監獄
ぴちゃん。
水の滴り落ちる音がする。
一滴の水滴が床に落ちる音が響くほどに、あたりは静寂に包まれており、冷たい石に囲まれていることを証明していた。
…………もっとも、その冷たさも不死者である首無し騎士は感じることなどできないのだが。
「ここは…………」
目を覚ました首無し騎士はあたりを見渡す。
身体が動かない……目を凝らせば、薄暗い牢の壁に磔にされている自身の身体を目撃することができる。
「ここは……どこだ…?なんで私……」
先ほどまでの記憶が曖昧だ。
まるでモヤの様に絶えず形を変え、掠れて掴むことができない。
しかしこんな異常な事態に、首無し騎士は落ち着いていた。どこか精神は穏やかで、汚い感情を全て吐き出してしまったかのようだ。
「目を覚ましたか。」
不意に投げかけられた言葉に首無し騎士は視線を移す。
「……フォードリアス殿。」
鉄格子の向かい……視線の先にはリリア・フォードリアスの姿があったのだ。
「……どうやら、正気に戻った様だな。…………だが、状況は悪いぞ。」
牢越しに見えるリリア・フォードリアスの表情は固く、久々の再会を喜べる雰囲気ではない。
「なにが……あったのです……?」
「…………覚えてないのか。…………これは……」
リリア・フォードリアスの表情がますます固くなる。
何があったのだろうか……自分は、いったい何をやらかしたのだろうか…………?
渦巻く記憶の中から答えを掴み取ろうとするが、流水の様に逃げていく。
「なにが……」
「…………クロスライト殿、貴女は王城を破壊した罪で投獄されている。」
「…………なんだと?」
一瞬、自らの耳を疑った…………しかしその言葉で記憶を手繰り寄せることができた。
「…………傀儡のアリスっ!!」
先ほどまで凪のように落ち着いていた胸に、沸々と黒い感情が湧き上がってくる。
その瞳を完治したのか、リリア・フォードリアスはひどく悲しい表情を一瞬浮かべると、すぐに表情を正す。
「城内に魔族の残党が現れ、王も第一王子も殺されてしまったのも承知している。」
リリア・フォードリアスから続く言葉に、かつての記憶がだんだんとはっきりしてくる。
それと同時に気掛かりが浮かび上がって来た。
「…………ジャックは?………………私と共に、ここに飛ばされたみんなはどうなった!?」
だんだんと自分の声が大きくなっていくことを感じる。
「…………彼らは魔族と接敵し、応戦した功績に免じて解放された。」
「そうか……!よかったぁ……。」
首無し騎士は安堵のため息を吐く。
身体は動かせないが、胸を撫で下ろすようだ。
「………………だが、貴女は違う。城を崩壊せしめた張本人であり……なにより魔物……不死者であることが災いした。」
「ああ………わかっている。」
「弁護なども期待しないでくれ。私や他の聖騎士も、貴女のあのような姿を見てしまっては……教会も何もできん…………本来なら貴女を率先して処刑する立場だ。」
「大丈夫だ、理解している。」
彼女の言葉に首無し騎士はきっぱりと返事をする。
自分で蒔いた種だ。覚悟は出来ている。
それに……傀儡のアリスが言っていた。
自分を魔王復活のために担ぎ上げようとしているのだと…………
ならば、いっそここで滅ぼしてもらった方が平和になる。
危うい芽は早めに潰してもらった方がいい。
「………………だが、火属性も聖属性にも貴女には効果が及ばない。滅することが出来ないために、貴女は教会にて幽閉することになった。」
リリア・フォードリアスの言葉に首無し騎士は驚く。
幽閉ではまたいつあの傀儡のアリスが策を講じてくるかわからない。
教会を王城の二の舞にしてしまう可能性もある。
「幽閉では駄目だ……そうだ、見た者を石にする魔物や魔法があるだろう……!?それで私を……っ!!」
「残念だが……現存する魔道具では…………そんな魔物も現在では確認できていない。…………ディネリントならばどうにか出来るだろうが、彼女の心境を思うとな。」
ディネリントにとって首無し騎士はかつてを知る数少ない相手だ。
何人も知人を見送って来たと言うのに、今度はその手で殺せと言うのはあまりに残酷だとリリア・フォードリアスは危惧しているのだ。
「そんなこともいっていられん!!奴の狙いは私だ!!また襲撃されたら…………っ」
「心配ない、城を襲撃した魔族の不死者は滅んだ。」
「滅んだ…………?」
「ああ、光の矢が直撃してその風穴から貴女が追撃したのだ。…………覚えてないか?その後に頭は落ち、身体は消失したんだ。」
「頭部は……!?頭部は見つかったか!?」
「いや……だが、頭部と共に灰燼となったんだろう。」
…………本当だろうか?
本当に、あの傀儡のアリスがそんな簡単に滅びるだろうか?
「………………では、今日のところは失礼する。」
「………………いや!フォードリアス殿!!」
階段を上がるリリア・フォードリアスに首無し騎士の声は届かなかったようで、ドアが閉まる。
首無し騎士は、どうしても傀儡のアリスが滅びたとは思えなかったのだ。




