱いに移行されるのは想像に難くない。
不死者となっても敬虔な信徒としての精神を失うことなく、立派な騎士として振舞っていた彼女をそんな目に合わせるのは、リリア・フォードリアスにとって決して本位ではないのだ。
「隊長、死体の調査結果なのですが……」
頭を悩ませているリリア・フォードリアスの元へ部下の聖騎士が近寄って来る。その彼の表情は硬く、また悪い知らせが続くことを暗に語っていた。
しかし、聞かないわけにはいかない。
「………どうした。」
「はい、件の死体……確かにデューク司祭様が雇った冒険者に変わりないのですが……」
そういいながら、部下は一枚の紙をリリア・フォードリアスへ手渡してくる。
その紙は男の身体を転写魔法で紙に写したものであり、男の身体には例の邪神信仰の印が刻まれていた。
「…………間違いないのか?」
「はい、鑑定をした者の話だと、この入れ墨を入れてから数年は経過しているものだそうです。」
ならば、首無し騎士は邪神崇拝者にかどわかされそうになったところを何とか抵抗し、脱したものだと考えられる。それならまだ首の皮がつながって…………
「………ないな。脱したとしても、聖騎士に無断で姿を眩ませていい理由にはならない。そもそもクロスライト殿なら真っ先に我々へ報告してくるはずだ。」
この死体の男が傭兵の中に紛れ込んでいたのだとしたら、他にも邪神崇拝者が潜んでいる可能性は十分ある……そのことを忠告しに来ない人物ではないと、リリア・フォードリアスは首無し騎士を評価している。
「ともかく、他に潜んでいる邪神崇拝者がいないか傭兵たちを調査しろ。身体検査をして印の有無を確かめるんだ。」
「はい!」
「並行してクロスライト殿の捜索も続けるんだ。」
リリア・フォードリアスの指示を受けて部下は足早に戻っていく。
それにしても……頭部はともかくとして、封印を施した胴体をどうやって持ち出したのだろうか。
・
_____数刻前。
リぺリシオン王国近郊の森で身を潜めていたジャック達は、移動を繰り返して獣が使っていたのであろう洞穴の中で顔を突き合わせていた。
議題は勿論、首無し騎士の胴体奪還についてだ。
「どうする……?思わぬ邪魔が入ったせいで、頭部しか持ち出せなかったけど。」
「しばらく期間を開けたほうが無難じゃないかな?」
「いや……俺ら以外にも首無し騎士を連れ出そうとしている奴らがいるとわかった異常、手をこまねいているのは危険だ。」
「でもよ、急いで行動して捕まっちまったら元も子もないぞ?」
ジャック達の表情は真剣そのもので、身体を奪還すること自体は確定事項のようだ。
首無し騎士の再三の忠告を無視して会議は続いていく。
「…………何度も言うが、私のせいでお前たちが罪を犯すのは承知できないからな。」
「だが、アンタだって自分が中央教会にいるせいで、被害が及ぶのを危惧してたじゃないか。」
ジャックのいう通り、首無し騎士は王城に続いて中央教会までも巻き添えになってしまうのを危惧していた。
傀儡のアリスがあの程度で滅びるとは思えない……。その見解はジャックとて同意だ。
だからこそ、早急な身体の奪取が必要になって来る。
そう考えていると、ジャックの神経に異常が生じる。
先ほどまで感じていた〈分霊〉の繋がりが、まるで糸が切れたようにプツリと感じなくなった。
そして…………
「あひっ!?」
ジャックが原因を思考している最中、突如首無し騎士の口から素っ頓狂な声が漏れ出る。
あまりに唐突な出来事に、その場にいた全員が一斉に首無し騎士の方を振り向いた。
「ちょ……やめ……っ!どこ触って…………っ!?」
首無し騎士はころころと表情を変えて必死に声を抑えている。
「…………首無し騎士の人はどうしたんだ?」
「…………一足遅かったんだ。」
状況を把握していない様子のロザン・リクレイと裏腹に、ジャックの表情は険しい。
その間にも首無し騎士は頬を赤らめながら必死に抵抗を試みているようだ。
「首無し騎士!!絶対につかまるな!!抵抗しろ!!!」
「………だめだ!!手足を動かせん!!!拘束された!!!」
首無し騎士の発言を受けて、ジャックは立ち上がり、急いで首無し騎士の頭部を持ち上げる。
今、彼女は隠しをされた状態で拉致に抵抗しているに等しい。
「おい!どうしたってんだよ!!」
ただ事ではない様子に全員立ち上がり、洞穴から飛び出そうとしているジャックを追いかけていく。
ジャックは説明している時間も惜しいようで、足早に移動しながら簡潔に状況を説明した。
「首無し騎士の胴体が拉致られようとしてる!!」
「拉致……!?あの男の仲間!!?」
「いや!それは早計かも!!教会の人達が胴体を移動しようとしているだけじゃないの!!?」
トト・ルトラの発言に、ジャックはその可能性も視野に入れた。
しかし…………
「その可能性も十分に考えられるが!!今は最悪のケースを想定して行動した方がいい!!」
首無し騎士の頭部がなくなっていることに気が付いた教会側が、また侵入されることを危惧して場所を移動しようとしているだけならまだいい……
しかし、あの男の仲間が身体の奪取を行なったというのであれば、取り返すのは難しくなるのだ。
それに、分霊で動かしていた死体を処理してから首無し騎士の身体に手をかけるのが早すぎる……教会の聖騎士、それこそリリア・フォードリアスなら現状の把握と現場検証の方を先に行うのではないだろうか?
その素振りもなく、真っ先に首無し騎士の身体に手を伸ばしたのは、もとから狙いは胴体にあると告げているのと変わらないように思えた。
「はぁ……取り越し苦労であると言いな!!」
ロザン・リクレイの発言に、全員が心の中で同意する。
しかし、胸の中のざわめきを感じない人物は、この中に一人もいなかった。




