代償と顛末
「おい!聞いているのか!!?無視は良くないぞ!!」
暗闇の中で首無し騎士は声を張り上げるが、全く返事がない。
袋が揺れ動いている様子からして、自分を連れて何処かに行っているのは明白なのだが、音も聞こえなくなり、いかんせんそとの様子がわからないためジャックという少年が何処へいっているのか、何をしているのか全く見当がつかない。
「くそ……頭だけの状態じゃ何もできん……」
何度か皮袋から脱出しようと、揺れて近づいてきた箇所を噛んだりして抵抗を試みているのだが、焼け石に水。
首の役割をしていた腕がないのでは噛んだところで、引っ張ることもできない。噛みちぎろうにも皮袋は旅に耐えられるように出来ているため案外厚く、固い。
結局は自身を持ち歩いている少年に訴えかけ、改心してもらう方向に働きかけていた。
「私は不死者だ!!既に死んでいる人間だ!!300年前の亡霊だ!!そんな私がこれ以上現代の人々に甘えることなどできない!!」
既に多くの慈悲を賜った。
救われなかった人々を多く救ってもらった。
これ以上を望むなどあって良いわけがない。
しかし、ジャックからの返答は無い。どうやら本当に首無し騎士の声は届いていないようだ。
「…………はぁ…、こんなことになるならあの場でさっさと焼いて貰えば良かったんだ……。」
あの場所、自らの愛する祖国の地で完結していればこんな事態にはならなかった。
聖騎士隊の“正式な火葬を街で行う”という提案を受け入れたのが間違いだったのだ。
勇者が救った後の平和な世をこの目で見てみたい。
………それと、永劫の苦痛に対する恐怖。
そういった自分の欲望、浅ましさが今この瞬間の問題を引き起こしてしまった。
「結局私は……真に誉ある騎士などにはならなかったのだな。」
首だけの首無し騎士とはなんと無力な物だろうか。
「…………?なんだ??」
首無し騎士が自身の弱さを悲観していると、不意に手首に冷たい感触が触れる
感触からして何かのリングのような……そんな感じの間食。
「やはり頭だけで逃げたと思われて、胴体が逃げないように手枷でもつけられたのだろうか……」
それにしては片手だけにつけられているのが謎だが、首無し騎士にはそれ以外思い当たる節がない。大方、手枷の片方は柱にでもつけられ、逃げられないようにでもされているのだろう。
「………良くしてくれた皆にそう思われるのは…やはり、辛いものがあるな……。」
首無し騎士はせめてその柱を壊したり、居るであろう見張りに怪我をおわせてしまわないよう、身体を動かすのを自重した。
・
リリア・フォードリアスは先に街へ首無し騎士の頭を探しに出ていた聖騎士と合流する。
「いたか!?」
「いえ!何処にも!!」
この滞在している街は魔道具の発展により、夜でも明るい街灯が付いている。
それゆえに日が落ちても人通りはそれなりに多く、この中を人の頭を抱えた状態で目立たずに行動するのは至難の業だ。
故に、首無し騎士の頭を盗んだ犯人などすぐに見つかると踏んでいたのだが……
「犯人はかなり腕の立つ相手のようだな……暗殺者や盗賊などの隠密行動に卓越した役職の者の可能性が高い……。」
ここで聖騎士がリリア・フォードリアスも思っていた疑問を口にする。
「しかし、犯人は首無し騎士の頭なんて奪ってどうするつもりなんでしょうか?何かの薬の材料にでも使えるとかですか?」
遠い異国の地では死者の体の一部…例えば死産した赤子の心臓を薬に煎じて飲むという者達もいるらしい。似たような薬を作ろうとしている可能性はある。
「……それはあるかもしれないが、なら胴体の心臓を持っていかないか?」
「抵抗されると踏んで胴体と頭が離れた隙に頭の方を狙ったのでは?首無し騎士は上位不死者です。抵抗されればただでは済まないでしょう。」
確かにそうだが、今回攫われたのがあの首無し騎士だ。薬の材料に身体の一部を使いたいと頼まれれば、“もう灰になるしか無いこの身体が人々の役にたつのなら喜んで”と自ら抉り取って差し出しかねない。
