誘惑
「ごきげんよう、ご無沙汰しているねぇ……人間。」
人形のように整った顔を、悪意を持ってゆがませて傀儡のアリスは笑う。
その顔を見た瞬間、首無し騎士は反射的に抜剣し、奴の首へと刃を解き放つ。
「待て」
アリスの一言、そのたった日ことだけで……あと一瞬、紙を挟み込めるか否かという距離幅で、首無し騎士の放った斬撃はピタリと止まった。
「ぐぅ……っ!?」
首無し騎士は、何度も自身の身体に力を込めて憎き仇の首を刎ねてやろうと試みるが、自身の身体は待ったくいうことを聞きはしない。
まるで石膏の中に閉じ込められたのかと錯覚するほど、腕は……身体はピクリとも動かなかったのだ。
「いやだねぇ……キミは昔の知り合いを見つけたら、無言で斬りつけにかかるのかい?」
「貴様ぁ………!どの口が………っ!!!」
その瞬間、首無し騎士の身体からメラメラと黒い炎が立ち上る。
足に接触している石畳の床はあまりの高温によって赤いく染め上がり、溶解し始め、液体となって足場を崩していく。
それと同時に、あれほど頑なに動かなかった首無し騎士の身体は自由を取り戻し、ありったけの力で傀儡のアリスの首を刎ね飛ばしに向かった。
しかし、崩れ落ちる部屋の中では思った通りの軌道にはならず、アリスの反射神経もあり、首無し騎士の放った斬撃は空振りに終わった。
燃え上がる黒煙を身に纏い、首無し騎士は一階へと着地する。
辺りで働いていたのであろうメイドたちは甲高い悲鳴をあげながら散り散りに逃走している。一方の傀儡のアリスは余裕といった表情で首無し騎士を見つめていた。
天井から溶けてくる赤く発光した液体は、やがて空気にさらされ、透明な結晶となって穴に張り付いている。
「へぇ………やっぱり、やっぱり……キミ、魔王様のお力を宿しているようだねぇ。」
「減らず口を…………っ!」
首無し騎士は自身の頭を、黒炎が吹き上がる地震の首にくっつけると、床を蹴り、傀儡のアリスへと向かって行く。
首無し騎士に踏まれた床は赤い軌跡となって続き、床を溶かしていく。
相手は不死者を操る怪物だ……決して油断などできない。
しかし、傀儡のアリスは、首無し騎士を止める素振りすら見せることなく、斬撃の雨を器用にかわしていく。
「どうした!!また何かねらっているのか!?」
「馬鹿ねぇ……私ごときが魔王様を操れるわけがないでしょう?」
「なんの話だ!!!」
首無し騎士が放った横なぎの一撃が、壁を熱せられたバターのように切断する。
しかし、傀儡のアリスはその一撃を人ではありえない反り込みによって回避していた。
「”憤怒の炎”だけじゃなく、”傲慢の権能”までその身に宿したんじゃあねぇ……」
傀儡のアリスは、首を90度曲げて背面から首無し騎士を直視し、不気味に笑う。
その笑顔は、かつての失態を思い起こさせた。
「ごちゃごちゃと……何を言っている!!」
首無し騎士は壁をまきこんだまま、横Vの字に剣を滑らせてアリスを切断しようとする。
しかし、傀儡のアリスはひらりとその一撃をかわすと、首無し騎士へと近寄る。
一気に近寄った傀儡のアリスは黒い炎から放たれる熱波によって皮膚を焼け爛らせていく……しかし、そんなことは気にしていない様子のアリスはそのまま顔を地下受けると首無し騎士に耳打ちした。
「私はキミと手を組みにきたんだよぉ。」
「……………っ!!馬鹿にするな!!!」
首無し騎士の剣はまたアリスへと放たれる……しかし、直撃することは無く、ひらりひらりと回避されてしまう。
かつて戦った時は、少なくとも攻撃を当てることはできたはずだ……首無し騎士の力量が衰えたか……それとも、当時から手加減をされていたか……この様子だと後者のほうが正しそうだ。
