狂気の男
ロザン・リクレイとジャックとで挟むように男を包囲する。
互いにじりじりと距離を見定め、切りかかるタイミングを計っていた。
…………しかし、二人にはいつまでもにらみ合いを続ける予習は無い。早く首無し騎士を救出して離脱しなければ、やがて聖騎士や他の傭兵に駆け付けられてしまうだろう……。
一刻も早く目の前の男を始末する必要があった。
「邪魔を……邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
始末するタイミングを見計らっていると、男が唾液を飛ばしながらジャックに切りかかってくる。
先ほどからこの男はおかしい。余程錯乱しているようなのだが、それにしては攻撃に隙が少ない。
そもそも錯乱しているのではなく、元から狂っているかのような違和感。
(何より……何故この男は増援を呼ばない?)
ジャックは男の斬撃を身軽にかわしながら頭に浮かんだ疑問を考える。
男の身なりなどからデューク司祭が雇った傭兵だと考えていたが、それならば叫んで増援を呼ばない理由がわからない。
実際、ジャックはその叫び始める隙をついて不意打ちを食らわせようとしていたのだが、予想が外れてこちらへ単独で切りかかってきたために行動が出遅れた。
二体一で戦うよりも、増援を呼んで数の暴力に任せた方が勝ち筋があるだろうに……。
(そもそもこの男はデューク司祭の雇った傭兵じゃないのか……?何にせよ、このまま一人で戦闘を続けてくれるのなら好都合だ。)
ジャックは尚も続く攻撃を躱しながら、ロザン・リクレイへとアイコンタクトを送る。
彼も、その合図にちゃんと気づき、足音を殺しながら男の背後へと近づいていく…………。
無用な音を立てないようにじりじりとにじり寄り、男のすぐ後ろへと近づいたロザン・リクレイは思いっきり自身の剣を上段に構える。
剣の発した空気の揺れを感じ取った男は、とっさに振り向き、ロザン・リクレイへと反撃しようとすると、後ろからぐちゅっという鈍い音が聞こえてくる。その音を認識した次の瞬間、耐えがたい熱が背中から身体の中心へと走り、激痛となって顕現した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」
あまりの痛みに叫び声をあげようとする男の口の中に、ジャックが指を突っ込む。
痛みに悶絶する男は容赦なくジャックの指を強く噛みしめるが、背に腹は代えられない。
「少しおとなしくしてもらおうか。」
ジャックは男の背中に刺したナイフを、思いっきり引き抜くと、間髪入れずに首元へもっていき……なんの躊躇もなくナイフを差し込む。
男の口から温かく赤い血液が、通りの悪いホースの様な音を立てながら吐き出されると、ようやくジャックは男の口から指を取り出す。
人差し指を中指には、すっかり歯の跡が浮かび上がっていた。
「はぁ……囮はもう二度とごめんだ。」
「そういうなって……それに、あのままお前が不意打ちを仕掛けてもよかったんだぞ?」
「いや……俺もそのつもりだったけど、普通に気づかれたんだよ。」
軽い軽口をたたきながら、ジャックは男の遺体を漁る。身に着けていた衣服の中には、デューク司祭の書いた依頼書が入っていた。
「やっぱり……こいつ傭として雇われた冒険者だったみたいだな…………どうする?」
「…………」
傭兵とはいえ、人が一人消えたと思われるのはまずい……時間を稼ぐためにも、侵入の形跡は割られた窓意外残したくない。
「…………ぶっつけ本番だけど、試してみたいものがある。」
「…………なんだよ?」
ジャックはおもむろにナイフを男にかざすと、深呼吸をし始める。
この魔法の基礎は、死霊術師の資格を取るときに、難なく成功させることが出来た…………。練習不足かもしれないが、試してみる価値はある。
「分霊」
ジャックがそう唱えた瞬間、胸のあたりが淡く光りだし、ナイフを伝って男へと流れ込む。
すると、男の遺体は何事もなかったように急に立ち上がったのだ。
「う……うわぁ!?」
死んだと思った相手が目の前で立ち上がり、ロザン・リクレイは距離をとる。真っ先に想像したのは不死者になった可能性だ。
しかし、その様子を見ていたジャックが冷静に否定する。
「大丈夫だ。死霊術で俺の魂を半分この男に入れて動かしてる…………動きはおぼつかないと思うけど、まぁ大丈夫だろ。」
そう語るジャックの顔をよく見ると、彼は片目をつぶっている。それに対して、男の遺体はジャックが閉じている方の目だけを開けているのだ。
「ジャック……?その目……。」
「慣れてなくて、視界が二重になると気持ち悪いんだよ……。この遺体にはこの扉の前に突っ立っててもらって……誰か来てもここを見張ってたで押し通そう。俺とこいつの距離が開きすぎると、魂が本体である俺に引っ張られて解除されるけど、そのころには無事に逃げてるしな。」
そう冷静に説明するジャックに感心しながら、ロザン・リクレイは床に落ちたままだった袋を持ち上げる。
「…………すごいな。やっぱり、資格は色々持ってた方が便利だな。」
「…………いや、これは人によるだろ。一つの役職を極めたほうが活躍できる冒険者だっているし。」
そんな冒険者の雑談あるあるを口にしながら、二人は男が大事そうに持っていた袋の中身を確認する。
明らかに精神に異常をきたしていた男が大事に持っていた袋だ……。何かろくでもないものが入っているのは想像に容易い。
袋の大きさからして、最悪人間の頭部が入っていても驚かない自身があった。
…………自身があったのだ。
「…………おい。」
「…………いや、地下牢から出てきた時点で、嫌な予想はしていたんだ。」
二人は互いに顔を見合わせると、もう一度袋の中を覗き込む。
その中には、猿轡をさせられた首無し騎士の頭部が、まるで収穫されたジャガイモの様に収められていたのだ。
「むーーっ!!むーっ!!」
二人と目が合った首無し騎士は必死に何かを訴えようと、うなっている。
「…………どうする?」
「…………かえって好都合だ。こいつの頭をそのまま持ち出したんじゃ目立つからな。このまま脱出しよう。」
「む゛ぅーーーー!?」
何か、険しい表情を浮かべてうなる首無し騎士を無視して袋の口を閉めると、そのまま担ぎ込む。
「おい、身体の方はどうすんだよ。」
階段を下り、地下牢を確認しに行ったロザン・リクレイがジャックを呼ぶ。地下牢の中には、四肢を釘で打たれ、壁に貼り付けにされた首無し騎士の身体が収容されている。
「…………拘束されてるだけなら連れ出すところだったが、あれじゃ……生憎、不死者の回復手段である即死魔法は使えない。身体は諦めよう。」
あれでは解放したところで自力で移動できない。首無し騎士の身体を運ぶのは大変に目立つし、リスキーだ。
素早く判断したジャックとロザン・リクレイは、侵入した窓から脱出すると、中央教会からさっさと離れ、逃げていくのだった。