「身体が……役にたつ……?」
リリア・フォードリアスは最悪の展開を予想してしまう。
あの首無し騎士が許容できない内容で、犯人が頭を必要とする理由……。
「まさか……自動人形の頭部パーツにしようとしているとか……?」
「はぁ………!?そんな……えぇっ……??」
リリア・フォードリアスの推測に共に探索をしていた聖騎士が若干引いたような反応をする。
しかし、そう考えれば何かとしっくりくる。
「自動人形愛好家の中には人形自体を自身の恋人のように扱い、接する者がいるという……もしそんな奴が“会話することのできる頭”を見つけたなら………?」
「確かに自動人形の身体なら抵抗されないどころか自身の意のままに操ることができる……!例え罵倒されようが貶されようが自身の作った自動人形が自身の想定していない言葉を喋るだけで興奮するのかも………?」
自動人形を恋人扱いする者への欠点としてあげられるのが会話内容が全て“登録された単語だけ”というところだ。自身で考え、発言することはない。
それでこそ“人形”なのだが、それではだんだん物足りなくなってくるのだという。
「罵倒や罵りも“単なる照れ隠し”と捉える可能性もある……事態はかなり深刻かもしれないぞ………!」
あの首無し騎士には………いや、全ての騎士という存在において、これは何よりも看過できない侮辱であろう。
とても自らの最期を覚悟に決めた騎士に対して許されるような辱めではない。
「一刻も早く見つけ出すぞ!!あの首無し騎士はそんなことをされていい人物ではない!」
「はい!!」
リリア・フォードリアスと聖騎士は再び二人に分かれて首無し騎士の首を探す。
その様子を建物の上から見下ろしている小さな人影がいた。
「いや……たしかに世の中にはそういう変態貴族がいることにはいるけどさ………」
建物の上の人影……ジャックは呆れ気味に呟き、リリア・フォードリアスの方を目で追う。
「あの聖騎士の情報にむっつりすけべってのは聞かなかったな。」
ジャックは物事を起こす前には情報収集を欠かさない。
それゆえに首無し騎士の頭を攫う前……教会への1回目の侵入の時には既に聖騎士隊隊員の大体の情報は把握していた。
当然、聖騎士隊の中で誰が一番首無し騎士と親しくなっていたのかも把握済みだ。
ジャックは暗殺者で会得した技術の要領で足音を殺しながらリリア・フォードリアスへと近づくと、一気に距離を積める。
流石に聖騎士隊隊長であるリリア・フォードリアスは頭上から近づいてきたジャックの気配に気がつき、目線を上げる。
しかし、ジャックもそれは織り込みで、リリア・フォードリアスが視線を上げる頃には彼女の背後に移動しており、盗賊の基本的技術であるスリの要領を応用し、店で手に入れた古代遺物の片割れ、“白い腕輪”をリリア・フォードリアスの手首に装着させる。
「なにっ!?」
一瞬の出来事に戸惑いを隠せないリリア・フォードリアスであったが、すぐにジャックの姿を視界にとらえると、腰に装着していた剣に手を伸ばす。
「今、私に何をした!?」
リリア・フォードリアスの疑問にジャックは背負っていた皮袋を手前に持ってきて、口を開きながら答える。
「アンタの手首に二つ一対の腕輪のうち、片方を着けさせてもらった!!ソイツは身に付けた片方が死ねばもう片方も死ぬっていう呪いの古代遺物だ!!」
ジャックの発言で、リリア・フォードリアスはやっと自身の右手首に何やら怪しげな白い腕輪が付けられていることに気がつく。
気が付いたのだが、ジャックが皮袋から何かを取り出そうとしているのを見逃すことなどできず、一気に距離を積める。
しかし、ジャックが皮袋から取り出したものを目撃した瞬間、リリア・フォードリアスの勢いは止まった。
「そして!ソイツのもう片方はこの首無し騎士の胴体に着けさせてもらった!!」
