墓所
ささやかなそよ風がジャックの頬を撫でて吹き抜けていく。
その風の感触により、ジャックは目を覚ましてた。
「ここは……?」
眩い陽光に、ジャックは目を細める……瞼の隙間から晴天が広がっている。
どうやら無事にあの迷宮から脱出できたようだ。
周囲を見渡し、全員の無事を確認する。四人ともジャックの周りに横たわっており、各々意識を取り戻していた。
しかし、仲間たちの他にジャックの視線釘付けにするオブジェクトがあった。
知らない者などこの世界にはいないであろう、男の石像。
「…………勇者。」
台座の部分には、彼の功績を称えた文と当時の国王が記した言葉が刻まれていた。
「墓石か……?」
周囲をよく関節すれば、他にも多くの墓石が立ち並んでいる……そのどれも豪奢な装飾が施されている。
一般の墓所ではないようだが……
「あれ……ジャック?」
「シっ!」
意識がはっきりしてきたのであろうクリス・ケラウスがジャックに話しかけるが、その口をジャックは塞いで人差し指を自らの口に当てる。
徐々に近づいてくる気配にジャックは気が付き、こちらの気配を殺そうとしたのだが……足音は徐々にこちらに近付いているようだ。
(くそ……もともとここが目的か。)
ジャックとクリス・ケラウス以外の三人はまだ意識がはっきりしていない……この状態では隠れることもできない。
本来ならばこの近づいてくる人物達に助けを求めるべき場面なのだろうが、この人物達が善人の可能性など無いし、それにもとより……こちらに不死者の仲間がいる時点で、救助を求めるのは不可能だろう。
それに……この場所的にも助けられるというのは期待薄だ。
何故なら見る限りこの場所は……
「おい!貴様ら何者だ!」
男の声が墓所内に響き渡る。
叫んだのは一人の衛兵のようで、同じような服装をしている人物達が、列の中心にいる豪奢な衣服をまとった青年を守護するように取り囲んでいる。
その青年の胸には、リぺリシオン王国王家の紋章が金の刺繍によって編み込まれている。
「まさか……!ここって………!!」
クリス・ケラウスも現状を把握したらしく、表情を青ざめさせながらジャックにしがみついている。
そういえば、クリス・ケラウスは元々貴族の出だった……ならば、目の前にいる人物が誰か把握しているのではないだろうか?
「おい……おい、クリス……あの王家の紋章を付けた人物は何者だ?」
「ひ………ヒルデウス・リシャーナ………リぺリシオン………王位継承権第一位……第一王子様だよ……!」
クリス・ケラウスが、震えた声でジャックに耳打ちする……つまり、この場所は予想通り……王家の墓所だ。
勇者の遺体は、その偉大な功績により、当時の王族によってこの墓所に埋葬されたと記述がある。
勇者の死を嘆いた人々は五万とおり、世界の各場所に”遺体のない墓”が存在するが……ここにあるのは、正真正銘、遺体のあす勇者の墓だ。
クリミア聖王国とリぺリシオン王国のどちらが遺体を埋葬するか議論がなかったわけではないが……生前の勇者の希望もあり、リぺリシオン王家が埋葬したのだ。
ある人を想ってのことだというが……そのある人が誰であるかは明言されていない。
「何者かと問うている!!ここは王家の所有する王家の墓所である!!この場所に許可なく立ち寄ることは重罪に値するぞ!!」
「あの……!いや違くて!!!僕たち迷宮からこの場所に飛ばされて……!」
クリス・ケラウスの弁明に、目の前の兵士たちがざわつく。
それもそうだ……確かに転移魔法や、それを使用した罠などは存在するが長距離を移動する転移魔法等この世に存在していない……せいぜい数十メートルが限界で、罠として使用されるものも、その敷地内の入り口や牢屋に転移させるという物がせいぜいだ。
「この付近に迷宮はない!!我々を謀る気か!!」
「いや……!そうじゃなくて!!僕たち本当にリデオン森林から……!」
「リデオン森林に迷宮など無いし、そもそもそんな長距離を転移できる罠等あろうものか!!」
慌てふためくクリス・ケラウスはどんどん自分の口から墓穴を掘っていく。
話がややこしくなる前に弁明をしなければならない……そう言いくるめようか、ジャックが脳をフル回転させている最中に…………最悪が最悪を呼んだ。
「な……んだ?騒がしいな……………」
