ジャックという男
ジャックは理不尽が嫌いだった。
物心ついた時には親がいなく、路地裏に住んでいたジャックは自然と盗みが上手くなった。
そんな彼が身分の保証のいらない冒険者という職に就き、その中でも盗賊という役職を選ぶのは至極当然の流れであった。
最初は一人で生きていくつもりだった。
初めから一人だった彼は“誰かと一緒にいる”という考えすら浮かばなかった。
その為には自分だけで戦闘も行う必要が出てくる。
だからこそ副職として暗殺者の技術も身につけた。
そんなある日、ある新参冒険者パーティから加入の誘いを受けた。
他人を信用していなかったジャックはそれこそ何かの折に理不尽に切り捨てられるのでは?と考え、ずっと加入を断っていた。
切り捨てをするなら盗賊と暗殺者は絶好の適任だ、いったいどんなことをなすりつけられるかわかったものではない。
しかし、何度断ってもあまりにしつこく勧誘してくるパーティリーダーに辟易した彼は逆にこっちが利用してやろうとパーティに加入した。
…………しかし、そのパーティはただ単に偵察と罠解除、鍵開けが出来る人材を探していただけで、何事もなくパーティでの日々は過ぎていった。
ずっと一人で生きてきたジャックは“誰かが一緒にいてくれる”ことを初めて経験した、彼らは瞬く間にジャックにとってかけがえのない存在になっていった。
________________そんな彼等がつまらないことで理不尽に潰されるのは我慢ならない。
だからこそ、ジャックは仲間の活動資金を盗んだ。
・
「いったい私をどうするつもりなんだ。」
ボロ屋の一室……その中にあるボロボロの椅子の上に置いてある“生首”がジャックを睨みながら問いかけてくる。
あまりにも鋭い目つきだ、たいていの人間ならあの眼光だけで怯んでしまうだろう。
しかし、路地裏育ち子供の頃から接する大人はだいたい悪人のジャックにはその眼光は通じなかった。
なぜならその“生首”の眼光には未だ優しさが含まれているからだ。本気で、有無を言わさず殺す気でいる相手の眼光とは違う。
“話は聞いてやる”ということをその目は暗に物語っていた。
「どうするも何も、俺は単純にアンタが殺され………いやもう死んでんのか………消滅させられることに納得いってないだけだよ。」
「君の納得など必要ない。火葬は私が望んで申し出たものだ、本人が納得しているんだからそれでいいだろう。」
ジャックはこの“生首”の言い分に顔を引き攣らせる。
「………一人の時にあんな女々しく泣いてたくせに?」
「なっ!!ななな泣いてなどないっっっ!!!」
“生首”は青白かった頬を急に耳まで真っ赤にさせながら声を張り上げる。不死者のくせに血色がいいなコイツ。
「と……っ!ともかくさっさと私を教会に戻せ!!今ならまだ教会の庭に投げ捨ててくれれば“夜空を見納めようとしたら顔を落としてしまった”で言い訳がたつ!!」
生涯聞くことのないような言い訳だが、これもジャックが責められることのないように考えてくれたものなのだろう。こういうところがこの不死者は甘いのだ。
「いやだね、俺はアンタが《聖属性魔法》でしっかりと“終わらせ”られるんじゃないと、承諾できない。」
「なんでそこまでして……っ!」
それらジャックにもよくわからない。だが、どうしてもこのまま彼女が理不尽に苦しむのを容認することができないのだ。
これはもう性としか言いようがないだろう。
「あとそれと!聖属性に“魔法”なんてつけるな!!神から授けられた神聖なものなんだぞ!!?」
それこそジャックにはよくわからない。
年寄りや聖職者は聖属性に“魔法”とつくことを極端に嫌がる。
頑なに《祈祷》や《加護》という言葉にしようとするが、何がそうさせるのか?唯一魔力を消費しないモノだから“魔法”とつけたがらないのか?