ジャックが皮袋から取り出したのは今まさに捜索途中であった首無し騎士の頭だ。袋から取り出された彼女は突然の出来事に何が何だかわからないと言った表情を浮かべている。
「アンタら聖騎士がこの首無し騎士を火炙りにしたその瞬間!アンタも炎に焼かれて死んじまうからな!!」
「………は?」
「はぁぁーーーーー!??」
ジャックの発言に戸惑いを隠せないリリア・フォードリアスであったが、彼女以上に困惑し、憤りを露わにしたのは他でもない首無し騎士であった。
首無し騎士にとって今最も手を煩わせたくない人物に、最低最悪の面倒をかけてしまっていることになる。
「お……おまえっ!!なんてことをしているんだ!!!さっさとフォードリアス殿の腕輪を外せ!!!」
文字通りジャックの手のひらの上で憤慨している首無し騎士。しかし、当のジャック本人は首無し騎士の訴えなど知らん顔だ。
「火だるまになるのが嫌ならこの首無し騎士の火刑を取り止めろ。アンタだってこのままコイツを浄化以外のやり方で弔うことに納得いっていないはずだ。」
「貴方……まさか首無し騎士のために……?」
ジャックはまっすぐリリア・フォードリアスの目を見つめる。
これで、首無し騎士は助かるはず……ジャックはそう確信していた。
…………しかし
「残念だけど……それはできないわ。」
予想だにしていなかった返答に、ジャックは目を見開いた困惑する。
「………は?どうして?」
「私は彼女の覚悟を知っている。彼女は誇りある騎士として……騎士のまま最期を迎えようとしているの。そんな彼女の覚悟を聖騎士である私が蔑ろにするわけにはいかないでしょ。」
意味がわからない……この首無し騎士を火に焚べるのに自身の命もいとわないと……?
「アンタ……火だるまになるんだぞ?」
「ええ、構わないわ。彼女を焼くんだもの、それくらいの覚悟、私も騎士の端くれとして出来なくてどうしますか。」
えらく淡々と語るリリア・フォードリアスにジャックは更に困惑する。
(覚悟って……命なんてそんな軽いもんなのかよ……どうしてどいつもこいつも自分の命をそう簡単に投げ出しやがる!!)
怒りに近い疑問を覚えるジャックだったが、ここで思わぬ所から助け舟が流れ着く。
それは他でもない、手元に居る首無し騎士本人だった。
「だ……駄目だ…!私のせいでフォードリアス殿が犠牲になるなどっ!!」
首無し騎士はひどく取り乱した様子でリリア・フォードリアスに訴えている。自分は良くても、自分のせいで誰かが犠牲になるのは耐えられないらしい。
「フォードリアス殿!貴女は私と違い生きた人間だ!!火に焚べられる理由などない!!駄目だ!!!考え直してくれ!!!」
首無し騎士は必死で動こうとするが、頭だけの状態でジャックの手から逃れられるはずがない。
「おい!!少年!!!早く彼女の腕輪を外せ!!!バカな真似はよすんだ!私はもう終わった人間なんだ!!!生きた人間を巻き込まないでくれっ!!!」
首無し騎士は懇願するようにジャックに訴えかける。
「それならアンタだって!火に焚べられるいわれなんて無いだろ!!なんでただただ彷徨ってただけの奴らが赦されて、人も故郷も守ってたアンタが赦されないんだよ!!!」
ジャックも首無し騎士の勢いに負けることなく怒鳴り付ける。
すると、ジャックはいきなり首無し騎士の頭をリリア・フォードリアス目掛けて投げつけた。
「なっ!!?」
リリア・フォードリアスは投げられた首無し騎士の頭を見事にキャッチすると、ジャックに向かって怒鳴り付ける。
「貴方!!少し言い合いになったからって乱暴じゃないの!!?」
しかし、リリア・フォードリアスが目を向けた先………先程までジャックがいたところに彼の姿は無い。
「どこ見てんだよ。」
リリア・フォードリアスは背後からした声に振り返ると、そこには“白い腕輪”を持ったジャックの姿があった。
良く見れば、リリア・フォードリアスの手首から腕輪が消え去っている。
「俺じゃ意味も薄いと思ってアンタに装着したんだが……とんだ誤算だったよ。」