燃焼によるただれ……負傷は、不死者にとって耐えがたい激痛であろうにアリスは痛そうな素振りを微塵も感じさせない。
「自殺」
傀儡のアリスが自身にその魔法をかけると、爛れた皮膚や、折れ曲がった首などがみるみるうちに回復し始め、元の状態へと戻っていく。
かつて戦った吸血鬼が使っていたのと同様な即死魔法だ。
「少しは発散して落ち着いたかねぇ?」
傀儡のアリスが、悍ましい微笑みを首無し騎士へと投げかけると同時に目の前へと迫った首無し騎士の回し蹴りが傀儡のアリスへと直撃する。
黒い炎によって熱せられた足はそのまま凶器となり、彼女を燃やしながら遠くへと飛ばしていく。
一直線に飛ばされた傀儡のアリスは城の壁をぶち破り、王都周辺の外壁を飛び越えていった。
遠目から見た者は、城から流れ星が……空へと昇って行ったように錯覚したかもしれない。
「これはぁ……ちょっとまずいねぇ………。」
首無し騎士に蹴られた箇所には黒い炎が燃え盛り、一向に鎮火する様子が見られない。
おそらく彼女の怒りが続く限り、消えることがないのだろう。
傀儡のアリスは、空中で態勢を整え、着地準備に入る………予想落下地点には、既に多くの動死体達が集まっており、主人の落下を受け止めようとしている。
「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」
しかし、跳躍し、落下するアリスに追いついた首無し騎士が叫ぶと、池の鯉さながらに集まっていた動死体達が一斉に離れ、落下予測地点の地面をむき出しにする。
「おっとぉ……?」
傀儡のアリスに焦りの表情が浮かんだのもつかの間、首無し騎士も全体重を乗せたタックルが傀儡のアリスへと直撃する。
さながら隕石のような軌道を見せながら、首無し騎士はアリスを燃やしつつ、地面へと落下する。
すさまじい轟音と巨大なクレーターを作りながら、着地した二人は間髪入れずに互い互いの行動へと移る。
「うぉぉぉぉぉおおおおおっっ!!!」
「自殺!!」
首無し騎士の剣がアリスの顔面を突き刺すように振り下ろされるが、アリスはアリスで、即死魔法を唱えながら転がるように首無し騎士の一撃を回避する。
クレーターの周囲には何をするでもない動死体が何をするでもなく、ただ茫然と立ち尽くしている。
「全く野蛮だねぇ……もう不死者仲間だっていうのにあんまりじゃないかねぇ?」
「殺してやる!!」
「残念、もう死んでるんだねぇ。」
傀儡のアリスが放つ言葉は悉く首無し騎士の神経を逆なでしていく。
首無し騎士が身に纏う炎はさらに燃え上がり、周囲の草木はおろか、空気をも熱して水蒸気を煩い程に発生させている。
「私なんかより殺したい相手はちゃんといるんじゃないのかい?」
「ふざけるな!!貴様ほど殺したい奴など居ようものか!!!」
首無し騎士は突きをするように、剣を向けるとアリスへと向かって行く。
しかし、アリスはそれを紙一重で交わすと、追撃を予測して横なぎの斬撃をさらにかわす。
そのままひらりと首無し騎士の背後へと周り込み、燃え爛れる皮膚を構うことなく、耳打ちした。
「例えば…………”神”とか?」
その言葉に、首無し騎士は前方に飛びのくと、傀儡のアリスへと向かって構える。
しかし、その表情には先ほどまでの憤怒の表情は既になく……驚愕と困惑の表情を浮かべているのみだ。
良そう通りの反応を見せる首無し騎士が余程おかしかったのか、傀儡のアリスはクスリ笑うと、焼けただれる皮膚や燃え上がる衣服をそのままにして、さらに言葉を紡いだ。
「私はね、キミと手を組みに来たんだよ…………ふざけた神を殺すためにね。」