「そんなこと今はどうでもいいいいだろ……それよりも……」
「どうでもいいわけあるか!!そこに座れ!一から説明してやる!!!」
“生首”は今にも椅子から転がっていきそうな勢いでギャーギャーと喚き散らしている。
そういえばこの首無し騎士は勇者のいた300年前から存在しているんだった……年寄りの中の年寄りだ………。
「はぁ……もううるさ…少しは静かにしててよね。」
ジャックは吠えまくる“生首”に辟易すると、彼女を皮袋に入れて紐を縛る。
「おい!ちょっ!!何をす……」
「えっと音魔法のスクロールは……あったあった、《沈黙》」
ジャックが風魔法の派生系である音魔法のスクロールを皮袋に向かって使用すると、スクロールは灰となってその場に消え、同時に先ほどまで声を荒げていた皮袋は全く音を発しなくなる。
「さて………お目当ての物があるといいけど……」
ジャックは“生首”の入った皮袋を背負うと、ボロ屋を後にする。
目指すは表通りに店を構えることのできないような道具を取り扱っている店……貧困町のような場所でしか出店できないような店だ。
・
教会の階段を蝋燭を片手に上がっていく人影がある。
リリア・フォードリアス、任務時に着用していた豪奢な鎧とは違い、着心地の良さそうな絹の衣に身を包んだ彼女は、一人あの首無し騎士を“隔離”している部屋へと歩いている。
“隔離”といっても、本当に閉じ込めているのではない。彼女は最期まで騎士として誇り高くあることを選んだ。
だからこそ、彼女のその決意に報いるよう、せめて一夜だけでも快適に過ごせるようにこの街の教会にある一室を客室として扱い、部屋の外に聖騎士を一人置いておくだけで施錠もしていない。
彼女の心残りのないよう、平和な世になったことを知らせる為に保管されていた記録も貸し出した。
それを……これから続くであろう永劫の苦痛での支えにしてほしい。
(なんて……これは私のエゴか……)
これから彼女に待ち受けているであろう苦しみがそんなことで和らぐはずがない。不死者である彼女は聖属性に導かれなかった時点で即座に覚悟を決めていた。
(はたして……私に同じ真似が出来るだろうか?)
もちろん、いつでも死ぬ覚悟はできている。しかし、それは“死”が終わりであるからだ。
永遠に苦しみが続く場所に送られると言われ、即座に決断できるとは思えない。
(神は何故……あの人を赦さなかったのだろう。)
あれだけ立派な騎士を神が拒む理由……初めから神の大いなる思慮を理解できるとは思っていないが、今回は考えの輪郭を想像することもできない。
聖騎士でありながら不死者になった時点で、赦されざる大罪ということなのだろうか?
(私も…少しでも無念や心残りがあれば彼女のように成りかねない……一層精進しないと……)
自分は彼女ほど強い精神を持っているとは思えない、最悪不死者に引っ張られて暴れるだけの魔物に成りかねない。
そうならないためにも“人として終われる”ように心がけていないと……
そんな考え事をしていたせいか、リリア・フォードリアスは首無し騎士が滞在している部屋の前に来てやっと異変に気がつく。
部屋の中からは何かが倒れる音と、その扉の前でオロオロしている聖騎士がいる。
「何事ですか。」
「あ!リリア隊長!!それが……先ほどから急に中が騒がしく……問いかけてみたのですが返事もなく、女性の滞在する部屋に男である私が入るのも戸惑われ……」
リリア・フォードリアスは何を言っているんだ眉を挟める。
魔物である不死者がいる部屋に入るのに許可を取らずとも普通はいいのだが、このにいる聖騎士隊は皆、あの首無し騎士と任務中交流を持った。
接すれば接するほど、騎士として尊敬に値すると感じる彼女を最早ただの不死者だと認識する者はいなかったということなのだろう。
「はぁ……わかった、私が行く。」
リリア・フォードリアスはため息を吐くと扉をノックする。
「イライザ殿、私ですリリアです……入りますよ?」
部屋からの返事はない。
もしかするとこれから自身に起こることに耐えきれなくなり、精神が不死者に引っ張られ始めているのかもしれない。
リリア・フォードリアスは最悪の事態を想定してゆっくりと扉を開け、覗き込む。
「………っっ!?大丈夫!!??」
部屋を覗き込んだリリア・フォードリアスの視界に映り込んできたのは、床に突っ伏して倒れている首無し騎士の胴体であった。
自分で暴れたのか、誰かにやられたのか、部屋の中は色々な物が倒れ、散乱している。
「いったい何があったのです!!」
リリア・フォードリアスは首無し騎士の胴体を抱き起こしてみるが、返答はない。
代わりに、自身を抱き起こした者を確かめるように首無し騎士の胴体はペタペタとリリア・フォードリアスを触っている。
「そういえば……頭は何処に…」
リリア・フォードリアスは部屋の中を見回してみるが、何処にも頭は転がっていない。
そして、ひとつだけ開け放たれた窓………
「まさか……頭を落としてそれを取りに行こうとしてたとか……?」
あの首無し騎士が自分から逃亡しようとしたとは考えづらい……ならば一番考えられるのは不注意による事故……。
「ちょっとこの窓の下に行って確かめてもらえる!?」
「わ……わかりました!」
リリア・フォードリアスは見張りの聖騎士隊に指示を出すと、首無し騎士の胴体から離れ、窓の下を覗き込む。
「イライザ!?いますか!?いるなら返事をして!!」
窓の下に呼びかけてみるが、応答はない。
リリア・フォードリアスが離れたことでまるで暗闇を歩くように手を伸ばして辺りを探っている胴体を見るに、やはり自分からの行動とは想像しがたい。
(まさかだけど……連れ去られた………?)