ジャックはそういうと、自らの左手に“白い腕輪”をはめ込む。
「なっ!!!?」
「ちょっと!?何を馬鹿なこと!!」
同じ場所にいる二人の騎士が驚きの声を上げるが、ジャックは動じることなく挑発をする。
「おっと……俺は死ぬのはごめんだぜ?生きたまんま焼かれるなんてもってのほかだ。刑罰としたって教会への侵入ぐらいなら火刑は重すぎるよな?せいぜい鞭打ちがいいとこだ。誇り高い聖騎士のアンタが、そんな越権行為……するわけないよな?」
リリア・フォードリアスはジャックの発言に歯噛みする。
彼の言う通り、教会の侵入で火刑はありえない。重すぎる。
かと言って不死者を連れ去ったことが罪になるかと言われればなるわけがない。
それに、鞭を打てば、それはそのまま首無し騎士に鞭打ちをすると言うことになる。
「少年!!何故そうなる!?私の話が理解できないのか!!?」
首無し騎士はジャックに訴えかけるが、ジャックは首を横に振る。
「わかってるよ……さっきの話で充分に。アンタは俺みたいな奴でも自分のせいで犠牲になる生者がいることに耐えられない……だから、俺みたいな奴でも充分アンタを踏み止ませる抑止力になるってね。」
ジャックは首無し騎士から視線を逸らすと、今度はリリア・フォードリアスの方へと向き直る。
「………へへっ、俺みたいな低俗な人間、すぐに斬り捨てられると思ったけどそういうわけにはいかないみたいだな………。それは騎士としての誇りか?それとも首無し騎士の胴体を真っ二つにすることへの抵抗か?」
ジャックの問いかけにリリア・フォードリアスは舌打ちをする。
不死者である首無し騎士は胴体を真っ二つにされたぐらいでは死なないだろう。痛覚が鈍いために痛みもそれほどない。
しかし、それは彼女にとって不敬であるし、何より目の前の少年を斬るにはあまりにも理由が軽すぎる。
いうならば彼は首無し騎士を助けたいのだ。首無し騎士が永劫の苦しみを受けることに納得がいっていないのだ。
それはリリア・フォードリアスとて同感である。しかし、最期まで騎士としての誇りを護ろうとしている首無し騎士の覚悟に応えるために火葬を行おうとしているのだ。
そんな首無し騎士を助けようと動いている少年を責めきれずにいるのも当然の心境であったのだ。
「貴方は……どうしてそこまで……」
「ただ理不尽が嫌いなだけだよ。」
リリア・フォードリアスの問いかけに完結に答えたジャックは先程から黙りかかっている首無し騎士に視線を向ける。
何やら難しい表情をしているが、ジャックはすぐに予想がついた。
「首無し騎士の腕輪を外そうとしても無駄だよ、どうやらこれは着けた本人にしか取り外しができないようだし、自分の腕を折ったりちぎったりしないよう、初級闇属性魔法のスクロール、《影縫い》で動きも制限させてもらったからね。」
ジャックの言う通り、首無し騎士は自身の身体の異変と格闘している最中だった。先程までは故意に動こうとしていなかったから気が付かなかったが、動かそうとしている今でも身体の自由が効かないのである。
「少年………本気なのだな……………」
リリア・フォードリアスの手元に居る首無し騎士はジャックを見つめると、チカラなく問いかける。
その問いかけにジャックもこくりと頷き、選択を迫った。
…………首無し騎士の答えは明白だったのだ。
「………私のせいで今を生きる誰かが犠牲になるなんて看過できない…………私の浄化方法が見つかるまでの間…………迷惑をかけるが……どうか待ってもらえないだろうか。」
首無し騎士はないはずの喉から搾り出すような声でリリア・フォードリアスに懇願する。
リリア・フォードリアスは溜息を吐くような仕草をすると
「私は貴女の申し出が無ければそのつもりでしたよ。」
と答えた。
その答えと、自分が永劫の苦しみに向かわなくて済むと思ってしまったことに心底安堵してしまった自分を、首無し騎士は心底嫌悪したのだった。
自分はやはり、何処までも弱い人間なのだと。