凛とした声……ジャックとクリス・ケラウスにとって聞きなれた声ではあるが、この展開において……相対する彼らにとっては忌まわしい声だったことだろう。
「首無し騎士…………上位不死者がどうしてこんなところに……!?」
「まさか………!貴様らが召還したのか!!」
話はどんどん拗れていき、収拾がつかなくなってしまう。
これはまずい………非常にまずい…………。
「陣形展開!後方の者は王子を非難させよ!!」
衛兵たちは、防御陣形を展開し、槍を構える。
もう明らかに犯罪者といて……いや、仇なす脅威としてジャック達は扱われている。
先ほどまで狂っていた……しかも意識を失っていた首無し騎士は状況を呑み込めないでいる…………しかし、危機的状況だということは、長年培った騎士としての経験から把握していた。
首無し騎士は咄嗟に立ち上がると、剣を抜き放ち、ジャック達を庇うように前へと出る。
まさに一色即発……周囲の空気がピリ付き、静寂が訪れる。
「ちょっと、いいかな?」
静寂を打ち破ったのは……衛兵に退却を促されている第一王子だった。
彼は、涼し気な顔をし、長い金髪をたなびかせながら軽く手をあげて質問をしている。
彼のその一声だけで、周囲の視線が彼に向けられた。
「キミ、今さっき喋ったよね?」
鈴の音の様な声で、細い指先で、彼は首無し騎士を指さす。
思いもよらないことを急に投げかけられた首無し騎士は一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、すぐに表情をただして「それがどうした!」と投げかけ返す。
生前聖騎士をやっていた彼女らしくない王家の者に対する態度だが、リぺリシオン王国は周辺諸国とくらべ、まだ新生国家………彼女が死んだ後にできた国家なのだ。
一度、崩壊したリデオン王国から新興したといっても、装飾や衣装はガラッと変わっている……今の首無し騎士にとって、目の前の人々は仲間に槍を向けている”敵”でしかなかった。
「やはり……キミが報告にあった首無し騎士か……。」
首無し騎士の受け答えに瞳を丸くして驚く第一王子であるが、彼もすぐに元の涼し気な表情に戻っていく。
すると……彼は間を置かず、衛兵たちを左右にどけると、前へと歩みだしてくる。
「お……!王子!?いけません!!危険です!!」
「ん……?ああ、大丈夫だよ。彼女は大丈夫なんだ。」
余裕を見せる笑みを浮かべながら彼は悠々と近づいてくる。
その様子に、首無し騎士は警戒心を露わにしながら……構えを解くことなく、第一王子を見つめている。
当の第一王子は、首無し騎士達にある程度近付くと……不意に優雅なお辞儀をして見せる。
一国の第一王子が頭を下げたことに対し、衛兵は勿論のこと……クリス・ケラウス、ジャックでさえも驚きを隠せず、嫌な汗が噴き出してくる。
「…………私達、リぺリシオン王国の者にとって祖先とも言えるリデオン王国……その祖先とこうして邂逅できるとは、喜びが尽きません……ようこそおいでくださいました。」
第一王子の言葉に、首無し騎士はさらに混乱する。
確かに先祖と言われればそうなのかもしれないが……首無し騎士にその自覚などあろう物がない。
構えた剣を動かすわけにもいかず、行き場のない感情にただただ混乱するだけだ。
大体最近やっと5世代先の甥の存在をしったばかりだし、そのこともまだ呑み込み切れていないというのに、国全体の先祖などと言われても困る。
「あ………いや、やめてくれ……私は祖霊とはまた違…………」
誤解を解こうと首無し騎士がした途端、ジャックが彼女の頭を奪い、口を塞ぐ。
「まてまて!!穏便に済みそうなんだからこのまま話に乗っててくれ!」
ジャックが小声で首無し騎士に訴えかける。クリス・ケラウスに関しては、涙目になりながら首を縦に振り、必死に訴えかけてきていた。
「私達リぺリシオンは新興国家故、歴史らしい歴史を持っていません…………ぜひとも、かつてのリデオン王国の話を聞かせてもらたいところであります。」
第一王子は、澄ました顔で首無し騎士達へと呼びかけている。
どうやら、王城へ招待しようとしているようだ。
投獄されたり、処刑となるだけマシ………ジャックはそう結論付けて、第一王子の誘いに乗ったのであった。