そんな意味不明な盗みを犯す人間なんているかと問われればそんな奴がいるとは思えない。
しかし、今なお目の前で壁に向かって首の上で円を描くジェスチャーをしている首無し騎士を見るに、頭に何かが起こっていることは疑いようもない。
それに、ああやって人が来たことを確認して何かを伝えようとしているところを見るに、精神が不死者に引っ張られたり、頭を潰されたりなど害されてはいない様子。
「隊長ーー!下には頭見当たりませんー!」
窓の下から先ほどの聖騎士がこちらに呼びかけてくる。
頭だけの誘拐……なんとも意味不明な出来事だ。
「何はともあれ捜索するしかないわね……」
首無し騎士の胴体だけを灰にしたとしても、意識のある頭だけが残り続けることになる。
その状態で放置されでもしたら、それこそ恥辱以外のなにものでもない。
最期まで誇り高い騎士であろうとしている彼女にそんな惨めな格好はさせられない。
「私の準備ができ次第、捜索に出ます!貴方はひと足先に出てください!!頭を隠し持った怪しげな人物がいるはずです!」
「わ………わかりました!!」
下にいた聖騎士は早速行動を開始する。
「首無し騎士一人にこんなに必死になるなんて……聖騎士なったときは思いもよらなかったわ。」
リリア・フォードリアスは首無し騎士の胴体を椅子に座らせると、掌に指で文字を書いて伝える。
“頭を探しに行きます、身体はこのまま動かさないで”
それだけ書き終えると、リリア・フォードリアスは急いで部屋を後にした。
・
薄暗く、埃臭い店内の中、そこにジャックの姿があった。
「これは……正規の冒険者さんがこんなところで何をお探しだい?」
店内に入った瞬間に、店主がめざとくジャックに声をかける。
それもそのはず、日頃こういう店を贔屓に使っているのは世間様に顔負けできないようなギルドに出されることのない個人的な依頼……所謂《闇依頼》や《裏依頼》といったもので主に活動していて、ギルドに登録できないような人物。非正規の冒険者が手に入れた物を売ったり、逆に買ったりする店だ。
その中ではダンジョンからギルドへの発見報告を出さずに密猟してきた古代遺物や珍しい魔道具などが並んでいることも珍しくはない。
ジャックは今回、そういった類の物をお目当てにやってきたのだ。
「いやなに…俺が今日欲しいのは普通の道具屋で売ってそうなもんじゃなくてさ……なぁ?“死者を甦らせる魔道具”なんてのは置いてないのか?」
ジャックの問いかけに人を品定めしてくるような目線を送っていた店主は思わず吹き出してしまう。
「おいおい!冗談を言わないでくださいよ!そんな神の御技みたいなことを体現できる魔道具なんてあったら一財産……いや、国を掌握することだって夢じゃないでしょう!?」
ひとしきり笑った後に店主の眼差しは“怪しい新規の客”を見定める目から“搾り取れるカモ”を見る目に変わっていた。
これでいい。警戒をされるより、こうやって侮ってくれていた方が何倍もやりやすい。
「そうか……そりゃ残念。なら“相手を支配できる魔道具”か、“危険な魔物を暴れさせないようにする魔道具”とかそういうのは売ってない?」
ジャックは無理難題だというのは知りつつも“もしかしたら存在するかもしれない”というラインの注文をする。
あればあるに越したことはないし、無くても店主に“世間知らずで新米冒険者のガキ”という印象を植え付けることができる。
「あんた、英雄譚の見過ぎなんじゃないのか?あったら是非ともウチにおろしていただきたいね。」
店主はジャックの問いかけに鼻で笑いながら答える。
ならばここでぶっこもう。
「そうか……こういう店は表通りの道具屋と違って、汚くて臭い分、良いものが置いてあるって思ってたけど………とんだ期待外れだね。」
ジャックの挑発に明らかに店主の目つきが変わる。
こういう店は表通りで堂々と商売をしている店と比べられることを極端に嫌がる。逆鱗と言ってもいい。
それは正規に胸を張って堂々と商売をしている店への引け目、羨望、劣等感からだ……こういう話をこういう店の店主相手に酒場で話したらムキになって反論するだろう。
しかし、今は店主と客で酒は入っていない。しかもカモれるしれないガキが相手だ。
こういう時、店主がとる行動はただ一つ。
「そういや、ひとつだけ珍しい物があってね……」
珍しい魔道具を見せつけて溜飲を下げる。
しかも、今までの会話で新米冒険者のガキがお目当てにしている道具の傾向は掴めているはずだ。
ならば、それらに類似した魔道具を店主自らが差し出してくれるだろう。
「これだ……《一蓮托生の腕輪》。」
小汚い小さな小箱から取り出されたソレは一対の小さな腕輪だった。
片方は黒く、片方は白色をした石のような材質でできたその腕輪はまるでジャックを見つめるかのようにジャックの瞳を反射していた。
「……………これは?」
ジャックが興味を指し示したのを確認した店主は満足げに、そして自慢げにこの魔道具について語り始める。
「こいつぁ、とある貴族の令嬢の依頼でとある冒険者パーティが古代迷宮から持ち帰った古代遺物なんですがね……なんでも二人で一つずつこの腕輪をはめた状態で、片方が死ぬと、対になっている腕輪をはめているもう片方の人間も死んじまうっつー恐ろしい腕輪でね。」
店主の言葉を聞いたジャックは目を丸くして驚く。
これは予想以上のものが飛び出してきた……古代遺物どころか、呪いのアイテムじゃないか!
「そいつぁ本当かい?………見るからに怪しいんだけど………」
ジャックの疑問を予知していたかのように店主が自信満々に答える。
「本当だぜ!?現にこの腕輪を依頼した令嬢は意中の相手にこの腕輪を贈って、断られたら自殺して心中してやるとまで脅迫した!!送られた令息は信じずに他に女を作ったところ……脅迫通り令嬢が首を吊って、時を同じくして令息の首にもロープの跡が浮かび上がり!!!………二人ともおっ死んじまったんだからよぉ……」
だからこそ今この店に売られてここにあるとでも言いたそうに店主は黒と白の二つの腕輪をぶら下げてジャックに見せつける。
「つまり、こいつがあれば自殺で脅して、相手を意のままに支配することが出来るってわけだ……どうだ?お眼鏡にはかなったかな?」
確かに“相手を支配できる魔道具”としては間違ってはいない。
しかし、ジャックが使いたい相手というのは不死者であり、支配しているからもう安全!焼却しなくても大丈夫!という大義名分が欲しかっただけなのだ。
例えこの腕輪を付けてジャックが死んだとしても、既に死んでいる首無し騎士には意味をなさない。
よって、安全性の保証にはならない。
「………………いや」
「………ん?なんだ?お眼鏡には敵わなかったか?」
いや、違う。
これは使える。
この腕輪は火刑をさせないようにすることができる。
「……………いや、良いじゃんそれ。ソレもらうよ。」
「へへ……毎度あり…………って言いたいところだけどな、こいつは金貨10枚はくだらない貴重な古代遺物だ、ガキには売れないよ。」
ジャックは予想通りの展開に内心ほくそ笑む。
やはりきた、ぶっ込んできた。
これから行うのはこのぼったくりを瓦解させることだ。
「そうか……でもおかしいな?もし、アンタの言ってることが本当ならそんな事件のあった重要な品……ギルドがほっといてるわけないんだけど?」
ジャックの指摘に店主のニヤケ顔は急に青ざめ始める。
ソレはそうだ、そんな事件にゆかりのある物なら重要な証拠品……国やギルドが管理して調べてないのはおかしい。
それはつまり、誰かが小遣い欲しさに嘘の報告をして非合法にコレをここに売ったということである。
「売ってくれないなら、俺には関係ないし……ギルドに報告しに行っても良いんだよなぁ?そうすれば報告金も手に入るしさ。」
店主の顔はみるみるうちに青くなる。
表通りに出している店と違い、こういうところに構えている店は販売許可証も後ろ盾もない。
あるのは荒くれ者との人脈だけだ。
「…………脅してんのか?それこそアンタがコレを買ったって後ろ指刺されるようになるだけだぜ?正規の冒険者さんよぉ?」
「その腕輪が俺のものになったら勿論俺はこの店のこと黙ってるさ!それに、アンタ自身が密告したところで一緒に潰されるのがオチだよ?だからさ、今のうちにそんな呪いのアイテム、手放しちまった方がいいんじゃない?ちょっとでもお金に変えてさ。」
ジャックの提案に店主は舌打ちをしながら渋々承諾する。
「………金貨3枚だ。」
「金貨1枚に銀貨5枚。」
店主は机を拳で殴ったが、すぐにそれで頷く。
どうしようとも、この店からジャックを手ぶらで出させた時点でこの店は文字通り終わってしまうのだ。
「…………あんた、初めから俺を騙す気だったろ。」
「さぁ、どうだかね?」
ジャックは腕輪を受け取ると、店を後にする。
今度は首無し騎士の胴体を盗みに行かなくてはならないのだ。




